【生きる 働く 第1部】私がハタラク理由<5>支え合う社会 NPOで

 NPOを支援するNPO。
 
 福岡市の「アカツキ」はそんなNPO法人だ。

 活動資金になる寄付を集めるために、団体の運営を分析し、試行錯誤しながら解決策を一緒に考える。「泥くさい」作業の繰り返し。

 代表の永田賢介さん(32)には、この仕事にこだわり続ける理由がある。

 「お父さんとお母さんが離婚しますように」

 永田さんは幼稚園児のとき、七夕の短冊にそう書いた。

 両親は毎日けんかしていた。母に愛情を注いでもらった記憶はない。常に「自分に安心感がなかった」。大学に受かったものの浪人を決め、自宅に引きこもった。死にたいわけではないが、生きていくのもつらい。心が疲れ切っていた。

 大学に入学後は、授業やアルバイトで家にいる時間が少なくなり、気持ちはだいぶ穏やかになった。その後、福岡県内の女子大に就職。仕事の傍ら、イベントをコーディネートする任意団体も立ち上げた。

 団体の仲間に、生きづらさを抱えている女性がいた。頻繁に死を口にしていたので、いつも気にかけていた。

 2008年の秋。仕事中に「死にたい」と連絡があった。つい素っ気ない返事をしてしまったが気にかかり、仕事を切り上げて駆け付けると、変わり果てた姿があった。

 行き場のない家庭環境。防げなかった友の死。「悩みや苦しみを分かち合い、みんなで支え合えるような社会にしたい」。もんもんとする日々が続いた。

 今の自分に何ができて、何が足りないか。全国各地へ足を運び、ソーシャルビジネスなどの勉強会に参加した。

 意を決して10年秋に辞職。東京のNPOに1年間インターンとして働いた。「NPOは、一つの問題意識を核にして、賛同者を集めて一緒に問題を解決していく組織。人と人とがちょっとずつ支え合う社会を実現するのに、最適な手段だ」。12年1月に大学生ら6人と、NPOの運営を支援するアカツキを設立した。

 いざ活動を始めると、厳しい現実も待っていた。事業内容がまだ広く知られていない分野のため、顧客を募るためのセミナーを開き、永田さんはイベントの司会もこなす。月収は20万円を超えない。「支え合う社会を」という理想と、独身で両親と同居しているからこそ生活できている現実にギャップがあることは、重々承知だ。

 それでもこれ以上、大切な人が死を選ぶのを見たくない。自分も含めた「みんな」に平穏に暮らしてほしい。そのために苦しみや悲しみを分かち合える、人と人とのつながりをつくっていきたい。NPOだからこそできると信じているし、自分たちの活動が将来的にもっと必要とされるという確信もある。

 昨年暮れ。アカツキの事務所の一角に、5歳から50歳までの11人が集まった。「思いでつながる社会」の実験の場として、ほぼ隔週で開いている「エンガワの夕げ」だ。ご飯とみそ汁を作り、こたつに入って食べながら、モヤモヤを打ち明け合う。熊本市から参加した会社員の男性(26)は「初めて会う人でも気を使わずに話せる。第二の家みたい」と笑った。

 「血のつながりがなくても、お金をもらえなくても、人と人とが緩やかにつながっていたら、穏やかに暮らしていけるはず」。そう話す永田さんの右腕には、あの日から毎日身に着けている、友の形見の赤い時計が光っていた。


=2015/01/14付 西日本新聞朝刊=

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