元主婦、保存修復担い14年 九博特任研究員の本田さん退職へ 25日に最終講演会「今後もお手伝い」

3月末で九州国立博物館の特任研究員を退職する本田光子さん。着物姿が多く「和装の本田さん」としても知られていた
3月末で九州国立博物館の特任研究員を退職する本田光子さん。着物姿が多く「和装の本田さん」としても知られていた
写真を見る

 九州国立博物館(太宰府市)で設立準備室時代を含めて14年間、初代博物館科学課長などを務めながら文化財の保存修復に当たった特任研究員の本田光子さん(65)=福岡市=が今月末で退職する。大学院修士課程修了後、専業主婦を経て保存修復の現場に復帰。技術と知識を買われて大学にも招かれた経歴を持つ、異色の研究者として知られる。25日に九博で最終講演会がある。

 本田さんの研究者としての出発点は、朱やベンガラなど赤色顔料との出合いから。明治大文学部(考古学専攻)在学中に装飾古墳の色に魅了され、東京芸術大大学院美術研究科保存科学専攻の修士課程に進んだ。

 在学中に結婚し、修了後に北九州市に転居。太宰府市にあった九州歴史資料館に非常勤で勤めたが、1年後に専業主婦になり、子どもにも恵まれた。やがて「仕事をしたい」との思いがふつふつと湧いてくる。

 1985年から福岡市埋蔵文化財センターに保存修復の非常勤職員として勤務。次の転機は96年。別府大から「文化財学科を新設するので来てほしい」と要請があり、助教授として赴任。教授昇任4年後の2003年、九博設立準備室に保存修復主幹として着任した。

 当時の準備室長は後に館長になった三輪嘉六さん。本田さんが学生時代から文化財保存修復学会で「存じ上げていた」三輪さんの信頼は厚く、本田さん主導で「IPM(総合的病害虫管理)システム」を導入した。化学薬剤に頼らず、市民ボランティアなど人の力で文化財を守る手法だ。

 「博物館科学課、修復施設立ち上げから8年間の仕事を『よみがえる国宝~守り伝える日本の美』展(2011年)で来館者にお伝えできたのが印象に残る」と言う。九州各県との連携にも努め、60歳で定年後も再任用で特任研究員に就任。今も熊本地震の被災文化財レスキュー事業などに車を運転して通う。

 「退職後は、文化財保護行政の隙間を埋める活動のお手伝いをしたい」。なお情熱を燃やす本田さんを、森弘子太宰府発見塾長は「市民と共に文化財を守る仕組みを構築した功績は素晴らしい」とたたえる。

 最終講演会は午後1時半から九博1階ミュージアムホールで行われる。入場無料。


=2017/03/18付 西日本新聞朝刊=

西日本新聞のイチオシ [PR]

西日本新聞のイチオシ [PR]