民謡編<341>ゴッタンの世界(24)

荒武タミが愛用していたゴッタン
荒武タミが愛用していたゴッタン
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 ミステリアスな楽器、幻の楽器などと言われる南九州の民俗楽器、ゴッタンと、その奏者である荒武タミを訪ねて南九州の霧島山麓を中心に取材した。ゴッタンという楽器そのものを地元でさえ高齢者を除いて知らない人が多い。まして、南九州域外の人にとってはなじみのない楽器である。ゴッタンは宮崎県都城市などを含めた旧薩摩藩内だけの地域限定の楽器だった。

 タミが長く住んだ鹿児島県曽於市の山の駅ではキュウリ、ナスビといった地産野菜の横でゴッタンが売られていた。「売れますか」と聞くと、そこのスタッフはこのように言った。

 「5本ほど注文を受けているのですが、製作者の方の手が回らず、待っている状態です」

 楽器店ではなく、山の小さな地産品販売所で売られていることは、この楽器の庶民性を示している。同時に今でも「入荷待ち」になるほど愛好者が根強く存在していることも物語っている。おそらく、タミという奏者が出ていなけれ
ば、まさに幻の楽器になっていたかもしれない。

   ×    ×

 タミには「この楽器を残したい」と言った使命感が前面にあったとは思われない。盲目の芸能者としての生きる手段であった。1977年の国立劇場(東京)での演奏で一躍、「時の人」になったが、生活は簡素そのものだった。弟子としては最後の世代である橋口晃一は「タミ夫妻の食事はごはんに味噌(みそ)汁に漬(つ)け物だった」と回想している。

 国立劇場で観衆に与えた衝撃は、タミの芸能者としての質にあったことは言うまでもない。ただ、簡素、忍耐、謙虚などといった日本人が忘れつつある生活者の美徳をゴッタンの響きの背後に感じ取ったからではないだろうか。

 力強く思ったのは若い世代がゴッタンを再評価していることだ。製作者の一人、上牧正輝、演奏家のサカキマンゴーはともに41歳で、テラバル仁太は35歳だ。地元だけでなく。京都の黒坂周吾は41歳だ。いずれも内外のツアーでゴッタンを演奏している。また、小学生のゴッタン演奏に力を注いでいる人もいる。

 ゴッタンの発生や名前の由来などについては取材の中でも確証を得ることはできなかった。ミステリアスな部分は残ったままだ。ただ、板張りの素朴な楽器は芸能研究家の鳥集忠男(故人)が言ったように「庶民の思いがこもった器」であることは確かである。 =敬称略

 (田代俊一郎)


=2017/07/03付 西日本新聞夕刊=

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