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【山口県】
九州一周駅伝 ホープ登場<上>

第四十八回九州一周駅伝競走大会(西日本新聞社など主催)が二十九日、長崎市の平和祈念像前をスタートする。山口県チームは通算三十二回目の出場。鐘紡の主力選手が健在の上、五人の初出場選手も加わって、悲願の2位以内を目指す。伊藤国光氏が総監督二年目の今年、「紫ダスキ」はどんなレースをみせてくれるのか。二十四選手のうち、新戦力として期待が高まる初出場のホープをまず紹介する。 (山口支局・野村創)

駅伝のトップランナーを目指す松山孝選手  ●松山孝選手
 今年鐘紡に入社したばかりだが、五月にはトラックで五千メートル14分2秒の自己新記録を出して、並み居る実力者に見劣りしない結果を残している。初出場の五選手中ただ一人、脂の乗った二十代半ば。期待の高さは別格だ。「計算できる選手。きつい所も走ってもらうことになるでしょう」。音喜多正志監督(鐘紡)ら首脳陣は、軸になる“期待の新人”の出現を素直に喜んでいる。
 大学時代の経験が自信になった。兄の影響で中学から陸上を始めたが、高校卒業後、一時中断していた。一年浪人して入学した修道大(広島市)で陸上の同好会に入った。指導者がいないため、自分でメニューを決めて一人で走った。分からないところは他大学の先生に聞きに行き勉強した。しばらくすると、中距離で記録がとんとん拍子で伸びていった。
 「やらされることに嫌になって(一時中断して)いたけど、自分のためと思うと嫌な練習でもやれた。何かを成し遂げたいときは、きつい思いをしなければならない。指導者がいなかったから、逆にそういうことが見えてきた」
 年齢を考え、一度は「教員になろう」と考えた。だが「若いうちにしかできない。できるなら挑戦したい」との思いから、あきらめかけた実業団の門をたたいた。
 入社後すぐ好記録を連発する。五月に五千メートル、一万メートルと自己記録を更新した。夏以降は停滞気味なため、九州一周駅伝を再浮上のきっかけにしたいと考えている。「不安の方が大きい。特に二回目、三回目はきついと思うけど、きっちり自分の力を出し切って、信頼される選手になりたい」  目標は、トラックと駅伝で日本のトップレベルになることだ。九州一周駅伝は、未来のエースの飛躍への第一歩である。
 岩国市出身。修道大から鐘紡入社。二十五歳。

九州一周駅伝で区間3位以内を目指す山本吉洋選手  ●山本吉洋選手
 高等専門学校全国大会の五千メートルで、三年連続日本一。しかも今年、四年生の昨年自らつくった大会新記録を塗り替えた。高専界で並ぶ者がいないほどの圧倒的な強さを武器に、九州一周駅伝県代表の座も射止めた。
 出場を決めたのは、来年就職を予定しているトクヤマの仲邑誠志監督に誘われたのがきっかけ。「レベルの高い鐘紡の選手と一緒に走りたい」と思ったからだ。
 徳山高専の機械電気工学科で学ぶ。陸上強豪校ではなく、あえて選手層の薄い高専を選んだのは就職も頭に入れていたためだった。陸上部は短距離を含め五年生まで入れて二十人。三年からは長距離を走る先輩が少なくなったため、徳山大に通って練習を続けた。
 「先輩たちのレベルが高くて、三年のときは一番遅かった。でも、目標が大きくなって伸びたと思う」
 仲邑監督も、素質と度胸にほれ込んでいる。「長い距離と登りが得意でスタミナがある。気後れしないタイプで、山口県の都市対抗駅伝に徳山市代表で出たときも、重要な1区で緊張せず結果を出した」
 九州一周での目標は区間3位以内。だが、胸に秘めた思いもある。「ガンガン速いペースで飛ばして、持つところまで持たせたい。レベルが高い県内や県外の選手に学んで勉強したい」
 あこがれの選手は元鐘紡の早田俊幸選手。「一人でも、孤独に耐えてシドニーオリンピックを目指している」からだ。
 地元が好きということ、走る仲間が多くいることから決めた就職先のトクヤマは陸上選手は二人。今もほとんど、放課後に徳山市内を一人で走っている。早田選手の活躍が励みになっているのだ。
 「息の長い市民ランナーになって一生走り続けたいですね」
 徳山市出身。二十歳。

