昨年末、天神西通り沿いのビルの一室。奥行き約六メートル、間口約三メートル、全体でも広いとはいえないギャラリーが、三十人の出品者のためにさらに細分化された。小百合(27)は、幅五十センチ弱、奥行き四十センチ、高さ一・六二メートルの区画に、古布で作ったバッグや名刺入れ、自作の詩集などを並べた。
「ちょっと詰め込みすぎかな? でも、休日も睡眠時間も削って作ったんだから、たくさん見てもらいたいもんね」
半年に一度、小スペースをクリエーターの卵らに提供する合同作品展。小百合が「小桜サユリ」という名で、この場に参加するのは五回目。自身が「家の仕事」と呼ぶ、創作活動の発表の場だ。
長崎県の実家を離れ、福岡市内の専門学校に進んだ小百合が最初に就職したのは映像制作会社。しかし、経営悪化で半年で退職。リゾートホテルの住み込み従業員やウエートレス、ホテルの経理担当…。アルバイトを転々とし、リストラに伴う解雇も経験した。生活費を稼ぐためと割り切った「外の仕事」の厳しい現実の中、心の支えになったのが「家の仕事」だった。
最初は中学生のときから続けていた詩作。二十三歳のとき、空想の世界を自分なりの言葉でつづった詩集を自費出版して、天神の書店に持ち込んだ。初めて一冊売れたときの喜び、そして「小桜さんの詩が好きです」というメールをもらった感動を、今も忘れていない。
「単純にうれしいって飛び上がった。私の言葉に共感してくれる人がいるんだって」
二〇〇三年、「小桜研究所」という名で個人事業主として開業。創作活動を「もう一つの仕事」と位置づけた。恋愛の悩みなどをつづった詩集、絵本、自作の本のために作り始めたデニムのブックカバー…。「恋愛関係が安定して」詩作が減ってからは、古布を使ったうちわやトートバッグ、巾着袋などの和小物を作り、「五十センチ幅の空間」に出品することが増えた。
「もともと和の物って好きだったし、本以外で形に残るものが作りたかった。自分の活動の結果を形にしたいって」
昨秋、「生活のため」だけのはずの外の仕事に変化があった。知人の紹介で働き始めた博多織の和小物を売る店で、「博多織を使った小物を作ったら」と上司に声をかけられたのだ。店での販売も考えるという。別物と考えていた二つの仕事の距離が近づき始めた。
「うまくいったら、二つの仕事が重なるのかも。うれしいけど、家の仕事は別に続けるつもり。外の仕事がうまくいっても、やっぱり私の支えだし、いつか五十センチ幅の空間を卒業して、個展を開く夢もあるから」
今回の合同展で売れたのは、名刺入れやブックカバーくらい。小桜研究所の収支はまだまだ赤字だ。でも小百合は「小桜サユリ」の未来に確かな手応えを感じている。
=敬称略
(荻)