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■県チーム紹介(下) 選手 *(1)所属(2)出場回数(3)出身校(4)身長、体重(5)抱負、目標など (敬称略)
▽日隈 洋一(26)
▽田上 貴規(28)
▽衛藤 真吾(25)
▽三浦 寛士(25)
▽塚本 征寛(24)
▽坂元 義治(25)
▽木原 圭介(23)
▽常定 鉄平(23)
▽宮崎 時男(21)
▽平田 和彦(21)
▽稲垣 孝一(22)
▽藤原 洋志(23)
▽浅井 務(21)
▽都甲 秀幸(29)
▽浜崎 泰司(26)
▽宇野 淳(25)
▽西田 巨樹(21)
▽松林 和幸(26)
▽本田 竜彦(25)
▽伊井 理(21) [ 2001/10/31 大分県版掲載 ]
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■連載/九州路・夢へ駆け(下) 遅咲きの花 互いに励まし、努力重ねて ナイター設備に照らされた別府市野口原の総合運動場。毎週木曜日、午後6時を過ぎたころ、仕事を終えたランナーが集い、合同練習を始める。照明を頼りにグラウンドを走る集団の中から、二人の市民ランナーが初出場を決めた。都甲秀幸(山香町役場)と浜崎泰司(杵築東芝)だ。2年前、浜崎が合同練習に参加するようになって、二人は九州一周駅伝出場を明確な目標に据えた。木曜以外は、それぞれ一人で走る日々。孤独な練習の中、ここまで来れたのは「挫折」を乗り越え、走ることに打ち込む互いの姿に刺激されたからだ。 ■気持ちが途切れ 「情熱をぶつけるものがほしかった」 都甲は山香町役場に入った22歳のとき、そう漠然と思った。それからは野球やバレーボール、速見郡のチームに所属していろんなスポーツにトライした。その中で一番しっくりきたのが、走ることだった。 「小さいころ、秋になると自宅近くを走る九州一周駅伝の選手にあこがれた」。中学では陸上部に所属したものの、厳しい練習がいやになり、高校入学と同時に陸上を辞めた。 一方、浜崎は中、高校と陸上部に所属、杵築東芝から声がかかり入社した。 「走るのが好きだったし、マラソンにも挑戦したかった」 だが、実業団の練習は甘くなかった。入社して1年間、故障の繰り返し。そのまま「気持ちが途切れ」陸上部を辞めた。 ■「チームに刺激」 会社の陸上部の寮を離れ、別府市内で一人暮らしを始めた浜崎は「健康のため」に走った。楽しげな市民ランナーの姿を目にするうちに、自らの歩みを振り返った。 「陸上部を辞めたとき『目標を掲げて入社したのに』と後悔した部分もあったのです」 辞めるなら、納得してからでも遅くない。22歳で再起した。24歳のとき合同練習で都甲と出会い、九州一周駅伝への挑戦が始まった。練習メニューも厳しく切り替え、異なる職場にいるランナーらに励まされ耐えた。 こんな努力を重ねて“晴れ舞台”への切符を手にした二人に、円本宗秋総監督は「頑張ればできるという市井のランナーの存在が、きっとチームに刺激をもたらすはず」と期待する。 ■自負心を胸に… どんな時でも、二人が欠かさなかったことは1日1回、必ず練習することだ。残業を終え、時には夜12時を過ぎてランニングシューズに履きかえたこともあった。 「力では環境に恵まれた実業団選手に及ばないだろう。しかし、だからといって勝負で負けるとは限らない」 深夜まで練習をしてきたのは僕たちくらい―。笑いながら振り返る二人は、その自負心を胸に、九州路での互いの健闘を誓い合った。 (敬称略) (この連載は別府支局・武冨悟が担当しました) [ 2001/10/31 大分県版掲載 ]
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■連載/九州路・夢へ駆け(上) 三本の矢 目標見据え自身追い込む 72区間、1069・5キロ―。郷土の期待を担って九州路をタスキでつなぐ九州一周駅伝競走大会。第50回の節目を迎えた記念大会に出場する県代表選手の意気込みなどを紹介する。ライバルも順位も興味はない―自ら設定した目標に向け、エース格の稲垣孝一(新日鉄大分)は前を見続けるつもりだ。 「今年は何分で走ろうと目標を立てて、年ごとに段階を踏んで成長すればいい」 今夏、実業団の強豪、四国電力陸上部の合宿に参加してから、走ることに対する姿勢が大きく変わったと振り返る。 「練習うんぬん以前に上を目指すには自分の練習姿勢は甘かったのだと気づいた」 気持ちを切り替えた。