19991022朝刊掲載


【山口県】

九州一周駅伝 ホープ登場<中>

 高松宮賜杯「第四十八回西日本各県対抗九州一周駅伝競走大会」 二十九日長崎市を出発する九州・山口、沖縄九県(各県二十四人)の選手は、反時計周りに十日間かけて九州を一周、十一月四日に福岡市の西日本新聞本社前にゴールする。72区間、1069・5キロ。一人当たりの出走回数は一大会最大4回。県チームは過去、2位7回、3位22回、4位2回と上位をキープ。最近は九年連続3位。宮崎、福岡の二強の壁を崩せるか―。
    ×      ×
 ●ライバルに勝ち、宮崎破りたい 抜迫久也選手(鐘紡)
 「社会人になって大きな大会は初めて。観客の前で走れてうれしい」
 はじける笑顔には、もう一つ理由がある。実家がある鹿児島県有明町は六日目に通るコースのそば。「メンバーに決まってすぐ、実家に電話しました。母親から『よかったね。応援行くよ』と言われました」と喜びを隠さない。伊藤国光総監督も「できれば地元を走らせてあげたい」と考えている。
 スピードはあまりないが、粘り強さが持ち味。性格は「負けず嫌い」と自己分析する。「勝負強くて、競り合いに強いランナーになりたい」と心掛けている。
 鐘紡に入社を希望したのは、樟南高校在学中、全日本実業団駅伝で、王者・旭化成を倒したことに衝撃を受けて、あこがれたからだ。相談した小学校のときの指導者が、伊藤監督に声を掛けてくれた。目標は「旭化成を倒すこと」。九州一周駅伝では、いつか宮崎を破ることだ。高校時代、高校駅伝全国大会出場を争った鹿児島実業の同級生が旭化成に入社したことも、闘志に火をつけた。
 チーム内にも「こいつには負けたくない」というライバルがいる。鐘紡の同期入社で同じ年齢、九州一周駅伝も同じく初出場の坂東選手だ。「今はまだ負けることが多いけど、いつか勝ちたい。とにかく同級生には負けたくない」。その思いが、高校卒業直後の身には厳しい練習を乗り越える力となっている。
 高校時代は県大会で鹿児島実業を破り、二年連続で「都大路」を駆けた。高校三年では都道府県対抗駅伝の選手にも選ばれた。「九州一周では、県チームが前の方を走ると思うから、恥ずかしい走りをしたくない。自分の役目を果たしたい」
 実業団に入って半年。一回り体力がつき、故郷に錦を飾るつもりだ。
 樟南高から今春、鐘紡入社。十九歳。

     ◇
 ●次々に記録更新、成長実感する 坂東和彦選手(鐘紡)
 抜迫選手が「あいつには負けたくない」とライバル視するだけあって、若手の中でも将来有望株の一人。高校三年で全国高校駅伝区間2位の実績を持つ選手だ。「坂東は長い距離を任せたい。坂東がよく走れば、抜迫たち初出場組も触発されて走ると思う」。音喜多正志監督の期待も大きい。
 本格的に陸上を始めたのは、地元徳島県の高校に入学してからだった。野球部に所属していた中学生のとき、足の速さを買われ千五百メートルや三千メートルなど陸上の試合に参加していたため、先生に「陸上で推薦入学したらどうか」と勧められて進学した。
 「高校に入って、先生の指導を受けて練習するようになると、走るたびに自己新記録が出た。それでどんどん陸上が好きになっていった」
 すぐに頭角を現し、全国高校駅伝には二年連続出場。入社後も中国実業団大会千五百メートルで、自己記録を更新する3分50秒22のタイムを出し、好調を維持している。
 入社後の半年間を「最初は高校と違った練習方法とか、実業団の世界に慣れなかったときもあったけど、夏場は自分なりの練習ができた」と振り返る。
 「陸上をやっていて一番うれしいのは、自己新記録を出したとき。自分が成長していくのを実感できる」。喜びの連続が、厳しい練習に耐えて成長する力になっている。
 得意種目は五千メートルトラック。「何年か先にトラックでオリンピックに出場したい」という大きな夢に向かって進む。
 高校時代の恩師から教わった「順境に用心。逆境に忍耐」という言葉が信条。充実している今も「油断は大敵」と気を引き締める。
 「九州一周は初めてで不安と楽しみが半々。出るからには一生懸命やって区間賞を狙いたい」
 徳島県半田町出身。美馬商卒。今春、鐘紡入社。十九歳。

19991023朝刊掲載


【山口県】

九州一周駅伝 ホープ登場<下>

 高松宮賜杯「第四十八回西日本各県対抗九州一周駅伝競走大会」 二十九日に長崎市・平和祈念像前をスタートし、九州・山口、沖縄九県(各県二十四人)の選手は、反時計周りに十日間で九州を一周、十一月七日に福岡市の西日本新聞本社前にゴールする。72区間、1069・5キロの大会。1区間は平均約15キロ。一人の選手は最大4回まで出走できる。県チームは過去、2位7回、3位22回、4位2回と上位をキープし、最近は九年連続3位。
    ×      ×
  ●自分の「殻」を破るために… 桑原祐輔選手(鐘紡)
 昨年の九州一周駅伝では、鐘紡の選手でただ一人県代表に漏れた。寮に一人残り、独りで練習した。「記録が出ていないので仕方ない」。そう思って、悔しい気持ちを胸にしまった。入社二年目の今年、そんな思いをバネにして県代表の座をつかんだ。  長崎県・宇久島(宇久町)出身。大会初日、二日目の舞台の長崎市や佐世保市は、友達や島出身者が多く住んでいる。九州一周駅伝に出るのは、大きな喜びだ。県代表が決まって島に住む父親に電話を入れると「どこにでも見に行くからな」と答えてくれた。「大きな大会に出ると、親や島の人が喜んでくれる。それが陸上をやっていて一番励みになる」  ただ、記録的には伸び悩んでいる状態だ。一年目はひざの故障に泣かされた。けがが治った今年も、自己記録を更新するような成績が出ていない。「レベルの高い鐘紡の先輩たちに圧倒されて過ごした」。そんな一年半だった。  音喜多正志監督は「素質があるが、性格が優しい子。後輩二人も出場するこの大会で競争意識を身につけてほしいし、苦しんで、頑張るということをつかんでほしい」と大会を通しての成長に期待を寄せる。  中学卒業までサッカー部だった。サッカーで島外の強豪高校に進みたかったが、両親に説得されて島の高校に進学。そこで足の速さを買われ、陸上部に入部した。千五百メートルでは全国8位の記録も出した。「陸上が一番自信がある。これで生きていきたい」。そう決めて鐘紡に入った。選択に後悔はしていない。「将来はマラソンで活躍したい」という夢もある。  九州一周駅伝では、苦しむのは覚悟の上だ。  「自分の『殻』を破って強くなりたい。何かきっかけをつかみたい」

19991026朝刊掲載





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