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みどころ

2016年5月、森アーツセンターギャラリーでの展示風景(写真提供:東京新聞)

 紀元後79年、火山の噴火という悲劇的な終焉により、時代を瞬時に閉じ込めたポンペイの町。18世紀に再発見されたポンペイの遺跡は、古代ローマの人々の豊かな暮らしを今に伝え、世界中を魅了し続けています。1997年に「ポンペイ、エルコラーノ、トッレ・アヌンツィアータの遺跡地域」として世界遺産に登録され、年間200万人以上の観光客が訪れるポンペイの遺跡は、「秘儀荘」を筆頭とする壁画の美しさで知られ、〈ポンペイの赤〉と呼ばれる特徴的な色彩は、一度目にすると忘れられない鮮やかさです。
 本展は、ポンペイの出土品の中でも最も人気の高い壁画に焦点を絞り、壁画の役割と、その絵画的な価値を紹介するものです。本展では、壁画コレクションの双璧である、ナポリ国立考古学博物館、ポンペイ監督局の貴重な作品約80点を厳選し、「第1章 建築と風景」、「第2章 日常の生活」、「第3章 神話」、「第4章 神々と信仰」と描かれたテーマごとに紹介し、古代ローマの人々が好んだモチーフや構図、その制作技法に迫ります。あらゆる建造物を美しい絵画で飾り、人生を謳歌した人々の美意識を、当時の室内を飾ったすがたそのままに、一連の空間装飾として一部再現展示します。出品作品のなかでも皇帝崇拝の場であるアウグステウムから出土した《赤ん坊のテレフォスを発見するヘラクレス》は、ギリシャ神話を題材にした美しい壁画で、本邦初公開であると同時に、海を渡って初めて持ち出される大変重要な作品です。
 ポンペイ壁画のまさに決定版ともいえる展覧会を、ぜひご覧ください。

 ポンペイ近郊の町エルコラーノ、ローマ皇帝崇拝の場と言われるアウグステウムから出土した《赤ん坊のテレフォスを発見するヘラクレス》は、本邦初公開となる大変重要な作品。皇帝顕彰のために、当時の文化と技術の粋を集めて描かれた第一級の壁画です。18世紀に発掘された際は、ルネサンスの巨匠ラファエッロの作品に例えられました。本展では、《ケイロンによるアキレウスの教育》、《テセウスのミノタウロス退治》という同じくアウグステウム出土の壁画を上記の作品に加え、まとめて3点を展示いたします。古代ローマ最高峰の美をご堪能ください。

 あらゆる建築物を壁画で飾り、彩りある生活を謳歌した古代ローマの人々。本展ではポンペイ近郊で出土した「カルミアーノの農園別荘」の一室(トリクリニウム=食堂)をそのまま立体展示で再現します。毎日、饗宴が繰り広げられた美しい空間。美を追い求めた古代ローマ人の生活を追体験していただきます。

 ポンペイ出土の壁画は、古代ギリシア・ローマの文化を知るための重要な美術作品であり、古代復興を掲げたルネサンス以降の美術を理解する手がかりともなります。過去のポンペイ展とは異なり、数多くの壁画をまとめて展示することで、絵画様式の特徴やその変遷、古代ローマ人の思想や信仰を明らかにします。

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1739年発見、発掘者たちはこの壁画を「神のごときラファエッロ」の作品になぞらえた―

 エルコラーノ 遺跡を横切る大通りに面して、皇帝崇拝の場アウグステウム(通称バシリカ)がある。ここは大理石板で舗装された大きな広場で、四方に柱廊が配されていた。奥壁(北側の短辺)には、中央に矩形の大きな奥まったスペース(エクセドラ)がひとつ、両端に半円形のエクセドラがひとつずつつながっている。半円形のエクセドラは両脇の柱廊と同一軸線上に配置されており、それぞれを飾っていた壁画が1739年の発掘によって見つかっている。向かって左側には《オリュンポスに笛を教えるマルシュアス》と《テセウスのミノタウロス退治》、右側には《ケイロンによるアキレウスの教育》と《赤ん坊のテレフォスを発見するヘラクレス》が飾られていた。中央のエクセドラにはローマ帝国の皇帝ティトゥス(在位 後79-81年)像と、クラウディウス(在位 後41-54年)とアウグストゥス(在位 前27-後14年)の座像が置かれていたと推測されている。
 この建物は、皇帝祭司団(アウグスタレス)の礼拝所との密接な関係や、皇帝を輩出したユリウス=クラウディウス家やフラウィウス家の人びとの彫像が多数発見されたことから、皇帝崇拝の場とみなされている。一方で、若者たちの教育の場(ギムナシウム)という説もあり、牝鹿に乳を与えられるテレフォスは、栄養=教育の基礎を必要とする子どもたちを暗示していると解釈される。《ケイロンによるアキレウスの教育》は、アキレウスにキタラ(竪琴の一種)の弾き方を教授するケイロンが描かれており、思春期の若者への教育を暗示するとともに、ギリシャ神話において最も高尚とされた音楽の学習がテーマとなっている。