夏以降、一万メートルで50秒、10マイルで1分56秒も自己ベストを更新した。10月8日の県ロード選手権(10マイル)や同月20日の九州一周駅伝リハーサル(14キロ)では、チームの大黒柱・清水昭(杵築東芝)に次いで2位に入った。 ぜんそくで練習が満足にできない時期もあった。だが、新日鉄の西村義弘監督や職場の上司らに励まされて練習を再開した。「もう一度挑戦するからには、上を目指す」。稲垣は走り続ける。 ■気負うことなく 一方の清水もトンネルの先の光が見えてきた。今年になって五千メートル、一万メートルとも自己ベスト。九州一周駅伝の選手を決める3度の選考会もすべて出場し、いずれもトップで通過した。 世界を相手に戦うレベルの清水にとって、県内の大会で優勝するのは当然かもしれない。ただ、選考会で気づいたのは「気負わず自分と相談しながら走れた」ことだ。抑える部分は抑え、正念場でスパートするレース運びができたと得心した。 昨年1年間苦しんだ。99年の九州一周駅伝で納戸賞を受賞し「燃え尽きてしまった」という。目標も定まらないまま出場し、漠然とした気持ちで歩を刻んだ。今年2月の別府大分毎日マラソン。98年、マラソン初挑戦で初優勝した思い出の大会で、今回は平凡な記録に終わった。悔しさが「もう少しできたはず…」と前向きな気持ちへと昇華した。 ■三者三様の戦略 市民ランナーの三浦寛士(三重町土地改良区)も着実に練習を積んできており、今年も「かなめ」の働きが期待される。この“三本の矢”がいかにチームをまとめ、引っ張るか。県陸上関係者らの熱い視線に、「実力を引き出せるよう」(稲垣)「自分の走りを心掛ける」(清水)「今シーズン最初の舞台。次につながる挑戦に」(三浦)と、三様の戦略を秘めながら号砲を待っている。 (敬称略) [ 2001/10/30 大分県版掲載 ]
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■県チーム紹介(上) 県勢「5位躍進目指す」 「高松宮賜杯第50回西日本各県対抗九州一周駅伝競走大会」(西日本新聞社など主催)は11月2日、長崎市の平和祈念像前をスタート、晩秋の九州路を駆け抜け、11日に福岡市の西日本新聞社前をゴールとする72区間1069・5キロのコースで熱戦を繰り広げる。 今大会の県チームは、ライバル熊本と前回大会の20分03秒差を逆転するのが最大の目標だ。10年ぶりに6位を奪還した昨年の勢いのまま一気に5位獲得と、2大会ぶりの躍進賞を狙う。 主力、清水昭選手(杵築東芝)は3度の選考会をいずれもトップ通過。今年になり五千、一万メートルの自己ベストも更新し、昨年は悔しい結果に終わった県のエースは“復活”の道をたどっている。 三浦寛士選手(三重町土地改良区)も安定感が抜群。また若手の稲垣孝一選手(新日鉄大分)が夏以降、一万メートルの自己ベストを50秒短縮するなど伸び盛りで、この“三本の矢”がチームのけん引役となりそうだ。 ベテランの草場真二主将(新日鉄大分)、田上貴規選手(杵築東芝)も練習量は十分で、主力を援護する。 気がかりなのは昨年活躍した木原圭介選手(杵築東芝)が体調不良、勝負強い塚本征寛選手(同)が故障明け後の初レースとなることだ。 円本宗秋総監督は「昨年の中盤のミスをなくせばチャンスはやってくる。厳しい戦いとなるが熊本をとらえて5位躍進を目指す」と語る。 1974年に4位になったのを最後に6位以下が続き、27年ぶりの5位以内進出に期待がかかる県チームの監督と選手を紹介する。 ●県チーム紹介・上 *(1)所属(2)出場回数(3)出身校(4)身長、体重(5)抱負、目標など (敬称略)
●総監督
●監督
▼井上 啓司(47)
▼西村 義弘(44)
▼野田 浩(41)
▼麻生 秀昭(50)
●主将
●選手
▼戸高 博彦(30)
▼清水 昭(25) [ 2001/10/30 大分県版掲載 ]
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■監督の声 円本宗秋総監督 「累計5位と躍進賞が目標だ。昨年の累計5位・熊本と競り合う展開に持ち込みたい。中堅の選手たちには、初出場組を引っ張る力走を期待している。故障者がおり、10日間の長丁場では苦しみそうだが、泣き言は言わない。やるしかない」 [ 2001/10/27 運動面掲載 ]
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■監督イチ押し 第50回九州一周駅伝=大分・三浦寛士(三重町土地改良区)
