【「空白」を生きる 若年性認知症】<3>収入減に介護費ずしり

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 「ネクタイの結び方が分からない」。福岡市の男性(59)がこう言いだしたのは、メーカー勤務だった53歳の1月だった。すぐに脳の検査をしたが「異常なし」。秋にもの忘れ外来を受診したが「年の割にもの忘れが多い」と言われただけだった。

 翌年5月、ゴルフのスコアを付けられないことを周囲がいぶかり、かかりつけ医で「アルツハイマー型認知症」と診断された。大学生だった長男(27)と次男(26)、高校2年だった長女(21)にまだまだお金がかかるころ。妻(50)は「頼りにしていたものが崩れていく気がした」。長女は父親の変化を見るのがつらかったのか、帰宅が遅くなっていった。

 男性は負担の少ない部署に配置転換されたが「パソコンの前に座っている」だけの日々だったようだ。2010年の診断から1年後、「よくなったら出ておいで」と休職を勧められた。昨年1月に退職。傷病手当金と障害年金、それにたまたま妻が正社員として働き始めていたこともあり、何とか生計は成り立っている。

 症状の進行は速く、今は要介護2。失禁が始まり、言葉もあまり出ない。それでも「加入者が死亡または高度障害状態になった場合、残りの住宅ローンは全額返済を免除する」とされる住宅ローンは免除されない。今も月12万円の返済がのしかかる。

 一方で、介護費は膨らむ。妻は生計維持のため仕事を辞められず、週5日のデイサービス(通所介護)と週2回の宿泊サービスを利用している。介護保険の範囲を超える費用負担は月約5万円に上る。

 男性の隣で眠る妻は夜、ほとんど眠れないまま、出勤することが多い。母を気遣う次男は地元での就職にこだわり、今も就職活動を続ける。妻は「今まで夫に任せたり、夫婦で相談したりして決めてきたことを全部1人で背負わなければならないのがつらい」と涙ぐんだ。

 高齢者の認知症と違い、働き盛りを襲う若年性認知症で大きな問題となるのが、「大黒柱」を失うことによる経済的な打撃の大きさだ。14年に厚生労働省研究班が行った調査によると、就労経験がある人の約8割が自ら仕事を辞めたり、解雇されたりしていた。発症を機に収入が減ったのは約6割に上った。

 全国32団体でつくる「全国若年認知症家族・支援者連絡協議会」(東京)は今年6月、厚労省に若年性認知症に関する具体的な施策強化を要望。全国規模の実態調査や早期発見・早期治療の推進などと並び、若年性認知症と診断されても企業が配置転換などで在職期間を延長できるよう支援する制度の確立など、経済的支援の推進も盛り込んだ。

 同協議会によると、「病院から障害者手帳の申請ができないと言われた」「家族も会社も知識がなく、傷病手当金や障害年金を受給できず、経済的に困窮した」などの声が寄せられている。当事者はもちろん、医療や福祉の現場でさえ若年性認知症に対する理解は十分ではない。

 同協議会の干場功世話人(76)は「診断を受けた直後の初期が本人も家族も最もつらく、混乱し、支援が必要。ぎりぎりまで同じ会社で働き続けられれば症状の進行が抑えられ、経済的にも支えられるはず。特に、企業の理解を深めてほしい」と訴えている。


=2015/10/08付 西日本新聞朝刊=

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