【傾聴記】増えるホームホスピス 「みとりの文化」再び

家庭的な雰囲気で終末期の高齢者が過ごす宮崎市のホームホスピス「かあさんの家・霧島」(2012年12月撮影)
家庭的な雰囲気で終末期の高齢者が過ごす宮崎市のホームホスピス「かあさんの家・霧島」(2012年12月撮影)
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ホームホスピスのあり方を話す市原美穂さん
ホームホスピスのあり方を話す市原美穂さん
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 「虫の音、鳥の声など自然の気配や四季が感じられる」「子どもを臨終の場から遠ざけない」…。12月上旬、熊本市であった「第4回ホームホスピス全国合同研修会」で紹介されたホームホスピスのケアと運営の基準が興味深い。「暮らしの中で死にゆく」とはどういうことかを考えさせられる。

 ホームホスピスは、がんや認知症などの高齢者5~6人が、空き家などを利用した「家」で共同生活しながら終末期を過ごす。介護職や医師、訪問看護師など多職種が連携して24時間体制で見守る。在宅介護の一形態で、あえて国の制度の枠組みに属さず、柔軟なケアを実践している。

 2004年、宮崎市のNPO法人「ホームホスピス宮崎」(市原美穂理事長)が開設した「かあさんの家」を草分けとして、全国23地域32軒に広がり、九州でも熊本市、福岡県久留米市、長崎県新上五島町などに計8軒ある。さらに、全国10カ所以上で開設が準備され、じわじわと浸透している。

 市原さん(68)たちはよりよい形で取り組みを普及させるため、今夏、宮崎市に「一般社団法人全国ホームホスピス協会」を設立。五つの基本理念と八つの基本条件、これらを具体化する約150の基準を制定した。

 基本理念の中で「新たな『みとりの文化』を地域に広げます」という一文が特徴的だ。

 みとりのあり方として「死期が近づいたときに、一人にしない」「みとりの経験がない家族を支え、見守る」「日々の生活の延長線上にみとりがある」「死を忌むものとせず、死を隠さない」などを挙げる。

 本人の意思を確認した上で、延命のみを目的とした本人に負担のかかる医療行為は避け、生活の音やにおいを感じながら、そばにいてほしいと思う家族に見守られて静かに逝く。かつては当たり前だった「暮らしの中で逝く」文化を取り戻そうとしているのだ。

 こうしたケアを実践するだけでなく、地域に広げるため、市民向け講演会や遺族の体験発表の機会を設け、積極的に情報発信していくことも基準に掲げている。

 厚生労働省によると、1951年の死亡場所は自宅が82・5%、病院が9・1%だったが、2012年は病院が76・3%、自宅が12・8%と完全に逆転した。ただ、ここ数年は病院が微減、自宅と老人ホームが微増傾向にある。

 「自宅で最期を迎えたい」という希望の根強さに加え、「みとり難民」の存在が指摘されている。高齢者の増加に医療機関が追いつかず、医療機関で最期を迎える風潮が変わらない限り、安心して最期を迎える場所を確保できない人が増える恐れがある。

 制度化されていないホームホスピスは、利用料金が特別養護老人ホームなどの介護保険施設に比べて割高になったり、人手不足に悩まされたりと、課題も多い。半面、宮崎市が独自にホームホスピスの賃料を半額補助する「地域ホスピス支援事業」を展開するなど、各自治体の工夫で地域に合った取り組みを定着させることもできる。

 市原さんは著書「暮らしの中で逝く」に書いている。「次の10年が過ぎた時、ホームホスピスがどのような形で存在しているのか、今はわかりません」。各地に溶け込んでいるのか、みとりの文化が浸透して役割を終えているのか、新たな役割を担っているのか。

 「本人にとって安心できる空間」で過ごし、「本人が望むように生を全うできる」。ホームホスピスの基本条件が、当たり前に満たされる社会であってほしい。


=2015/12/10付 西日本新聞朝刊=

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