陸上シューズを脱ぐ覚悟だった。が、今は喜びをかみしめながら九州路を走っている。強者ぞろいの1区で9位。「(今大会)4度目の出走で足に疲れが残っていた」と話すが、表情はすがすがしかった。
エリート路線に乗っていた。沖縄尚学高(那覇市)3年時に県の国体予選五千メートルで優勝。山梨学院大(甲府市)へ進んだが、待っていたのはつらい現実だった。絶対的な上下関係、し烈なレギュラー争い、練習漬けの毎日。名門陸上部の厳しさに「走るのがいやになった」。高校時代よりタイムは悪くなり、故障で満足に練習すらできなくなった。
「気持ちを切り替えよう」と2年秋に大学を休学、沖縄に戻って公務員専門学校に通った。1カ月後、たまたま出場した記録会で全盛期に近い記録が出た。再び走る意欲がわいた。専門学校を卒業後、編入した沖縄国際大の陸上部へ。
水が合った。昨年の九州学生ロードレース選手権(10キロ)で優勝、今年は日本人最高の4位。おかやま国体のハーフマラソンも県代表で出場した。「今は自由な空気でやれている。走るのが楽しい」。山梨での1年半を経て、ひと回り大きくなった。
(甲斐也智)