時が止まった「居場所」 福岡・親不孝通りの喫茶店が40年  表現者の“絆”でカフェ戦争しのぐ

「屋根裏 貘」を40年間営んできた小田満さん(左)と妻律子さん。「開店時、20歳だった学生は、もう還暦なんだよね」
「屋根裏 貘」を40年間営んできた小田満さん(左)と妻律子さん。「開店時、20歳だった学生は、もう還暦なんだよね」
写真を見る
エアロスミスのアルバムジャケットから着想した「宝箱」(手前)や、時間が止まった時計など、独特の雰囲気が漂う店内。
エアロスミスのアルバムジャケットから着想した「宝箱」(手前)や、時間が止まった時計など、独特の雰囲気が漂う店内。
写真を見る
妖怪絵師として知られる三日月電波さんが「屋根裏 貘」のために描き下ろしたというイラスト。夢を食うバクの妖怪が、震災を引き起こすナマズの化け物を退治する場面が描かれている。
妖怪絵師として知られる三日月電波さんが「屋根裏 貘」のために描き下ろしたというイラスト。夢を食うバクの妖怪が、震災を引き起こすナマズの化け物を退治する場面が描かれている。
写真を見る
ギャラリー「アートスペース貘」。12月、九産大卒業生で、貘でアルバイト経験もある陶芸家前田尚子さんの作品が展示された。
ギャラリー「アートスペース貘」。12月、九産大卒業生で、貘でアルバイト経験もある陶芸家前田尚子さんの作品が展示された。
写真を見る
ギャラリーでの個展を控えた写真家の男性(左)を交え、展示方法などを打ち合わせる小田夫妻。
ギャラリーでの個展を控えた写真家の男性(左)を交え、展示方法などを打ち合わせる小田夫妻。
写真を見る
「屋根裏 貘」入り口付近の「親富孝通り」の界隈。時代とともに街並みが変わる中、店の表情は開店時から変わらないという。
「屋根裏 貘」入り口付近の「親富孝通り」の界隈。時代とともに街並みが変わる中、店の表情は開店時から変わらないという。
写真を見る
丁寧に一杯立てのコーヒーを入れる小田律子さん。コーヒーの香りが漂う中、優しいジャズと落ち着いた空間で客をもてなす。
丁寧に一杯立てのコーヒーを入れる小田律子さん。コーヒーの香りが漂う中、優しいジャズと落ち着いた空間で客をもてなす。
写真を見る

 カフェチェーンが立ち並ぶ激戦地、福岡市・天神。その北部の「親富孝通り」で、40年続く喫茶店がある。「屋根裏 貘(ばく)」。オーナーの小田満さん(76)と妻律子さん(68)が、細々と営む昔ながらの店だ。開店当時、予備校の学生たちであふれた界隈も、今ではすっかりにぎわいが薄れてしまったが、店を訪れる客は後を絶たない。それは、夫婦が紡いできた人と人との“絆”の証だ。

 通りは1970年代、近くの予備校に通う浪人生が多く歩いていたことから、「親不孝通り」と呼ばれた。予備校生ら若者目当ての飲食店が軒を連ね、80年代半ばにはディスコ、90年代にはライブハウスもできた。しかし、2000年代に入ると予備校も閉校して通りは衰退。愛称も地元では「親富孝通り」に改称されたが、元に戻すべきだという議論も起きている。

 小田さん夫婦が店をオープンしたのは、ちょうど40年前、1976年12月24日のクリスマスイブだった。小さなビルの2階で、店舗面積は60平方メートル弱。狭い階段を上がると、細長のスペースにカウンター席とホール席がある。むき出しの梁(はり)や低い天井は店名通り、「屋根裏」のたたずまいを感じさせる。

 ホールには宝箱を思わせる大きな木箱や古いピアノがあり、11時を差したまま止まった時計が薄明かりに淡く映えている。BGMは壁に染み込むようなジャズ。まるで店全体が骨とう品のようで、その落ち着いた「昭和の香り」が常連客に愛されている。

