友よ、オーロラを見に行こう 難病男性の夢 支える仲間たち 来年2月に計画 寄付金募る

オーロラ旅行の「予行」として6月、飛行機で大阪に行った平畑貴志さん(前列中央)と仲間たち。後列左は母の美枝子さん。後列右が森山淳子さん (「ニコちゃんの会」提供)
オーロラ旅行の「予行」として6月、飛行機で大阪に行った平畑貴志さん(前列中央)と仲間たち。後列左は母の美枝子さん。後列右が森山淳子さん (「ニコちゃんの会」提供)
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 ●「自分らしく生きたい」に共鳴

 進行性難病の友の夢は、オーロラを見に行くこと。日に日に体が衰えていく彼の願いを今こそかなえよう-。近くで見守ってきた仲間たちが、旅行資金の寄付を募り始めた。人工呼吸器による「延命」を断固として拒む半面、「生きているうちに、やりたいことは何でもやりたい」との強い意志に共鳴したという。「支援というより、彼との時間を一緒に楽しむつもりです」。メンバーの一人、福岡市で障害者福祉事業所を営む認定NPO法人「ニコちゃんの会」の森山淳子代表(52)は力を込める。

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 筋力や体の機能が徐々に低下する神経性の難病・脊髄小脳変性症を患う平畑貴志さん(43)=同市南区=と森山さんが知り合ったのは2011年。社会人学生として九州大大学院に入学後、重い障害や病気の人の暮らしを研究テーマに論文を書こうとした際、知り合いの作業所で出会った。

 貴志さんは自宅で母の美枝子さん(71)と2人暮らし。20歳を過ぎて発症し、胃ろうから管を通して栄養を取る医療的なケアが必要で、移動は車いすを使う。寝返りやトイレなどの生活はすべて介助がいる。

 重い障害のあった娘を3歳で亡くした経験がある森山さんは、貴志さん親子と家族ぐるみで付き合ってきた。これまでも森山さんら有志が集まり、貴志さんが行きたいと願ったユニバーサル・スタジオ・ジャパン(USJ、大阪市)や鈴鹿サーキット(三重県)への旅行を敢行。ただ、ずっと貴志さんが夢だと口にしてきたオーロラ旅行は海外でもあり「無理」(森山さん)と考えていた。本気になったのは15年、貴志さんの容体が悪化してからだ。

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 体調が良ければ口から食べ、文字盤を使って「会話」もしていた貴志さん。徐々に唾液をうまくのみ込むことができなくなり、気管にたんなどが入って肺炎を引き起こし、入退院を繰り返すようになった。

 いずれ呼吸する力も弱まるため、人工呼吸器を使うか気管切開(気切)が必要。だが貴志さんはかねがね「人工呼吸器は使わない」と宣言していた。病気は遺伝性で祖父やいとこ、叔父も父も同じ病気。50歳近くで発症した父は59歳で亡くなった。呼吸器を使った叔父は寝たきりだった。「僕の人生は自然に終わりたい。ただ、自分がやりたいことは、すべてやりながら生きたい」。そんな強い意志を森山さんに伝えていた。

 仲間は貴志さんに生き続けてほしかった。15年末、森山さんらは貴志さんの自宅に集まり「せめて気切を」と勧める。貴志さんはあらためて強く拒み「本当は胃ろうも嫌だった」と打ち明けた。全員が泣いた。

 帰り際、貴志さんは森山さんの手を握り、文字盤で「オーロラ」と訴えた。森山さんがオーロラ旅行を実現させようと決意したのはこの時だ。旅行を乗り切るには、気切して呼吸を安定させない限り無理だった。

 森山さんは仲間と「たかしとオーロラ行くっ隊!」を結成。翌16年初め、入院していた貴志さんを訪れ、オーロラに行くと告げた上でこう求めた。

 「隊長はあなたのつもり。でも今の状態では死なせに行くだけ。呼吸を楽にする手術は延命じゃないから、気切を考えて」。貴志さんはようやくOKした。

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 仲間の支援に感謝しきりの美枝子さんは、延命を望まない息子の姿勢に葛藤もあったという。ただ今は「私も寝たきりにはさせたくない。無事に行って帰ってこられるか分からないけど、オーロラを見に行くことを目標に生きる気力を持ち続けてくれたら」と願う。

 旅行は来年2月、英国経由でアイスランドに向かう計画。寄付を募るのは、同行する医師の渡航費▽雪道を走行できる車いす▽車いすが乗る4WD車両のレンタル代-として目標100万円。インターネット上で500円から資金を募るクラウドファンディングのサイト=https://japangiving.jp/campaigns/33664=を今月21日まで開設。ニコちゃんの会の事務所でも受け付ける。


=2017/11/09付 西日本新聞朝刊=

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