新任先生(3)再スタート 2児の母親となって

担任するクラスの生徒と一緒に給食を食べる徳重教諭。時計を気にしながら、最後に食べ始めた
担任するクラスの生徒と一緒に給食を食べる徳重教諭。時計を気にしながら、最後に食べ始めた
写真を見る
写真を見る

 ざっとどんな1日ですか? 吉塚中学校(福岡市博多区)で今春から勤務する、新任の徳重直子教諭(37)に質問を向けると、こんな毎日=イラスト参照=だという。

 1歳と3歳の男の子の母親で、子育てにも追われる。自宅から学校まで車で約1時間。朝のラッシュ時には高速道を使い、学校に滑り込む日も少なくない。帰路も残務に後ろ髪引かれる思いで、保育園へと急ぐ。

 就職氷河期の2002年に大学を卒業。中学校の国語教諭を目指したが、採用抑制が続き、非常勤、常勤講師として12年勤務した。やがて職場で出会った先輩教諭(52)と結婚。専業主婦を続けていたが、教職を諦め切れず、子育ての合間に猛勉強。採用試験に合格し、教諭として再スタートを切った。

   ◇   ◇

 吉塚中では教科指導に加え、2年2組の学級担任になった。学級通信のタイトルを「よすが」とした。

 〈古語で「頼りにすること・よりどころ」「手がかり・手段」。お互いのよさを認め合いながら、2組がみんなにとっての心の「よりどころ」、何か困ったり迷ったりすることがあるときに解決に向けての「手がかり」になるよう〉。4月7日の第1号にはそう記した。

 担任するクラスの国語授業を見せてもらった。その日の教材は作家向田邦子さんの〈字のない葉書(はがき)〉。戦時中、疎開した妹が送ってくるはがきで、元気だったらの○が徐々に小さくなり、やがて×になる。その物語を、視点を変えながら読み込んでいく学習だった。

 生徒たちは静かに学んでいた。でも途中、教室を回ってみると、徳重教諭の指示通りに学んでいる子もいれば、ノートを書かない子、別の漢字プリントをこなす子もいた。私も遠い昔、聞き分けのない子だっただけに、こりゃ大変だと思った。

 静かな教室が必ずしも、生徒たちの学びの深さを映しているものではない。その現実は、他の学校でも見た。徳重教諭もそれは分かっていて、模索を続けているようだった。

 徳重教諭の指導教官は田口輝男さん(63)。中学2校で校長を6年務め、定年後の今は「拠点校指導教員」として、若手教員の指導に当たる。大量定年で退職した先生が、大量採用された先生たちの育成を支援する形になっている。

   ◇   ◇

 徳重教諭の授業を見た後、田口さんはよくこう語り掛ける。「何を生徒に一番伝えたかったの?」。多くの新任教諭が陥りがちなのが「ねばならない」(時間内に教え込まなければならない)と「盛りだくさん」(あれもこれも)。だから自戒を込めて、アドバイスする。「10個ぐらい伝えたいことがあれば、もう少し減らして二つぐらいに絞ったら」「できない子の気持ちを考えてみよう」

 取材した国語授業で実は冒頭、徳重教諭は涙声になった。かつての教え子が水難事故で亡くなったことを休み時間に知り、気持ちを切り替え、授業に臨むはずだったが、生徒の顔を見ると、つい思いがあふれた。

 伝えたかったことは「命の大切さ」。でも、帰りの会で話せば、もっと伝わっただろう。田口さんにその話をすると「徳重先生らしいですね」。それは徳重教諭の持ち味であり、課題でもあるようだった。

 生徒たちの学びが本格化する2学期。合唱コンクール、生徒会役員選挙、マラソン大会などの学校行事に加え、先生にとっては研究授業の発表会などもあり、多忙さは増す。

 「先生だって失敗もあり、弱い心も持つ。正直に、そんな姿もさらけ出しながら、子どもたちの『よすが』のような存在になりたい」。徳重教諭はそう思っている。

 ◆拠点校指導教員 拠点校に配置され、地区内の新任教員育成を支援する。福岡市では2005年度から導入された。主に元校長らが4人程度の指導に当たる。同市では本年度、小学校43人、中学校27人、特別支援学校6人の計76人が配置されている。各学校では、新任教員の指導に当たる40歳前後の中堅層が薄いこともあり、支援する狙いもある。新任教員の悩みや相談に乗ったり、授業のノウハウを伝えたりする。

=2017/09/24付 西日本新聞朝刊(教育面)=

西日本新聞のイチオシ [PR]

西日本新聞のイチオシ [PR]