  • 《テセウスのミノタウロス退治》後1世紀後半 ナポリ国立考古学博物館蔵
    ©ARCHIVIO DELL’ARTE - Luciano Pedicini / fotografo

  • 《赤ん坊のテレフォスを発見するヘラクレス》(部分)後1世紀後半 ナポリ国立考古学博物館蔵
    ©ARCHIVIO DELL’ARTE - Luciano Pedicini / fotografo

  • 《ケイロンによるアキレウスの教育》後1世紀後半 ナポリ国立考古学博物館蔵
    ©ARCHIVIO DELL’ARTE - Luciano Pedicini / fotografo

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 ポンペイの南の方角に位置するグラニャーノ(古代のスタビアエ地域)のカルミアーノ地区で1963年の夏に偶然に発見された農園別荘(ウィラ・ルスティカ)の食堂(トリクリニウム)を飾っていた壁画である。スタビアエは、ヴェスヴィオ山の噴火によって火山灰と火山礫に覆い尽くされた地域で、大プリニウスもこの地で命を落とした。当時、スタビアエ地域には農園別荘が少なくとも45軒存在し、本遺跡からは葡萄酒とオリーヴ油の製造に用いられたとみられる圧搾機が発見されている。建物は約400平方メートルの小規模なもので、食堂のほか、居住用の部屋、中庭、台所、圧搾機室、葡萄酒貯蔵室などを有していた。
古代ローマ時代、貴族たちにとって農業こそがまっとうな収入源であり、とりわけ元老院階級の人々は土地に関連する事業以外は禁じられていた(ただし農業以外に、鉱業、窯業なども認められていた)。元老院階級の人々は豊かな土地を所有する農園経営者であり、通常は都市に居住して政治に参加し、たまに農園を訪れ、視察する。農園では、奴隷身分の管理人が、主人のためにすべてを管理し、小作人や奴隷が実際の農作業に従事していた。
この食堂は農園別荘にふさわしく、植物の生育や葡萄酒づくりを司る、ディオニュソスをモチーフとする一連の壁画によって装飾されている。南壁には「ディオニュソスの凱旋」、東壁には「ディオニュソスとケレス」、西壁には「ポセイドンとアミュモネ」が描かれ、酒の神が宴に華を添えている。

  • 2016年5月、森アーツセンターギャラリーでの展示風景(写真提供:東京新聞)

  • カルミアーノの農園別荘《ディオニュソスとケレス》後62-79年 考古遺物収蔵庫蔵
    ©ARCHIVIO DELL’ARTE - Luciano Pedicini / fotografo

  • カルミアーノの農園別荘《ディオニュソスの凱旋》後62-79年 考古遺物収蔵庫蔵
    ©ARCHIVIO DELL’ARTE - Luciano Pedicini / fotografo

  • カルミアーノの農園別荘《ポセイドンとアミュモネ》後62-79年 考古遺物収蔵庫蔵
    ©ARCHIVIO DELL’ARTE - Luciano Pedicini / fotografo

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 610グラムの並外れた重さをもつ、みごとな黄金製の腕輪が出土した「黄金の腕輪の家」の庭から出土した断片を再構成した壁画である。黄金の腕輪の家は、眺めのよい大きな邸宅で、町の西側の斜面に海に面して三つの階にわたって建てられていた。最上階は天窓がある大広間や寝室、食堂があり、下の階にも広間や食堂と個人用の浴室のある豪華な建物であった。
 1983年に庭の発掘が行われた際、非常に多くの細かな断片が出土した。断片を再構成してゆくと、洗練された壁面装飾ができあがった。断片として庭で発見されたのは、紀元後62年の地震で損傷を受けたため、壁画装飾がつるはしで壊されて、庭にうち捨てられたからとみられる。
 中央に配されたタブロー画に、三人の人物が表されている。手にキヅタの冠をもつ男性はコンクールで優勝した詩人で、中央には、一方の手に赤いマントと供え物の皿、もう一方の手に把手付の水差しを持つ従者の少年が立つ。その脇には、女性がこちらに背を向けて、一心に蝋板を読んでいる。タブロー画の背景の描き方は、この場面が室内であることを暗示している。

  • 《詩人のタブロー画がある壁画断片》(部分)後1世紀初頭 考古遺物収蔵庫蔵
    ©ARCHIVIO DELL’ARTE - Luciano Pedicini / fotografo

《赤ん坊のテレフォスを発見するヘラクレス》(部分)後1世紀後半 ナポリ国立考古学博物館蔵  ©ARCHIVIO DELL’ARTE - Luciano Pedicini / fotografo | ポンペイ遺跡 (C) Fototeca ENIT, photo: Gino Cianci 写真提供:イタリア政府観光局 | エルコラーノ遺跡の内部©Fototeca ENIT photo: Gino Cianci 写真提供:イタリア政府観光局|エルコラーノ遺跡の町並み©Fototeca ENIT photo: Gino Cianci 写真提供:イタリア政府観光局

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