【生きる 働く 第1部】私がハタラク理由<7完>「はた」を楽にするために

「お坊さんとティータイム」にやってきた人の近況を聞く渡辺晃司さん(左)
「お坊さんとティータイム」にやってきた人の近況を聞く渡辺晃司さん(左)
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 北九州市小倉北区の路地裏にある、長屋を改築したカフェ。はしごのような階段を上ると、8畳ほどの座敷で7人がちゃぶ台を囲んでいた。

 大学生に会社員、フリーター、経営者。常連と新顔が入れ代わり立ち代わりに訪れる。窓際の定位置に座る僧侶の渡辺晃司さん(29)が、月1回この「お坊さんとティータイム」を開いている。

 唯一のルールは飲み物を注文すること。午後3時から11時まで、いつ来ても帰っても、何を話してもいい。この日は誰かが持ってきたピーナツをむきながら、世間話から相談へと移った。「私の仕事が完璧じゃないって非難する人がいるんです。でもその人自身が完璧じゃないから悔しくて」

 口々に意見が出る。「一生懸命やっているなら、そんなの無視したらいい」「それだと何も反省してない感じがする」。渡辺さんも口を開いた。「自分を内省するきっかけにしたらどうでしょう。まだ未熟なんだと学ぶ姿勢で取り組んでみたら」

 「実はその人、機嫌が悪かっただけかもね」との声も。語り合ううちに、また笑いがわき起こった。

 「悩める人の多い時代だからこそ『生き方の処方箋』である仏教の教えを伝えたい。悩みの根っこにある、自分中心の生き方を見つめ直すのです」

 そんな思いから渡辺さんは、1年半前にティータイムを始めた。“本業”は平尾台麓にある日蓮宗・浄泉寺(じょうせんじ)の副住職。寺院運営には200~300の檀家(だんか)が必要とされる中で、70足らずの小さな寺だ。祖母がゼロから築き、後を継いだ現住職の父を支えている。地域の人々が集まり、世代を超えて学び合うような寺にしたい。だが山あいの寺まで来る人はほ
とんどいない。ならば自ら出向こう、と考えたのがティータイムだった。

 高校時代は建築士を目指していた。大学受験に失敗したら仏教学部へ行く約束だったが、不合格通知を見た父は言った。「本当に建築士になりたいならもう一度頑張ってみなさい。お坊さんは仕事じゃなく生き方だから」。その一言に、逆に仏の道へと導かれたという。

 同宗が大本山の寺で行う百日間の荒行がある。真冬の朝3時から夜11時まで、3時間おきに水をかぶり、読経する。食事は1日2回のかゆ。寒さと空腹、睡魔で自分のことしか考えられなくなっていた。だが極限まで追い込まれたとき、「私たちも頑張るから」と送り出してくれた人々の顔が浮かんだ。

 「たくさんの恩を受け、支えられて今ここにいられる」。渡辺さんが気づいた瞬間だった。

 恩を知り、恩に報いる。

 自分にできるのは生き方の知恵を伝えること。手書きの瓦版を配り、インターネットの交流サイト、フェイスブックで発信するうちに、ティータイムには10~50代が集うようになった。福祉施設から講話を頼まれることもあり、「まいた種が芽吹いて、お寺を身近に感じてくださる方が増えてきました」。

 仏教徒を集めるのが目的ではない。寺が心のよりどころになれば必要とされ続けるはずだ。理想を語ると「現実はそんなに甘くない」と言われることも。でも若い自分だからこそできる生き方もあると信じる。

 渡辺さんにとって「働く」とは。「本来の意味は大和言葉で『傍(はた)』、つまり周りの人を『楽(らく)』にすること。他者に喜んでもらうのが大切です」。人は愛され、褒められ、役に立ち、必要とされることで幸せを感じる。家族の笑顔のために家事をしたり、お金を稼いだり。「働くことで、幸せになるチャンスを与えられているのだと思います」

 =おわり


=2015/01/16付 西日本新聞朝刊=

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