【生きる 働く 第1部】私がハタラク理由<1>老いに不安 支え支えられ

有料老人ホームでの移動販売コーナーで、入所のお年寄りに優しく声を掛ける竹下芳則さん
有料老人ホームでの移動販売コーナーで、入所のお年寄りに優しく声を掛ける竹下芳則さん
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 あんパン、カップ麺、歯磨き粉…。水曜日の昼下がり。北九州市戸畑区の有料老人ホームの食堂テーブルに、食料品や日用品が並ぶ。

 「甘くないのがよかねぇ」。車いすからまんじゅうに手を伸ばす女性に、竹下芳則さん(66)は塩豆大福を差し出した。30年近く港で働いた証しの、黒くごつごつした手。その手の上に、大福の白がふんわり映えた。

 セブン-イレブン戸畑天籟寺(てんらいじ)店の店員。それが1年半前からの、竹下さんの肩書だ。

 水曜日は、移動販売でこのホームを訪れる。週4~5日は、主にお年寄りの家を回り、弁当を宅配する。シニアの自分が向き合う相手も、シニアだ。

 勤務時間は1日3~4時間。月給は5万円強。3人の息子は独立し、妻(66)との2人暮らしは、2人分の年金約20万円でぜいたくしなければ事足りる。

 穏やかな暮らし。

 でも、働きたい-。

 竹下さんには、ある思いがあった。

 悲しいけれど、どこかほっとしている自分がいた。

 3年前、88歳で母が亡くなった。いつも明るく、元気な女性だった。

 8年前に父が90歳で亡くなってから、母に変化がみえ始めた。昼夜関係なく徘徊(はいかい)する。失禁し、汚物を床にぞうきんでなすりつける。

 大手運輸会社を55歳で早期退職し、ガードマンの仕事をしていたころだった。妻だけに介護をさせるわけにはいかない。仕事を辞めざるを得なかった。スプーンで口元にごはんを運ぶと、「隣のおじちゃん、ありがとね」。切なくて、涙が止まらなかった。

 母が家にこもりがちになったのは、骨折してからだ。「体を動かして、世間とつながっていないと、一気に老けてしまう」。シニアにも門戸を開いているコンビニの仕事を見つけ、思い切って就職したのは、「老いとはこんなに怖いものなのか」「老いたくない」という不安からだった。

 日本は、4人に1人が高齢者(65歳以上)だ。20年後には3人に1人、45年後には2・5人に1人と推計されている。働く高齢者も増え続け、2013年には636万人と、初めて従業者全体に占める割合が1割を超えた。老老介護はもちろん、あらゆる場面が「シニア対シニア」になっていくのだろう。

 竹下さんが弁当を配る先の8割は、1人暮らしのお年寄りだ。多くは80代、90代。玄関まで出てくることもままならない。竹下さんは部屋に上がり、弁当を電子レンジで温め、食卓に置く。「ありがとね」。食べることと話すこと。お年寄りの毎日に、自分が必要とされている。その事実に、自分こそが支えられている、と気づいた。

 宅配先の数人は、1人ずつ、この世を去っていった。母の姿と重なる。老いはやはり、どうしても、怖い。だからこそ、目の前のお年寄りを「大切にしたい」と思う。今、生きている自分も。

 老人ホームで、車いすの女性が、竹下さんに声を掛けた。「兄(にい)ちゃーん、きつかけん押してくれんね」。そっと押すと「ありがと。よか男やねー」。

 「からかわれとるんですよ」。66歳の“兄ちゃん”は、年輪のようにしわが刻まれた顔をくしゃっとして、照れた。

    ◇    ◇

 働くことは、生きること。2015年、私たちは働く現場を取材し、幸せに生きることについてみなさんと考えたいと思っています。第1部「私がハタラク理由」では、さまざまな価値観で働く人々を追います。あなたの「ハタラク理由」は何ですか?


=2015/01/06付 西日本新聞朝刊=

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