こども新聞サミット 全国のこども記者集合 平和な世界を考えた

「平和せんげん」を発表するこども記者たち
「平和せんげん」を発表するこども記者たち
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田戸サヨ子さんと佐々木記者(右)、高山記者(左)
田戸サヨ子さんと佐々木記者(右)、高山記者(左)
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 こども向けの紙面を持つ全国の新聞社29社が参加した「こども新聞サミット」が3、4日、東京都江東区の日本科学未来館で行われ、全国の小学5、6年生のこども記者52人が「科学技術」「平和」「地方と都会」「環境」「共生社会」「マナー」の六つのテーマに分かれ議論、社会への提言をまとめた。

【紙面PDF】こども新聞サミット 全国のこども記者集合

 西日本新聞社からは佐々木寛太記者、高山絢巳記者が参加し、秋田魁(さきがけ)新報社(秋田)、信濃毎日新聞社(長野)、中国新聞社(広島)、愛媛新聞社(愛媛)、沖縄タイムス社(沖縄)の6人と「平和な世界にするために」をテーマに話し合った。

 初日は、広島で被爆した田戸サヨ子さんの体験談を聞いた。田戸さんは14歳のとき、学校内で被爆した。無傷だったため、自宅にいる母親を探しに帰る途中、道端には立ったまま死んだ人、うずくまっている真っ黒い人がたくさんいた。「水をください」と絞り出すような声があちこちから聞こえたが、水はなく「ごめんなさい」と心の中で叫びながら走って逃げた。広島の街は何もなくなっており、母親の行方も分からなかった。数日後、建物の中に寝かされていた母親を見つけたが、母親の容体は悪化、それから数日して死亡したという。

 こども記者たちは田戸さんの話について意見交換し、自分たちの地域で取材した戦争についても発表。高山記者は福岡県朝倉市の頓田の森事件について発表した。

 2日目は、戦争のない平和な世の中にするには、どうすべきかを話し合い、「みんなの平和せんげん」を発表した。

 ●みんなの平和せんげん

 1)助けあいとゆずりあいの心をもつ
 2)いじめなど自分がされていやなことは人にしない
 3)差別をせず、自由に発言できるようにする
 4)人の良いところ、違いをみとめ、仲良くする
 5)「この国はダメ」と決めつけず、人間のことを考える
 6)戦争を体験したお年寄りの話を聞き、語り継ぐ

 ●違う価値観、認め合おう

 ▼福岡市・平尾小6年 佐々木寛太記者

 田戸サヨ子さんの話を聞いて、あらためて戦争はいけないことだと感じた。原爆で亡くなった人たちの気持ちを受け継いで、僕たちがたくさんの人に伝えていかなければならない。

 各県のこども記者の発表で、沖縄タイムスのこども記者から「攻めてきた米軍が沖縄より北に行かないよう(県民みんなで)止めていた」と聞き驚いた。信濃毎日新聞のこども記者は「戦時中の教科書には、戦争のことを良く書いてあったが敗戦後、その部分を黒く塗りつぶしたりした」と教えてくれた。新聞は日本が戦争に負けそうなのに、勝つと伝えていたそうだ。情報が国にコントロールされる恐ろしさを感じた。今はインターネットも発達しているので、情報を判断する力をつけなければならない。

 今、日本は平和だが、世界では戦争が起きている地域もある。こどもの頃から国際交流をして相手の価値観を知り、個性を認めることができれば、平和な世界に近づけるだろう。

 ●次の世代につなげていく

 ▼福岡県筑前町・三輪小6年 高山絢巳記者

 田戸サヨ子さんは、原爆投下直後、助けを求める黒くなった人たちを見て、走って逃げたことをずっと後悔し「生きていていいのか」と考えていたそうだ。私だったら、もしかすると「助かって良かった」と思うかもしれない。

 私の住む福岡県筑前町は戦争中、空襲で大きな被害を受けた。現在は「大刀洗平和記念館」ができていて、犠牲者の名前や写真などが展示されている。ここに行くと、私は胸をしめつけられるような感覚になる。

 今の日本はなんて安全なのだろう。当時の人々にこの気持ちを感じさせてあげたい。二度と戦争がない世の中にしたい。自分にできることは、次の世代につなげていくことだと思う。まずは身近ないやがらせやいじめから少なくしていくのが一番だ。

【紙面PDF】こども新聞サミット 全国のこども記者集合


=2017/04/29付 西日本新聞朝刊=

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