【生きる 働く 第1部】私がハタラク理由<6>認知症 社会とつながり

 東京都町田市の自動車販売店、ホンダカーズ東京中央町田東店。午前10時過ぎ、店の名入りの赤いジャンパーを羽織った4人が現れた。

 寒空の下、5台の展示車にホースで水をかけ、丁寧にクロスで拭き上げていく。約30分後、車はピカピカに。気づけば、皆うっすらと汗をかいていた。

 休日を除く毎朝の光景。4人は、近くのデイサービス「DAYS BLG!」に通う認知症の人とスタッフだ。

 「有償ボランティア」という形で、洗車業務を請け負う。

 この日、作業を担当した青山仁さん(54)は、かつて営業で全国を飛び回り、建設作業にも携わった。3年ほど前。職場でミスが続くようになって病院を受診したところ、若年性アルツハイマー型認知症、と診断された。「迷惑を掛けられない」とすぐに退職、好きだった車の運転もやめた。

 再び仕事ができてうれしい。「少しでも自分が役に立っているんだ、とやりがいもある」。仕事を提供する同店の戸木田次人店長(50)も「新車が傷つくかも、けがをするかもなど不安はあった。でも、みなさん大切に扱ってくれている。働く姿勢には学ぶことも多い」と青山さんたちを見つめる。

 店は謝礼として月1万円を渡す。作業をした全員で分け合うため、1人が受け取る額はごくわずか。「それでも、自分のしたことがお金で評価されるのは励み」と青山さんは思う。

 BLGには、50代~90代の認知症の人23人が通う。スタッフも利用者も同じ「仲間」という思いから、ここに集う人はみな「メンバー」と呼ばれる。

 一般的なデイサービスでは、合唱や塗り絵など決められた屋内プログラムが中心。だがBLGでは、青果問屋の野菜配達、玉ネギの皮むき、チラシの配布といった「仕事」や、学童保育のボランティア、公園散策など地域に出ての活動が特徴だ。内容は日替わりで、どれに参加するかは各自が選ぶ。

 この日はメンバーが作って地域に設置した門松を回収する作業もあった。担当した奥(おく)公一さん(73)は5年前、前頭側頭型認知症と診断された。記憶障害は比較的軽いが、人格が変わって反社会的行動を取ったり、同じ行動を繰り返したりする特徴を持つ。奥さんも、自覚なく万引を繰り返し、警察に受診を勧められた。

 元石油会社の営業マン。「朝6時に出て深夜に帰る、まさに企業戦士でした」。だが、診断後は家に閉じこもる生活へ。そんなとき、BLGに出合った。「人間としての生活を取り戻せた。もう一度、地域社会とつながることができたから」

 BLGを運営するNPO法人「町田市つながりの開(かい)」の理事長、前田隆行さん(38)は、介護サービスが家族のためのものになっているのではないか、と常々感じていた。本人たちの「働きたい」「社会とつながりたい」という声を聞き、「希望をかなえる場所を作りたい」と、2012年の8月にBLGを立ち上げた。

 介護保険を使う人たちが「働く」ということが想定されていなかったため、有償ボランティアは認められていなかった。厚生労働省に何度も掛け合った。メンバーの活動先は、地域の企業を行脚して確保してきた。

 65歳未満の若年性認知症の人は約3万8千人(06~08年度)、65歳以上の認知症の人は約462万人(12年)いると推計されている。

 「認知症になると何も分からない、できないわけではない。サポートすることで、その人らしい生活が送れるということを実践を通じ発信していきたい」

 前田さんはそんな思いで「働く」を後押しする。 


=2015/01/15付 西日本新聞朝刊=

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