「一汁一菜でよいという提案」 理想の日常食を再考

土井善晴さんの著書「一汁一菜でよいという提案」。シンプルな装丁も「提案」と共通する
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自分なりの一汁一菜を考えるのも楽しい
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 新聞社には「1人支局」と呼ばれる取材拠点がある。事件事故、選挙から地域の話題まで担当する市町村の取材を1人でこなす。多くは会社が借りた民家(現在はマンションの一室ということも多い)を自宅にして、その一室を事務所として使う。まさに職住一体。独身時代と結婚後の単身赴任で計2回、経験した。

 仕事を終えると、さて夕食は何にしようかとなる。最も多かったのは、おかずを近所の弁当店で買ってきて、ご飯を炊いてみそ汁を作る方式。インスタントみそ汁のときもキノコや野菜をゆでて、ゆで汁ごとおわんに注ぐ。だしが効いてうまかった。

 最近「一汁一菜でよいという提案」(グラフィック社刊)という本を知った。著者は料理研究家の土井善晴さん(60)。料理を作るのが大変だと感じている人に読んでほしいと思って書いたという。

 土井さんによると、一汁一菜は白米や玄米などのご飯を中心とした汁と菜(おかず)を指し、原点を「ご飯、みそ汁、漬物」とする。みそ汁を肉や魚、卵などを含む具だくさんにして必要な栄養素を取る。

 料理好きな人は「えー、そんなに簡単でいいの? 栄養は足りる?」と感じる。料理教室に通い、夫の弁当を毎日作る福岡市の主婦(56)は「栄養面がやっぱり不安。ただ賛同したい気持ちもある」と戸惑いつつ話してくれた。

 子育て期にはかつての国の栄養目標「1日30品目」を呪文のように唱え、時には追い込まれながら食事を作っていた。今は共働きの夫婦も多い。それだけに「一汁一菜でよいといわれたら楽になりますね。簡単でおいしい食事のあり方の一つのアイデアとして認知されれば一気に広がるのでは」と話した。

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 この本は食の取材で知り合った九州大大学院生の竹内太郎さん(29)に紹介してもらった。涼しい部屋に置いたぬか床で漬物を作り、みそも仕込む竹内さんにも変化が起きたという。

 「一汁の中に三菜分の栄養や食材を突っ込んでしまおう」と、みそ汁の具材をそれまでの2品から3~4品に増やした。すると食材の味が混ざり合って新しいみそ汁の味になった。しかもどんな食材を合わせてもお互い邪魔しない。和食、特にだしやみそ汁の奥深さを再確認した。

 プロの土井さんが「これでいい」と言ってくれたことによって、質素すぎるかもと感じていた朝食が「音のない部屋でみそ汁とぬか漬けの味をゆっくりと楽しむ豊かな時間に変わった」。おかげで気分良く仕事に取り掛かれ、集中できるようになった。

 現代の日本の食卓について竹内さんは、食べ過ぎでは、とも感じていた。「理想とされる一汁三菜では作る人はきっと疲弊してしまう」。和食の「基本」を見直すことでみんなが楽になり、心と身体の健康につながる。「一汁一菜は人生を豊かな形で楽にできるライフスタイル」と実感した。

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 みそ汁はだしを取るのが欠かせないと思い込んでいたが、具材が増えれば、その必要もなくなる。みそ自体、十分おいしい。かつて塩分取り過ぎの元凶のように言われたみそ汁だが、みその研究が進み、生活習慣病の発症リスクを低下させるなどさまざまな健康効果が知られるようになった。

 土井さんは、祭りや正月など特別な日と日常を区別する考え方も示す。「ハレ」と「ケ」と呼ばれ、暮らしの中で上手に使い分ける文化がもともと日本にはあった。今は、手間をかける「ハレ」の料理が日常の食卓に持ち込まれてしまっている。つましい「ケ」の料理が一汁一菜なのだ。

 ごちそうを作る日もあっていい。そんな日は、食や作り手に対する食べる側の感謝も、より大きくなる。こうした考え方は暮らし全体に通じる。この本のもう一つのポイントだ。

 独身時代、みそ汁には少し多めに具材を入れていた。それだけで十分だったのだ。買ってきたおかずに、寂しいからともう1品作ることもあった。つましい中でこそ磨かれる食の感性もあったのではないか。一汁一菜を知っていたら変わっていたかもと思うと、ちょっと悔しい。


=2017/02/22付 西日本新聞朝刊=

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