【人の縁の物語】<37>出産 命のドラマ写す 写真家・宮崎雅子さん 新生児医療も題材

宮崎雅子さん
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写真集「Mother─いのちが生まれる」より
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 保育器の中でほほえむ赤ちゃん、まだへその緒が付いたままのわが子を抱き締める母親…。長崎市出身の写真家、宮崎雅子さん(57)=東京=は、新生児集中治療室(NICU)で治療を受ける赤ちゃんや出産の現場などを長年、撮り続けている。命と向き合い、見えてきたものとは何か。

 23歳で東京に出た宮崎さん。「女性が一生続けられる仕事」を探してデザイン会社を転々としていた時に、写真家の吉田ルイ子さんらの作品展を見て興味を持ち、専門学校に通い始めた。

 自分のテーマはまだ見つけられていなかった。そのころ、地域の講座で出会ったのが、自宅出産した人や産科医などお産に携わる人たちだった。「もっと女性が主体的なお産を」という考えや、お産の仕組みと現状などを知り、新鮮に感じた。

 助産師という職業があることも初めて知った。「人が生まれるのを助ける。しかも女性ならではの仕事」に引かれ、新聞記事で知った開業助産師に頼み、その仕事ぶりを記録に残すことにした。

 健診や母親教室で指導する助産師の普段の仕事ぶりだけでなく、「生まれそうよ」と電話があれば夜中でも駆けつけ、出産の様子を撮り続けた。

 苦痛の表情を浮かべ、髪を振り乱し、夫にしがみつきながら産みの苦しみに耐える女性たち。見守る家族。お産がスムーズにいくようケアをする助産師…。

 「お産の現場は神聖で、一人一人にドラマがある。撮影は大変だったけれど、つらい表情をしていた女性がお産を終えると、仏様のように美しくなるところも魅力的なんです」

 撮影のため助産院に通っていた30歳の時、長女を身ごもった。自然分娩(ぶんべん)を望んだが、難産で帝王切開となる。「自然なお産を望んでも、できないこともあるんだ」。身をもって知ったことで、出産の撮影に対して、より謙虚に向き合うようになったという。

 3年に及ぶ助産院での撮影を終えた後も、ほかの助産院や自宅出産をする人などから「お産の写真を撮ってほしい」と依頼が続いた。36歳で長男を出産。子どもをおぶってカメラを構えるなど、夫と協力しながら仕事と子育てに奔走した。

 出産を経て仕事の幅も広がった。毎日どんどん表情が変わっていくわが子の姿を見ていると「お産も面白いけど、赤ちゃんも面白い」と思えてきた。助産院で赤ちゃんの写真も撮るようになり、エッセーなどで発表した作品が医療雑誌を発行する出版社の目に留まって新生児医療の専門誌の表紙を任された。


=2013/10/08付 西日本新聞朝刊=

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