被災地の受験(5)AO入試 先生みたいになりたい

熊本商業高3年の緒方裕昭さん(右)と木庭寛幸教諭。親子に間違われることもあるという
熊本商業高3年の緒方裕昭さん(右)と木庭寛幸教諭。親子に間違われることもあるという
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 平常心で臨んだつもりだったが…。ドキドキの口頭試問。部屋を出る際、閉めるドアの向こうで面接官が首をひねったようにも見えた。

 熊本商業高校(熊本市)3年の緒方裕昭さん(18)。昨年9月、AO入試で大分大経済学部を受験した。面接官に「財務諸表には何があるのか」と聞かれ、貸借対照表、損益計算書など四つを挙げた。だがその意味を問う追加質問で、二つの説明がつい入れ替わってしまった。「しまった」。すぐに気付いたが、続く質問に遮られた。

 「落ちたな…」とあきらめていたが、10月に担任から合格の連絡を受けた。所属する部活動、簿記部の顧問である木庭寛幸教諭(43)に急いで報告した。がっちり握手。木庭教諭は「(大学に)入るまでと、入ってからが勝負だからな」と助言を忘れなかった。

 緒方さんは大学で教員免許を取得し、商業高校の教員になる目標を描いている。目指す教師像のモデルが木庭教諭だった。

   ◇   ◇

 震災は日常を一変させた。高校は休校になり、自宅はガス、水道、電気が使えず、小学校の体育館で寝泊まりした。寒さがつらく、車中泊に切り替えたが、手足が伸ばせない。エコノミークラス症候群が頭によぎり、再び体育館で寝た。

 そんな生活が1カ月ほど続く中、緒方さんは早朝から母校の中学校に通うようになった。住民の避難所になっており、配給物資の仕分け、校舎の掃除、お年寄りの自宅に物資を運ぶ作業などが夕方まで続いた。やがてボランティアグループのリーダーに指名された。

 そこで見たのは、母校の先生たちの「もう一つの姿」。ストレスの多い避難所。口論が始まると、間に入って話し込んでいた。夜も交代で泊まり込み、一人一人に目配りしていた。

 「先生っていいな」。教職への憧れを意識した瞬間だった。小学生ではプロ野球選手を夢見たが、中学生になると明確な夢を描けなくなっていた。

   ◇   ◇

 5月10日に高校が再開すると、年末にある学校行事の準備に追われた。企業から仕入れた商品を来校者に販売する一大イベント「熊商デパート」。生徒会長だった緒方さんは、実行委員長も兼任した。

 本年度のテーマは「顔晴(がんば)ろう熊本 熊商が復興のチカラになります」。頑張るではなく、顔晴る-。みんなの笑顔を思い描いて名付けた。

 全校27クラスごとに選出された「店長」が集まり、毎週水曜日の放課後、会議を開き、運営方針を決めていった。店舗が全壊した企業もあったが、前年と同じ地元企業34社が協賛してくれた。新たに物流企業の協力も得て、準備は本格化した。

 実はそのころ、緒方さんは進路に迷っていた。「先生への憧れは膨らんでいたが、勉強ができる方ではない自分に務まるのか…」。何時間でも相談に応じ、背中を押してくれたのが木庭教諭だった。

 「器用なタイプではないが、同じタイプの生徒の気持ちが分かる。努力を惜しまず、周りから好かれる。何よりも震災ボランティアを機に、リーダーシップが培われた」。木庭教諭にはそう映り、励ましたという。

 12月初旬にあった「熊商デパート」。2日目は雨天だったが、1万人超が訪れてくれた。「あなたに会いに来たんだよ」。避難所で荷物を運んであげた人も駆け付けてくれた。

 同校の3年生376人のうち、6割が専門学校や大学への進学、4割が就職を志望している。今季は熊本地震の影響で、求人が遅れた製造業への就職が減り、事務職が増えた。進学では看護系の専門学校を志望する生徒が増えたという。

 ◆AO入試 単なる学力ばかりではなく、生徒の能力や適性、意欲などを総合的に判定、選抜する試験。高校時代の成績に加え、面接や論文で合否が決まる。学力試験を課す大学もある。
 推薦入試と異なり、高校の推薦は不要。高校教育に与える影響が考慮され、2011年度入試からは入学願書受付が8月1日以降になった。夏休みに合わせて試験を実施する大学も増えている。文部科学省によると、17年度にAO入試を実施する大学は、国公立大計168校のうち79校。前年度から4校増え、過去最多となる見込み。

=2017/02/12付 西日本新聞朝刊(教育面)=

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