【人生まるよ ひとストーリー2018】<5完>木を植える 俺がいなくなってん森は残る 森咲かじいさん 図師哲雄さん(82)

ツリーハウスの名前は「圭佑小屋」。図師哲雄さんがよく面倒を見た子どもの名前だ
ツリーハウスの名前は「圭佑小屋」。図師哲雄さんがよく面倒を見た子どもの名前だ
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 真っ青な空の下、桜が満開を迎えていた。

 「冬に咲くヒマラヤザクラよ。ほーう、見頃じゃ」。見上げる顔はまるで花咲かじいさんだ。いや、この森をよみがえらせたのだから「森咲かじいさん」か。

 九州山地の裾あたり。宮崎県西都市の東京ドーム3個分余りの森を、図師哲雄さん(82)は「ロキシーヒル」と名付けた。ネパールでは焼酎をロキシーと呼ぶらしい。「焼酎飲みん丘(ヒル)よ」

 哲雄さんは少年時代、農家の長男として手伝いに追われた。裏山を駆け回る友だちがうらやましかった。「いつか俺も」。30歳前後で手に入れた“遊び場”がこの森だ。

 一番眺めのいい場所に一番大きな木を植え替えてツリーハウスを作りたい。木を運ぶための道を切り開き、盆栽のように枝を育てて、その上に小屋が完成するまで20年。50歳で夢がかなった。

 朽ちかけたはしごを上ると、小屋の中は3、4人が酒盛りできる広さ。南の窓から隣町の田畑が遠くかすんで見えた。「いい眺めやろ? 上からションベンしたら気持ちいかったなあ」。今は上がって来られない哲雄さんの声が、下から響いた。

    *   *

 62歳、次の夢を見つけた。農家を「引退」し同級生3人と始めたのは、森づくりだ。

 きっかけは一冊の本「木を植えた男」(ジャン・ジオノ作)。羊飼いがたった1人で荒野にドングリを植え続け、やがて豊かな森ができ、人々の営みが戻る物語。気付けばどの山もスギばかり。季節ごとに表情を変える木々や鳥、魚たちはどこへ消えたのか。しんと静まった人工林が「荒野」に重なった。

 哲雄さんは、怒りを込めて「ロキシーヒル憲法」をつくった。

 人間も自然界にあっては、ただの生物にしかすぎないのに、他の動植物のことも考えず、人間の都合で自然林を人工林にしたり、人工林が金にならないと言っては自然を破壊したまま、人の手を入れようとしない。

 森づくりは毎年2ヘクタール分のスギを売り、カシ、ケヤキなどを植樹する計画。植樹祭にキャンプ、マウンテンバイク大会。仲間は増えていき、結婚式を挙げるカップルや、哲雄さん夫婦に子どもを預けて仕事に行く人も。夜な夜な焼酎を手に語り合う。植えては枯れ、また植えて。10年ほどが過ぎた。

    *   *

 森がよみがえったころ哲雄さんは、飲み過ぎがたたってか体調を崩した。近ごろは森に入ることもめっきり減った。でも誰かがふらりと来ては、下草を刈って作業小屋を掃除し、交流会に呼んでくれる。

 福岡市の大学生井上洋菜(ひろな)さん(22)=西都市出身=もそんな一人。成人式の時にふとロキシーヒルを思い出した。「小さい頃にヤマメを食べたよね。どうなってるかな」。同級生と十数年ぶりに森を訪ねた。次の年は、もっとたくさんの人を連れてきた。

 「ここは全部おまえにやるよ」。哲雄さんは洋菜さんに言った。でも、みんなに同じことを言っている。誰かのものじゃなく、みんなのもの。「土地は所有するもんじゃない」が口癖だ。

 まず木を植えよう。木を植えたら手入れをしよう。ヤマザクラが咲いたら花を見て楽しもう。雑木が増えて木の実ができて小鳥や獣が増えたら、子どもたちと楽しもう。 (ロキシーヒル憲法より)

 哲雄さん夫婦に子どもはいない。みんなが子ども。久しぶりの作業小屋で、こっそり「黒霧島」に手を伸ばしながらつぶやいた。

 「俺がいなくなってん森は残る。みんなが来てわいわい騒いでくれたらよかね」

 そう笑うと森咲かじいさんは、一杯ぐいっと飲み干したとさ。

 =おわり


=2018/01/11付 西日本新聞朝刊=

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