表現者は1000人、来場者40万人超

 しかし、愛される秘密はそれだけではない。店内には8畳ほどの小さなギャラリーが併設されている。夫婦は開店時から芸術家志望の大学生らの個展を企画。画やデザイン、彫刻、空間アートのインスタレーション、写真などの作品展を月2回のペースで催し、これまでに出展者は延べ千人近く、来場者は40万人を優に超えるという。

 「現代美術のギャラリーが福岡になかった時代。写真もまだ『アート』と認められず、みんな悶々としていた。彼らの斬新な感性が受け入れるまでは時間がかかった。段ボール箱に透明な樹脂シートを張って『水のないプール』と題した作品もあった。お客さん、不思議そうな顔して作品を眺めていたもんね」。満さんは、そう振り返る。

 実は、この店は「2号店」なのだ。元祖の「喫茶店 貘」は72年、東区の九州産業大前にオープン。九産大芸術学部の学生や若手講師たちが詰め掛け、常連になった。店内で連日、彼らによる熱い芸術談議が繰り広げられるうち、2号店の開店を決意。律子さんが店主となり、彼らの発表の場を兼ねた店を開いたのだった。

 その後、学生たちは九産大の教授や講師、高校の美術教師などの道へ進んだ。中には売れっ子作家として羽ばたいた卒業生もいる。人気写真家の荒木経惟氏に師事し、現在、女性写真家として活躍する野村佐紀子さんは学生時代、1号店でアルバイトをしながら、店での個展で腕を磨いた。ヒット作「給食番長」シリーズを手掛けた絵本作家よしながこうたくさんも“貘組”の一人だ。

「すごく昭和ですね」と言われて

 系列店は一時、4店舗まで増えたが、時代の波に押されて次第に減り、1号店を閉じた8年ほど前、「屋根裏 貘」のみとなった。この間、店の外の街並みも変わった。

 「街は若者であふれ返っていた。予備校の子たちは、うちのコーヒーとカレーで授業をさぼったり、ここで先生に進路相談をしたり。ディスコやバンドの人たちは来なかったけど、熱気は伝わった。でも、今はね…」

 律子さんは、一杯立てのコーヒーを入れながらつぶやいた。
 
 満さんによると、店は開店当時、「現代美術のギャラリーとしても、喫茶店業界としても最先端だった」という。

 木の“宝箱”は、米国の人気ロックバンド「エアロスミス」が75年リリースしたアルバム「闇夜のヘヴィ・ロック(Toys in the Attic)」のレコードジャケットがヒントになった。元来、2人ともジャズ好きなのだが、満さんが学生から薦められたアルバムを聴いて決めた。「ジャケットも音楽もハイセンス。ビビッと来たね」。そして、ホールの丸テーブル。当時の福岡では珍しく、同業者がお忍びで視察に来ていた。

 「なのに最近、一見の若い女性客から『すごく昭和ですね』って、何だか時代遅れみたいな感じで言われて。うちだけ時間が止まってるのかなあ」と満さん。律子さんは「それがよかったのかもしれない」と言う。

 ギャラリーへの来場客の多くは、店で作家を囲んで感想を語り合ったり、展示方法の打ち合わせに加わったりしていた。そのネットワークが店を支えてきた。

 「それぞれが自分の居場所にしてくれた。店の外はすごいスピードで移り変わったけど、居場所は変わっちゃいかんよね。まだまだ店は閉められん」

 律子さんが入れるコーヒーの深い味もまた、変わらない。

 福岡市は人口150万人を超え、都市化が進む。「貘」のような個人経営の店は数少なくなったが、探せばまだ残っている。店主と語りながらカウンターで静かに飲むコーヒーは、世事を忘れさせてくれる至福の一杯だ。

西日本新聞のイチオシ [PR]

西日本新聞のイチオシ [PR]