▽仲間 〜時間区切り電柱と“並走”〜山に囲まれた大分県三重町で三浦寛士はただ一人、黙々と走る。長距離ランナーはふつう、その日に走る「距離」と「時間」を設定して汗を流すが、三浦は違う。練習の基準は「時間」のみ。「体調と相談して2時間なら2時間と、メニューを立てる。三重町には平たんな道が少ないし、距離がきちんと分かる道もほとんどないんですよ」 指導者もチームメートもいない孤独な練習。心の中に芽生える妥協を摘み取ってくれるのが、道端の電柱や広告看板だ。「あそこまで頑張ろう」。はるか先に見える“仲間”を目指しては力を振り絞る。 故郷の三重町に戻り、1人で練習するようになって2年半になる。大分・鶴崎工から進んだ山口・カネボウでの4年間は「実業団にいけば強くなると甘く考えていた」。与えられたメニューをこなすだけの毎日。「後輩には追い抜かれ、高岡さん(シドニー五輪一万メートル7位)ら上の人にはどんどん離される。見切りをつけました」。だが競技をやめようとは思わなかった。 「走ることが好きですから」。一変した練習環境とともに、陸上と向き合う姿勢も変わった。実業団のときには手に取ることもなかった専門書を読みあさるようになった。トレーニング方法、その意味や効果…。共感した部分には蛍光ペンを走らせる。そのひたむきさは、五千メートル(14分7秒79)と一万メートル(29分16秒0)、マラソン(2時間15分9秒)の自己ベスト更新に表れている。 カネボウ時代に山口県選手として3回走った九州一周駅伝を、三浦は「ブレーキばかりでいい思い出はなかった」と振り返る。大分から3度目の出場となることしは「初の区間賞を取りたい」と意気込む。 小学校では快速で鳴らし、中学は県や九州の駅伝で活躍。鶴崎工では3年連続して都大路を走った。いつの時代も、あこがれは日の丸をつけたマラソンランナーだった。25歳となり、故郷で走る今も、その夢は失っていない。(手島 基) × × ▽円本宗秋総監督 カネボウから三重町に戻って2年半余。1人での練習はどうしても妥協してしまうものだが、自己ベストを更新するなど、手を抜かずに頑張っている。大崩れしない安定感のある走りが持ち味。重要区間を任せることができる貴重な戦力だ。 [ 2001/10/18 運動面掲載 ]
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■5位奪回へ決意 九州一周駅伝 県選手団が結団式 「高松宮賜杯第50回西日本各県対抗九州一周駅伝競走大会」(西日本新聞社など主催)に出場する県選手団の結団壮行式が20日、大分市の市営陸上競技場であった。式には、選手、監督ら計30人が参加。小玉光二大分陸上競技協会副会長が50回目を迎えた大会を振り返り「誇りと自信を持って、半世紀間先輩が受け継いできたタスキを精いっぱいつないでほしい。長丁場で大変だが、県民に感動を与えるレースを」と激励。 選手団を代表し円本宗秋総監督が「昨年は後半に水を開けられたが、5位の熊本県は射程距離。10日間精いっぱい頑張り、5位奪回と躍進賞を獲得したい」と決意を述べた。 昨年、県チームは10年ぶりに6位を奪回。今回は5位以上の成績を目指しており、選手たちは健闘を誓い合った。 大会は11月2日に長崎市の平和祈念像前をスタート。同11日に福岡市の西日本新聞社前をゴールとする10日間1069・5キロのコースで争われる。大分入りは大会8日目の9日。 また20日、県チームの選手計24人が発表された。監督と選手は次の通り。 総監督=円本宗秋(JRメンテナンス)▽監督=後藤徳雄(杵築東芝)井上啓司(東芝大分)西村義弘(新日鉄大分)野田浩(大分サンビジネス)麻生秀昭(挾間郵便局) ▽主将=草場真二(新日鉄大分)▽選手=佐藤和幸(杵築東芝)戸高博彦(本匠村役場)清水昭(杵築東芝)日隈洋一(新日鉄大分)田上貴規(杵築東芝)衛藤真吾(新日鉄大分)三浦寛士(三重町土地改良区)塚本征寛(杵築東芝)坂元義治(同)木原圭介(同)本田竜彦(別府自衛隊)常定鉄平(杵築東芝)宮崎時男(同)平田和彦(同)稲垣孝一(新日鉄大分)藤原洋志(長谷小学校)浅井務(拓殖大)伊井理(新日鉄大分)都甲秀幸(山香町教委)浜崎泰司(杵築東芝エレクトロニクス)宇野淳(中津南高教員)西田巨樹(神奈川大)松林和幸(湯布院自衛隊) [ 2001/10/21 佐賀版掲載 ]
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