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フォーク編<350>大塚博堂(2)

博堂について語る実姉の永井洋子と甥の大塚義則(左)と郷=大分県別府市の博堂村
博堂について語る実姉の永井洋子と甥の大塚義則(左)と郷=大分県別府市の博堂村
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 大分県別府市のJR別府駅から別府港に向かって東に伸びる駅前通りの一角に「フォーク&ポップス 博堂村」の看板がある。そこから2階への階段を上がるとフォークシンガー、大塚博堂(はくどう)の写真が出迎える。アニメ、漫画などの聖地巡りに例えるならここが博堂の大聖地と言えるだろう。温泉だけでなく、ライブもできるこのミュージックバーは別府名所の一つである。

 「今は少なくなりましたが、全国から多くの博堂ファンが訪ねて来ました」

 博堂の甥(おい)で店の「村長」の大塚義則(65)は言った。この店をオープンしたのは13年前だ。

 「博堂が急死(1981年)してから徐々に忘れ去られつつあったので、博堂のことを伝えていきたいと思いました。それに博堂が愛した音楽を好きな人が集まる村にしたかった」

 義則は仕事があり、開店から切り盛りしていたのは夫人の初代だ。しかし、初代も今年2月に亡くなり、開店休業に近い状態だった。

 「店を閉めようかとも思いましたが、周辺から『続けてくれ』との要望が強かった」

 義則が「村長」になり、今月、再スタートを切った。

   ×    ×

 店内には博堂が使ったギターや手書きの楽譜、博堂のLPレコード、写真など遺品の数々が並んでいる。

 〈山ふところの小さな駅に ふらり降りたら 夜明けを待とう あてもないのに枕木踏んで…〉

 これはファーストアルバム「ダスティン・ホフマンになれなかったよ」に収録されている「ふるさとでもないのに」という曲だ。義則の弟でシンガー・ソングライターの大塚郷は語った。

 「博堂はライブでこの曲を歌うときは必ず、前置きとして故郷の別府の話をしていました」

 「小さな駅」は博堂にとっては別府駅であり、その付近の通りは少年時代から慣れ親しんだ場所だった。「博堂村」を駅前通りで開店したのは「博堂が好きな通りということもあった」と義則は話した。

 義則は「博堂村」で博堂の音楽世界を伝え、郷は自分のライブの中で、博堂の曲も歌う。甥っ子2人が博堂を育てた別府の地で歌い、語り継いでいる。

 博堂の本名は同じ漢字だが、読みは「ひろたか」だ。博堂の実姉の永井洋子(76)は回想した。

 「ヒロちゃんは恥ずかしがり屋の少年で、小さいころから飛び抜けて歌はうまかった」

 博堂は終戦前年の1944年、別府駅から山の手の住宅街で、6人兄姉の末っ子として生まれた。

 =敬称略

 (田代俊一郎)


=2017/09/11付 西日本新聞夕刊=

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