【九州の100冊】『幸島のサル』 三戸サツエ 野生ザルに「人情」重ね

母親の胸に抱かれおっぱいを吸う赤ちゃんザル=宮崎県串間市の幸島
母親の胸に抱かれおっぱいを吸う赤ちゃんザル=宮崎県串間市の幸島
写真を見る

 日南海岸の南端、宮崎県串間市市木は、時間が止まったようだった。照り付ける太陽、生い茂る亜熱帯植物。海岸に沿って続く一本道は、人影がまばらだ。過疎の波に洗われているのだ。だが、三百メートルほどの沖合に浮かぶ幸(こう)島(じま)の名は、世界中の霊長類研究者が知っている。周囲四キロの小さな島で「サルにも文化がある」という驚くべき発見がなされたのである。

 瀬渡し船で数分、幸島に渡った。ビロウ、バナナ、アコウ…。懐深い森には百匹ほどのサルが住む。六月は出産シーズンで、この日も母子ザルが浜辺に現れた。子ザルの目はつぶらで、キラキラと輝いていた。

 「私しゃ何事にも三日坊主だけどさ、サルだけは続いたね。サルって面白いからねー」

 幸島の対岸に住む三戸サツヱさんは、島のサルたちを半世紀以上にわたって見詰めた。九十二歳。今も自転車に乗り、求められれば、一緒に幸島に渡る。年齢を感じさせないエネルギーは島のサルや周囲の自然からもらったものに違いない。

     ◇

 さるたちは 若き世代になりぬれど 昔かわらぬ みどりの島影

 三戸さんの事務所に掲げられている書は、日本の霊長類研究に先(せん)鞭(べん)をつけた故今西錦司氏の筆による。今西氏ら京都大学の研究者が幸島を初めて訪れたのが一九四八年。翌四九年からサルの観察が始まった。当時、三戸さんの両親が旅館を営み、研究者がその旅館を利用したことから三戸さんもサルの観察に興味を持った。小学校教諭の傍ら、研究者が大学に戻った留守の間の観察を引き受けた。

 「日曜日には必ず幸島に渡ったねー。サルの顔を見分けるコツも自然と身について、若い研究者に教えるまでになりましたよ」

 忘れられないサルたちがいる。ボスだったカミナリは、常に群れの安全に気を配り、浜に乱入した犬とも勇敢に戦った。一番メスのウツボは、死んだ赤ん坊がミイラ化しても離さず、五十九日間も一緒に過ごした。乳がんにかかったメスのサンゴは、三戸さんに抱きかかえられて車で宮崎大学まで運ばれ、そこで力尽きた。

 海水でイモを洗って食べ始めた頭のいいメスの子ザルもいた。芋洗い行動はみるみるうちに群れに広まり、子ザルは「イモ」と名付けられた。

 サルが海水でイモを洗う―。それがサルにも文化があると言われたゆえんだ。そんなサルたちや研究者との出会いを書き綴(つづ)ったのが「幸島のサル」。七一年に出版された。

     ◇

 幸島で餌づけによる観察が始まってから半世紀。今、研究者の間では、幸島などの事例は餌づけによる特殊なものと理解されている。だから今の幸島では餌を極力与えない。より自然の状態に近づけるためだ。その結果、群れは緩やかな集合体に変わった。ボスにも昔のカミナリのような威厳はない。

 「サルは所(しょ)詮(せん)、サルですよ」と若い研究者は言う。三戸さんは少し不満げだ。三戸さんは「人情」を重ねてサルたちを眺めてきたのだ。

 「だって、あのころのサルは本当に立派だったのよ」

 彼女にとって、島のサルたちはボスによる統率が見事にとれた一団であり、極めて人間に近い感情を持つ存在だったのだ。

 サルたちも代替わりし、研究者の関心もアフリカや南米に向き、幸島を訪れるのは観光客がほとんどだ。

 ただ、三戸さんも加わって五十七年前に今西氏らが始めたサルの観察メモは、現在に引き継がれている。島のサルたちの誕生、死亡などを克明に記録した、いわばサルの「戸籍」だ。三戸さん宅の近所にある京大霊長類研究所の幸島観察所に二人の職員が常駐し、観察を続けている。

 研究が進み、学説は変わっても、日本の霊長類学の黎(れい)明(めい)期をリードした幸島の功績は変わらない。サルたちの平和な生活が続く限り、サルたちの戸籍づくりもまた営々と続いてゆく。

 =敬称略

   ◇    ◇

 みと・さつえ 1914(大正3)年、広島県佐伯郡観音村(現広島市)生まれ。地元の安田高等女学校などを経て、日本統治下にあった朝鮮半島、満州(現中国東北部)大連で小学校教諭として勤務。敗戦後、両親の住む宮崎県串間市市木に移り、小中学校で教えた。幸島でのサル研究者の観察を助け、53年、子ザルが芋を海水で洗って食べ、その行為が群れに広がる様子を確認。この事実は研究者によって国際学会で発表され、研究者たちを驚かせると同時に、幸島を世界的に有名にした。70年、京都大学霊長類研究所の幸島野外観察施設(現・ニホンザル野外観察施設幸島観察所)研究員。その後、非常勤講師。84年、70歳を機に退職した。サンケイ児童文学賞(72年)、吉川英治文化賞(74年)、西日本文化賞(同)など受賞。


※「九州の100冊」は2006年~08年に西日本新聞で連載。九州を舞台とした作品、または九州人が書いた著作で、次代に残すべき100冊を選び、著者像や時代背景、今日的な意味を考えながら作品を紹介したシリーズです。この記事は2006年6月25日付で、内容は当時のものです。

西日本新聞のイチオシ [PR]

西日本新聞のイチオシ [PR]