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【生きる 働く 第1部】私がハタラク理由<2>フツーに暮らしたいのに

会社を辞めてから実家に身を寄せる無職男性。スマートフォンの料金は親に払ってもらっている
会社を辞めてから実家に身を寄せる無職男性。スマートフォンの料金は親に払ってもらっている
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 「あの上司」と同じ名字をテレビやインターネットで見聞きすると、心拍数が上がる。

 男性(22)は半年前、正社員で働いた照明機器の会社を辞めた。入社からわずか3カ月だった。

 飲食店や衣料品店に、名刺一枚で飛び込んだ。

 「いらない」「じゃま」。虫けらのようにあしらわれた。新調したスーツは汗で塩を吹き、革靴はすり切れた。

 会社に帰ると上司が机をたたきながら罵声を浴びせた。「バカ」「クソ」「死ね」。同僚だった20代女性の営業社員といつも比較された。「女でも契約が取れるのに、男のお前がなんで取れねーんだ」

 本社と結んだスカイプ(インターネットテレビ電話)での朝礼では、すご腕の営業マンが称賛される一方、成績が振るわない支店にはげきが飛んだ。

 夜の営業は嫌がられるため、外回りは朝から夕方まで。しかし資料作りで夜遅くまで会社に残った。月給は10万円弱。時間と関係なく、上司からの携帯電話が鳴り響いた。

 徹底的に否定され、頭がおかしくなりそうだった。何も考えられなくなっていた。「もう限界だ…」

 電話で退社を告げると、上司は引き留めなかった。

 契約が取れたのは3カ月で、1件だった。

 違法な時間外労働、上司が部下をいじめるパワーハラスメント…。過酷な労働で若者を使い捨てにする「ブラック企業」は、2013年の新語・流行語大賞のトップテンにも入った。

 「最初はラッキーだと思ったけど、やっぱりそんなうまい話はないですよね」

 何より、「正社員」になりたかった。

 進学先の大学になじめず中退。心配をかけた親に、安心してもらいたかった。「一度非正規になるとビンボーから抜け出せない」。インターネットには、そんな情報があふれていた。

 パートや契約、派遣社員、アルバイトなどの非正規労働者は、昨年11月に2012万人となり、初めて2千万人を超えた。働く人に占める割合も38・0%と伸びている。

 減る「正社員の椅子」を奪い合う。その状況に悪質な企業がつけ込み、正社員たちに異常な労働を強いる。

 男性は今、両親と祖母が住む福岡市の実家に身を寄せる。最近、パチンコ店でアルバイトを始めた。店の都合でいつ呼び出しがあるかわからない。仕事がないときは部屋にこもり、パソコンを使ったオンラインゲームで時間をつぶす。

 再就職したい。しかし、ハローワークの求人票は非正規ばかり。この先、安定した職を見つけることができるのか。結婚して家族を養うことができるのか。そもそも正社員で採用されたとして、またあの企業のような会社にあたってしまわないか-。漠然とした不安が心から離れない。

 何も高望みをしてきたわけではない。物心ついたころから、世の中はずっと不景気だ。

 「高度成長とか、バブルとか知らないし。上の世代とは、なんか、生きる前提が不平等な気がする」

 退職後は、厚生年金から国民年金に移った。月額約1万5千円の保険料が払えない。30歳未満に納付が猶予される制度でしのぐが、将来、年金が減額されるリスクは残る。今も不安、将来も不安。どこかに明るい未来はあるのか。

 寝るとき、天井の照明を見つめながらため息をつく。「フツーに働いて、フツーに暮らしたいだけなのに」と。 


=2015/01/07付 西日本新聞朝刊=

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