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上田岳弘「キュー」/今村夏子「木になった亜沙」

 本欄では連載小説はなるべく取り上げない方針でいるのだが(1回分だけで評価するのが困難なため)、時には例外もある。これについては触れないわけにはいくまい。「私の恋人」で三島由紀夫賞を受賞し、過去に2度芥川賞の候補にもなっている注目作家、上田岳弘の初めての長編「キュー」は、月刊文芸誌の「新潮」と、インターネットの人気ポータルサイト「Yahoo!JAPAN」、すなわち紙とウェブの新旧2種の媒体での連載という画期的な試みである。

 「新潮」10月号からの雑誌連載は通常通りの仕様だが、「Yahoo!JAPAN」での連載については説明が必要だろう。まず、これはスマートフォン向けのブラウザーで提供されるコンテンツである。指定されたURL(https://bibliobibuli.yahoo.co.jp/q/)に行くと無料で読むことができる。火曜と木曜の週2回の更新で、1回分は割と短め、1カ月で「新潮」の1号掲載分を消化するペースになっているようだ。紙の雑誌でまとめて読むか、スマホで分割して読むか、というメディアの選択だけではなく、当然ながら前者は「新潮」を購入する必要があるわけで(立ち読みもありえますが)、自分の雑誌の目玉連載をネットで無償で読めるようにするという「新潮」編集部の今回の英断(?)は、やや大袈裟(おおげさ)に言うならば、文芸誌というもの、そして文学と呼ばれるものの行く末にかんして、いろいろと考えさせるものがある。

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 「キュー」のウェブ連載には、雑誌版にはない新たな趣向が幾つか加わってもいる。各回を読み終えると、読者=ユーザーがスマホの画面をタップすることによって小説の重要なキーワードである「一般シンギュラリティ」のビジュアルが自動生成されるページがある。ビジュアルは各種SNSでシェアすることもできる。その次には「キューのQ」というアンケートのページがある。小説の内容に即した1回1個の質問にABCD4つの選択肢から選んで回答し、集計結果を見ることもできる。どちらもネットならではのユーザー参加型の「サービス」になっており、正直言えば、ビジュアルの方はよくあるスマホアプリの域を出ていないと思うが、こういう企画であれば当然何かしら紙では不可能なアイデアが必要ということだろう。

 1990年代の初頭に、筒井康隆は「朝日新聞」紙上での小説「朝のガスパール」の連載をASAHIネット(当時はまだパソコン通信だった)との連動で行った。2000年代半ばに阿部和重は「ミステリアス・セッティング」をいわゆる「ケータイ小説」の形態で連載した。テクノロジーの進化は、文学なり小説なりの主題や物語のみならず、それらが書かれ/読まれる環境=インフラにも大なり小なり影響を与えている。いや、そのようなことには無頓着な作家も多いが、ITの発展に敏感にならないでいられないタイプの小説家も居り、自らIT企業の役員でもある上田はその最新ヴァージョンと言っていい。

 先に「画期的」と書いておいたが、しかし私は今回の試みのどこがどのように「画期的」なのかを実はまだよくわかっていない。おそらく上田や「キュー」にかかわる人たちにとっても手探り状態なのではないか。さしあたり私が興味があるのは、これが上田岳弘という小説家の作風にいかなる変化をもたらすか、である。初回を読む限り、上田の小説世界の集大成になりそうな予感がある。

 Cold Sleepから目覚めた謎の人物。「私の中には第二次世界大戦が入っているの」と言う女子高生。人類が越えてきた複数のパーミッションポイント(知的生命体が進化する途中で避けては通れない事象)。そのひとつである「一般シンギュラリティ」。原爆実験の記憶。今のところ全貌がほとんど見えないので要素を列挙することしかできないが、この作家らしい謎めいた魅力的な道具立てがてんこ盛りである。もともとクセのなかった文体は、おそらく意図的にますます読みやすくなっている。この作品がどこに向かうのか、しかと見守っていきたい。

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 今村夏子「木になった亜沙」(「文学界」10月号)は、惜しくも前回の芥川賞受賞を逃した天才肌の作家の、特に明記されていないが文芸誌初掲載小説である。「あひる」「星の子」を経て、一時期を思えば信じられないほど旺盛に作品を発表しているのが嬉(うれ)しい。

 どういうわけか亜沙が触れた食べ物を誰もが口に入れたがらない。ただひとりを除いては。例によって児童文学を思わせる平易な文章で、世界の理由なき不条理に見舞われる少女の悲劇が語られていくのだが、中盤からこれまでの今村小説には見られなかった展開が訪れる。この人にしか書けない佳作だが、この人ならこれくらいの作品は量産できてしまうのではあるまいか。贅沢(ぜいたく)な願いかもしれないが、もっと思い切った飛躍を読みたい。今村夏子を超えられるのは今村夏子だけなのだから。

(佐々木敦 ささき・あつし=批評家)


=2017/09/27付 西日本新聞朝刊=

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