マツコも「残したい」、貴重な酒場の数々 労働者の楽園、北九州「角打ち通り」の吸引力

小料理屋や角打ちが軒を連ねる堀川沿いの通り=北九州市八幡西区
小料理屋や角打ちが軒を連ねる堀川沿いの通り=北九州市八幡西区
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高橋酒店の入り口。「たばこ」の看板が、昭和を思い起こさせる
高橋酒店の入り口。「たばこ」の看板が、昭和を思い起こさせる
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高橋酒店の店内。まだ外は明るいのに、すでに常連客がコップを傾けていた
高橋酒店の店内。まだ外は明るいのに、すでに常連客がコップを傾けていた
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「指マドラー」で氷をぐるぐるしてクイッと飲む「コーヒー焼酎」
「指マドラー」で氷をぐるぐるしてクイッと飲む「コーヒー焼酎」
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ダイコン、厚揚げ、こんにゃく、ゴボウ天はいずれも50円。卵は60円。すじは90円。愛嬌たっぷりのママが営むおでん屋「蝶ちょう」
ダイコン、厚揚げ、こんにゃく、ゴボウ天はいずれも50円。卵は60円。すじは90円。愛嬌たっぷりのママが営むおでん屋「蝶ちょう」
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 おでんのダイコン50円、レンコンの串揚げも50円。値段は昭和から据え置き。かつて銀幕スター高倉健さん(享年83)も歩いたJR折尾駅(北九州市八幡西区)そばの堀川沿いの通りには、30ほどの角打ちや小料理屋が並ぶ。「鉄都」として栄えた街だけあって、労働者の疲れを癒やす酒場がちらほら。ここもその一角だ。そんな“オアシス”を、4人の経営者が歩いた。一息入れたい思いに労使は関係ない。ここでの肩書はみんな左党である。

 ■マツコも「残したい」酒店

 平日の午後4時半。折尾駅東口に、中小企業の社長たちが集まった。いずれも本拠は福岡市。同じ経営者団体のメンバーだ。

 当然、飲み屋の看板はまだどこも明かりがついていない。取材と称して同行したものの、真っ昼間から飲みに行くと思うと、やはり後ろめたい。

 通りを下校する高校生が行き交う。約600メートル離れた東筑高校の生徒たち。健さんの後輩である。隣町(福岡県中間市)出身の健さんは、駅を利用し、川沿いのこの通りを歩いて通学した。

 案内役は4人の社長のうち、コールセンターを経営する島田昭規さん(52)。自宅が近く「ここの魅力を伝えたい」と今回のツアーを企画した。

 最初に向かったのは、有名な「高橋酒店」。最近、マツコデラックスのテレビ番組で「新3大・後世に残したい角打ち酒屋」と紹介され、注目度がアップした。

 実は、健さんも来店したらしい。4代目店主の高橋匡一(まさかず)さん(49)によると、父真一さん(84)が東筑高で健さんの後輩。健さんは高校卒業後のある日、店でジュースを飲んで帰ったことがあるという。

 ■時間軸が“あいまい”な店

 コンクリート作りの外観は一見、普通の酒屋。しかし、一歩中に入ると、時間軸があいまいになる。

 1918(大正7)年創業。壁に掲げた木製の看板は、横書きで「ルービ ヒサア」と赤い字で書いてある。右から読めば、「アサヒ ビール」。横書きを右から記した戦前に、タイムスリップしたかのようだ。

 隣には色あせたポスターが。うつろな瞳でワイングラスを持つ若々しいジュリー(沢田研二さん)だ。その“美貌”は、高度成長期の歌謡ショーの世界へ誘う。棚には、「製鉄所」と書かれた大きなとっくりまであった。

 夜勤明けの製鉄マンが朝から飲みに来ていた名残で、店は午前9時から開く。

 ここで、異変に気付いた。壁の時計の針だ。午後5時を回っていた。

 ん?ここは駅から300メートルほど。集合した午後4時半からは、まだ10分ほどしかたっていないのに…。

 店内には角打ちを楽しむ6〜7人の常連客。そのなかでも年配の男性客が教えてくれた。

 「ここはな、時間が20分進んどるったい(進んでいる)」

 首の後ろまで真っ赤だ。日ごろは「工場で働いとる(ている)」というが、この日は「休み」。「俺ら、いっつも深酒で遅くなるけ(から)、早めに家に帰ってね、ちゅー(という)店の気配りたい(です)」と説く。酔っぱらうと時計の針が進んでいることを忘れるらしい。

 われわれは軒先のテーブルに鎮座し、冷ややっこ(100円)や焼き鳥(150円)をつまみにラガービールで乾杯した。飲み物は、店の冷蔵庫から取り出すセルフサービス。代金はその都度払う。1時間ほど飲み、代金は割り勘で1人600円だった。

■コーヒー焼酎をクイッと

 角打ちはハシゴが定番だ。次に向かったのは創業100年を超える「宮原酒店」。

 店内を見渡すと、さっきの店にいた男性客が…。

 「さっきはどうも…」
 「えへへ」
 「あんたも好きやねぇ」

 ばったり旧友に会ったかのような感覚だ。

 すると、隣にいた初対面の男性が、ぎゅっと握手してきた。見るからに筋肉質だ。痛い痛い。力が強すぎる。そして突然、脈絡のないエールを送ってきた。

 「おまえが頑張るなら、俺は全力で応援するぞっ」

 すでに完全な酔っぱらい状態だった。

 そうかと思うと、店の居間ではリーゼントヘアの男性客(45)がテレビを見ながら、不思議なものを飲んでいる。2リットル入りペットボトルのウーロン茶のようだが、何と「コーヒー焼酎」だという。

 店で買った麦焼酎をペットボトルに注ぎ、コーヒー豆を入れること1週間。琥珀(こはく)色に染まったころが飲み頃とか。一口いただくと、大人のほろ苦さとコーヒーらしい香ばしさが口の中に広がった。

 「おいしい」と声をそろえる社長たちを横目に、男性は「指マドラー」と称して人さし指でグラスの中の氷をぐるぐるぐる。ロックで立て続けに3杯を飲んだ。

 ペットボトルの酒は店の棚に置いておき、仕事が終わると毎日飲みに来る。「午後4時ぐらいからウズウズする」らしい。

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