自由帳(3)「総選挙」で出場メンバー選出 生徒が決める、生徒の野球

希望する背番号に立候補した部員は、壇上で自分の思いを2分間でアピールした。古賀豪紀監督(右)もじっくり聞く
希望する背番号に立候補した部員は、壇上で自分の思いを2分間でアピールした。古賀豪紀監督(右)もじっくり聞く
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それぞれの「スピーチ」を終え、県大会に出場するメンバーを生徒の投票で決める九州文化学園高の野球部員たち
それぞれの「スピーチ」を終え、県大会に出場するメンバーを生徒の投票で決める九州文化学園高の野球部員たち
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1票の重みをかみしめながら 九州文化学園高

 高校野球の頂点を目指す甲子園(兵庫県)の熱戦もいよいよ大詰め。大舞台でプレーできる選手はほんの一握りで、アルプス席から声をからす部員が大勢いる。出場選手は監督の裁量か、部員の意見を聞きつつ指導者が決める高校が多い。長崎県大会で8強入りした私立九州文化学園高校(佐世保市)の野球部(64人)は、ベンチ入りする選手20人を生徒たちの投票で決めた。そこにはどんな意図があり、それぞれの1票の選択は…。白熱の選挙戦を追った。

 名付けて「KBG64 選抜メンバー総選挙」があったのは6月下旬。部員たちは希望する背番号に立候補。競合すると選挙になり、候補者は2分間スピーチで意欲を訴えた。得票が過半数に満たない場合は、上位2人の決選投票へ。実力以外にも、人間性や授業に取り組む姿勢も加味されるという。

 激戦になるのは背番号2桁から。この夏も14~18番選びだけで3時間に及んだ。

 「三塁コーチャーとして点を呼び込むのが自分の役割。経験と実績は誰にも負けない自信があります」。3年生の阿閉(あとじ)秀介さんは「14番」に立候補。11人の中から決選投票の末、希望の座をつかんだ。

 阿閉さんは、かつて炭鉱で栄えた長崎市の離島・池島出身。人口減少に伴い、卒業した中学校はその年、休校になった。「最後の卒業生なので、島の人みんなが応援してくれている。でも実力ではレギュラーに届かない」。そう考えた今春、三塁コーチャーでやっていくと決めた。盛り上げ役は得意ではなかったが、「野球の時は変身するんです」。

   ◇   ◇

 古賀豪紀監督(50)は、プロ野球選手としてオリックスに5年間在籍した。引退後は焼き鳥店で働きながら大学に通い、社会科の教諭になった。同校では9年前に野球部が創設され、監督に就任した。単身で寮に住み込み、部員と寝食も共にする。

 「総選挙方式」を導入したのは、部員が急増した創部3年目だった。それまでは監督の判断で選手を起用していた。

 「誰が一生懸命にやっているか、一番分かっているのは選手じゃないか」。そう思ったのが発端だったという。全員が納得するメンバーがそろったチームが最強だとも思う。総選挙方式を導入してから、上級生が率先して雑用を担い、後輩の面倒見もよくなったと感じている。

 保護者からは「逆に残酷」という声もあり、葛藤する。選挙で敗れた部員の姿には胸が締め付けられる。でも、高校生にとってのスポーツや部活動のあり方を考えたとき、この姿が「今の答え」なのだという。

 「社会に出てからも世の中の動きや選挙に関心を持ち、自分の意見を言える人間になってほしい」と古賀監督。それは、18歳選挙権に向けた主権者教育の一環でもある。

   ◇   ◇

 3年生の小野勇哉さんは、控え捕手として「12番」から何度も立候補した。「実力はないけれど、チームのために何でもします」。残り少なくなった「18番」。スピーチの後、まぶたを固く閉じてこぼれそうな涙を抑えた。でも最後の夏、ベンチ入りはかなわなかった。

 県大会開幕2日前、市営球場でベンチ入りを果たせなかった3年生同士の対外試合があった。小野さんは笑顔だった。「思い出すと、めちゃくちゃ悔しいです。3年間、何やってきたんだろうな…って。でも選挙後、腐りそうな自分に周りが声を掛けてくれたのがうれしかった。このチーム、最強です。全力でサポートします」

 「4番」に無投票当選した主将の藤島綾太郎さんは「試合に出られなくても、チームが勝つために何とか貢献したいというスピーチを聞きながら、選ばれた責任の重さを感じました」と振り返った。

 県大会は準々決勝で敗れ、3年生は引退。それぞれの進路に向かって歩み始めた。10年後、20年後、彼らはこの夏の選挙をどう振り返るのだろうか。あの1票の重みや、届かなかった思いをかみしめ、羽ばたいてほしい。

=2017/08/20付 西日本新聞朝刊(教育面)=

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