新農薬ネオニコチノイドを考える<下>脳科学者 黒田洋一郎さん 子どもの脳に影響か 「予防原則」の適用を

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 科学が証明したときにはもう手遅れだった-。水俣病では原因物質が有機水銀であることを、熊本大学の研究チームが突き止めたにもかかわらず、政府が公式に認めたのはその9年後。その間も汚染魚が食べ続けられ、患者はさらに増加した。脳科学者の黒田洋一郎さんは、その教訓を無駄にしないよう、発達障害や子どもの行動異常が増えている日本でも、世界各国の研究者から、健康や環境への影響が報告されているネオニコチノイド系農薬などの化学物質について、疑わしきは使わずという「予防原則」の適用を訴える。

 高機能自閉症、注意欠陥多動性障害(ADHD)、学習障害(LD)など子どもの脳の障害は、米国では20世紀後半の化学物質汚染時代から増え、日本でも近年増加。2002年の文部科学省調査では、これら発達障害児は全学童の6・3%と推定している。発達障害とまでは診断されていないが、「切れやすい」など行動にさまざまな異常のある子どもも増え、一部は既に30代になっている。

 自閉症児の登録制度があるくらい、州政府を挙げて取り組んでいる米カリフォルニア州では、自閉症児は1990~2007年の間に7・8倍に急増。これまでいわれていた診断基準の変更による軽症例の算入などでは、増加データの一部しか説明できず、環境要因の関与が疑われた。

 1970年代から発達障害が増え始めた米国。疫学調査の結果も出始め、まず神経伝達物質アセチルコリンの代謝を阻害する有機リン農薬の暴露の多い子どもに、ADHDになる率が高いことが2010年、権威ある米国医学専門誌「小児科学」に発表された。

 さらに環境医学での一流誌「環境医学展望」に、有機リン農薬の暴露で子どもの記憶や知能(IQ)などへの悪影響が起こることを示したデータが3報同時に掲載されるなど、農薬と発達障害や知能低下との関連が確かになりつつある。

 発達障害や異常な行動をする子はいじめの対象にもなりやすく、農薬などとの関連は今後、大きな社会問題となる危険性が高い。

 最近の合成農薬は、初期の有機塩素系に比べれば、分解しやすいものになったとされる。だが、日本は世界で一、二を争うほど、単位面積当たりの農薬使用量が多い。家庭用殺虫剤とともに、人家の近くで大量に使用されていることは、ヒトへの被害が増す原因として懸念される。

 農薬だけではなく、ポリ塩化ビフェニール(PCB)やビスフェノールAといった環境ホルモン、鉛、水銀など環境毒性物質の複合影響も危惧される。しかし、脳の発達に及ぼす毒性についてはきちんとした試験が全く行われておらず、安全性が保証されないまま販売・使用されている。

 これらの環境化学物質と発達障害児の症状の多様性との因果関係は、ヒト脳での記憶、知能など高次機能の仕組みが十分分かっていない現在、すぐには証明できない。発達障害の原因としての農薬を厳密に証明することは、複雑極まりないヒト脳研究の中でも、とりわけ難しく、あと10年以上かかるだろう。

 だからといって、疫学調査などで危険因子となった有機リン系農薬を放置したり、より危険と考えられる新農薬ネオニコチノイドなどを何の制限もなく使い続けたりすれば、発達障害児を将来にわたって増やすことになりかねない。

 これは全ての子どもの健やかな発育、ひいては日本社会の将来につながる重要課題である。地球温暖化同様、農薬についても、子どもに重大でかつ、取り返しの付かない不可逆的な影響を及ぼす恐れがある場合、科学的に因果関係が十分証明されない状況でも、規制措置を可能にする「予防原則」を適用すべきだ。

 家庭用殺虫剤としても身近に使われているこれらの農薬は、殊に室内での使用を極力抑え、危険性の高いものは使用を停止するなど、迅速に手を打つことが必要であろう。

 慢性神経毒性、特に脳機能発達へのまともな毒性試験が全く行われないまま、グローバル化する危険な人工化学物質による環境汚染。世界に広がるミツバチの大量死は、まさにその警告であるように思えてならない。
 (「上」は21日に掲載)

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 ▼くろだ・よういちろう 1943年、東京都出身。東京大学農学部農芸化学科卒業後、東京都神経科学総合研究所参事研究員などを経て、現在、環境脳神経科学情報センター代表。

 ●ADHDに関係も 米研究者が発表

 有機リン系農薬に暴露した子どもは、注意欠陥多動性障害(ADHD)になりやすいという結果研究が2010年、米ハーバード大学の研究者らによって明らかになった。

 研究者らは、子どもたちの尿中の農薬分解物質を追跡。それらのレベルが高い子どもは、検出されなかった子どもに比べて約2倍、ADHDになりやすいことを発見した。黒田洋一郎さんによると、有機リン系農薬はADHDだけでなく知能(IQ)低下、作業記憶の障害も起こすという論文も増えているという。

=2012/11/28付 西日本新聞朝刊=

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