山城「大野城」の謎に迫る 九博でシンポ 教授や学芸員が発表

パネルディスカッションでは「大野城の謎」について、議論を繰り広げた
パネルディスカッションでは「大野城の謎」について、議論を繰り広げた
写真を見る

 太宰府市の九州国立博物館で27日、シンポジウム「大城(大野城)の謎に迫る!」(宇美町など主催、西日本新聞社など後援)があった。

 約1350年前に現在の太宰府、大野城両市と宇美町にまたがる四王寺山に築かれたとされる山城「大野城」。赤司善彦県文化財保護課長は基調講演で「日本書紀は朝鮮半島・白村江の戦いから2年後に大野城などを築造とするが、そんな余力があったろうか?」などと問題提起。考古学や文献史学、土木技術が専門の大学教授や学芸員が最新の研究成果を発表した。

 県文化財保護課の入佐友一郎さんは「水城口城門近くで10メートル程の石垣を発見した。古代人の技術は高く、まだ謎が多い」と述べた。宇美町教育委員会の松尾尚哉さんは「舘」の墨書土器が出土した前田地区に関して「役所的な建物があったと推定され、山城の謎を解くキーポイント」とした。

 パネルディスカッションでは、築造期間について、「労役の動員人数にもよるが、1年や2年では造れないのではないか」との意見が大勢を占めた。


=2016/02/28付 西日本新聞朝刊=

西日本新聞のイチオシ [PR]

西日本新聞のイチオシ [PR]