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ママはプリマも諦めへん 【第16部】誰もが輝く国へ ノルウェー・リポート<1>

プリンシパルと子育ての両立について語る西野麻衣子さん
プリンシパルと子育ての両立について語る西野麻衣子さん
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ノルウェー国立オペラ・バレエ団が本拠地とする首都オスロのオペラハウス
ノルウェー国立オペラ・バレエ団が本拠地とする首都オスロのオペラハウス
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 ●ノルウェー国立バレエ団プリンシパル 西野麻衣子さん

 たった1人、スポットライトの中に浮かび上がる。伸ばした手足、指、爪先まで神経を通わせ、軽やかに、でも寸分の狂いもなく。舞台を囲む1350の座席から一挙手一投足を見つめる観客たち。そのプレッシャーを、もう12年も背負ってきた。

 西野麻衣子さん(36)は北欧ノルウェーの国立バレエ団で、2005年から最高位プリンシパルを務める。息子アイリフ君(3)の子育てに奮闘する母でもある。

 30代を迎えたころ、麻衣子さんの心は揺れていた。

 「私は今、自分のキャリアのトップにいる。まだまだやれるし、今のレベルを保ちたい。でも母親にもなりたい」

 バレリーナは自分中心の生活。踊るために食べ、睡眠を取り、文字通り血のにじむトレーニングを積む。子どもの面倒を見ながらでは思うようにいかないだろう。「主役として舞台に立ち続ける自己管理ができるのか」。決心がつかないまま“できちゃった”ことに気付いたのは最も忙しい公演のさなか。妊娠5週目だった。

     ◇     ◇

 「もうトップはいいじゃないの」。5カ月目に入っても舞台を降りようとしない娘に、大阪の両親は気をもんだ。衣津栄(いつえ)さん(66)は働きながら3人の子を育て、参観日にはいつもスーツで駆けつけた自慢の母。目標であり、一番の理解者と信じていた。親心と知りつつ泣きながら抵抗した。

 医師と相談しながら出産2日前まで練習を続け、産後7週間でスタジオに戻った。「バレエをやめて、息子のせいにはしたくない」。その思いを夫ニコライさん(43)は受け止めた。「麻衣子のしたいようにしたらいい。僕が育休を取る」。バレエ団が拠点とする劇場の映像・音楽監督という仕事を5カ月間休んで子育てに専念した。ノルウェーでは父親に10週間の育休が割り当てられ、ほとんどの男性が利用する。それでもかなり長い方だった。

 復帰公演に向けた練習再開から3週間で体重は13キロ落ちた。必死で食べてもそれは母乳に変わり、気力に体力が追いつかない。胸が張り、腕は思うように動かなかった。リハーサルが長時間に及ぶと、ニコライさんに連れられた息子にスタジオで母乳を与えた。

     ◇     ◇

 出産から半年。大阪から駆けつけた両親も見守る中、麻衣子さんは「白鳥」となって復帰を果たした。技術と体力が問われるクラシックバレエの最高峰「白鳥の湖」。24歳で主役デビューを果たし、プリンシパル昇格の足がかりとなった思い出の作品だった。「私は今、アイリフのために踊っている」。新たな自分が見えた気がした。

 3歳になった息子は自分の意思で動き回るようになり、赤ん坊のころとはまた違う大変さがある。それでも出産を理由に妥協したことは一つもない、と思う。「プリンシパルもママ業も、両方諦めなかったんだって、大きくなってから分かってほしい」

 日本で産んでいたら同じように両立できたか-。そう尋ねると、麻衣子さんは首を横に振り、こらえていた思いを吐き出すように言った。

 「妊娠して、つわりでトイレに走っても職場の人には言われへん。仕事も辞めなあかん。日本の友達とかの話ですけど、そもそも何で会社に『すみません、妊娠しました』って謝らなあかんのって。日本は大好きやけど、15歳で離れて今は客観的に見てる。やっぱり、女の人が大切にはされていない社会やと思いますよね」

 残された時間は多くはない。国立バレエ団のバレリーナは41歳で定年を迎えるからだ。「でも、41ってまだまだ勉強できるいい年。第2のキャリアはメーキャップの仕事をしたい。バレリーナ西野麻衣子とは違う自分を探してみたい。ノルウェーやからそう考えられるのかな」

 劇場でのインタビュー終盤、ニコライさんが近づいてきた。「先にスーパーに寄って帰る。麻衣子はアイリフを迎えに行って」。時計は、午後4時を少し回ったところだった。

 ◇

 世界最高水準の「男女平等の国」として知られるノルウェーは、充実した保育サービスや男性の育休制度により、男女問わず仕事と子育てを両立しやすい社会を築いてきた。豊かな資源に少ない人口。背景にある事情は日本と大きく異なるが、実はこの国も半世紀さかのぼると「男は仕事、女は家庭」で、既婚女性の10人に9人は専業主婦という時代があった。ノルウェーはなぜ生まれ変われたのか。「女性の活躍」「働き方改革」を看板に掲げる安倍政権の下で日本は変われるのか。男性も、女性も。「誰もが輝く国」になるためのヒントを探して、ノルウェーの今をリポートする。

 ▼西野麻衣子さんの略歴

1980年 大阪市生まれ。6歳でバレエを始める

  96年 中学卒業後、名門英国ロイヤルバレエスクールに単身留学

  99年 ノルウェー国立バレエ団に入団

2005年 主役を踊る最高位プリンシパルとなる

      ノルウェー評論文化賞を受賞

  09年 トム・ウィルヘルムセン財団オペラ・バレエプライズを授与される

  16年 麻衣子さんのキャリアを追ったドキュメンタリー映画「Maiko ふたたびの白鳥」が日本などで公開

      同バレエ団の永久契約ダンサーとして活動中

 ●高福祉国家 ノルウェー 豊かな資源と高い税金

 ノルウェーは、北欧のスカンディナビア半島西岸に位置する森と山の国。南北に延びる海岸線には氷河の浸食でできた「フィヨルド」と呼ばれる深い入り江があり、オーロラ観光とともに人気が高い。代表作「叫び」で有名な画家エドバルト・ムンク(1863~1944)の出身国でもある。

 国土面積は日本とほぼ同じで人口は福岡県(511万人)の規模に近い。漁業など1次産業が中心だったが、60年代末に近くの北海の海底で油田が見つかりエネルギー輸出国になった。

 70年代からの経済成長に伴う働き手不足により女性の社会進出が進み、キリスト教信仰を背景とした「女性は家長に従って生きるべきだ」という伝統的価値観も薄らいでいった。

 79年には男女平等法が施行され、2年後には初の女性首相が誕生。政治や経済の意思決定に女性が加わることで、女性も働きやすい環境整備が進み、女性の労働参加率は23・8%(60年)から61・5%(2014年)に増加。現在は国会議員の4割を女性が占める。

 豊かな資源と高い税負担により「高福祉国家」が実現したが、税金や物価が高いために女性も働かざるを得ない、という事情もある。15年からは女性にも徴兵制が適用された。課題は移民や高齢化で、ポーランドなどからの移民が14年時点で人口の約15%(2世も含む)に上る。

 国連開発計画(UNDP)によると、国民生活の豊かさを示す「人間開発指数(HDI)」の世界ランキングでは首位(15年、日本は20位)。HDIは平均寿命や教育、所得・生活水準の各種データを組み合わせ、経済的尺度では測れない豊かさを数値化している。

 立憲君主制で元首は国王。EUには加入していない。


=2017/01/05付 西日本新聞朝刊=

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