2人受賞の第158回芥川賞 せめてデビュー第2作を読んでから

 ●近本洋一「意味の在処-丹下健三と日本近代」 独特な筆運びの毅然とした批評文

 第158回芥川龍之介賞は、石井遊佳の「百年泥」(「新潮」2017年11月号)と若竹千佐子の「おらおらでひとりいぐも」(「文芸」17年冬号)の2作が同時受賞した。どちらも初出時に本欄で取り上げた作品なので内容に深くは立ち入らないが、「百年泥」はチェンナイで日本語教師をしている日本人女性の軽快な語りによって現代インドの諸相と、そこで生きる人間たち(語り手自身を含む)の独特さが幻想混じりに描かれ、「おらおらでひとりいぐも」は74歳独居老人の「桃子さん」の脳内に沢山(たくさん)の「声」が聞こえ始め、やがて彼女は「声たち」が連れて来る無数の記憶や想念と共に残された未来へと旅だってゆく、という物語である。以前紹介した際にも、特に若竹作は高く評価した。心密(ひそ)かに、これは芥川賞候補に挙げられるのでは、候補になったなら高い確率で受賞するのでは、とも思っていた。予想は見事に当たったわけだが、今回は作品評とはやや違った角度から述べておきたいことがある。

 それは今度の芥川賞の2作が、どちらも新人賞の受賞作、すなわち第1作だということである。「百年泥」は「新潮新人賞」、「おらおらでひとりいぐも」は「文芸賞」を受賞した作品であり、つまり石井氏と若竹氏はいずれもデビュー作でいきなり芥川賞を射止めたわけである。そもそも芥川賞は賞規定としては「新人賞」ということになっているのだが、だからといって新人賞(デビュー作)で芥川賞というケースはけっして多いわけではない。だが、ご存じのように前回の芥川賞も「文学界新人賞」の沼田真佑「影裏」が受賞した。その前は、文芸誌へのデビュー作の芥川賞受賞は第153回(15年上期)の又吉直樹「火花」があるが、文芸誌新人賞受賞作となると、第148回(12年下期)の黒田夏子「abさんご」が「早稲田文学新人賞」だが、仔細(しさい)は省くが黒田氏は実は再デビューなので、正確には「群像新人賞」だった第137回(07年上期)の諏訪哲史「アサッテの人」まで遡(さかのぼ)らねばならない。そして、文芸誌新人賞受賞作=デビュー作=芥川賞が2人並んだのは、ひょっとしたら史上初めてのことなのではないか?

 今回の芥川賞の他の候補者を見ておこう。前田司郎は10年ぶり2度目の候補(彼は芥川賞のライバルとも言われる三島由紀夫賞はすでに受賞している)、木村紅美も9年ぶり2度目の候補、宮内悠介も2度目だが、彼は芥川賞と交互に直木三十五賞にも3度候補に挙げられている、また彼も三島賞は受賞済みである。つまり落選した作家たちは皆、既デビュー組だったということである。

 もちろん私は、まったくの新人の方が芥川賞を受賞しやすくなっているのではないか、などといった憶測(おくそく)を抱いているのではない。しかし特に近年、芥川賞候補にその年の文芸誌新人賞が必ず1~2作はエントリーするようになっているのは事実である。そして文芸誌新人賞は1年に1度だが、芥川賞は年に2度もあるのだ。「芥川賞は新人賞なのだから候補になり続ける限りいつまでも新人」という逆説的な言い方があるが、一言で「新人」といっても、たった1作しか発表していないのと数作では大きな違いがある。もちろん今回の受賞に何ら異論はない。だが正直に言えば、私は新人賞にそのまま芥川賞を与えるのはあまり好ましくないのではないかと思っている。せめてデビュー第2作は読めてからでないと、その作家が果たしてどんな書き手なのかを判断することがむつかしいと思うからである。

 新人賞といえば、評論家の登竜門として新しく始まった「すばるクリティーク賞」の第1回受賞作が発表された(「すばる」2月号)。同賞は大澤信亮、杉田俊介、浜崎洋介、中島岳志(ゲスト)の4名を選考委員とする評論新人賞である。受賞作は近本洋一「意味の在処(ありか)-丹下健三と日本近代」。受賞者プロフィルには載っていないが(「受賞のことば」では触れられている)、近本は13年に「愛の徴(しるし)-天国の方角」でメフィスト賞(講談社の広義のミステリを対象とする公募新人賞)を受賞してデビューした小説家でもあり、第2作「嵯峨野あやつり異聞-浄瑠璃グラン=ギニョル」も15年に発表されている。

 受賞論文に続いて載っている熱気を帯びた選考座談会でも話題になっているが、小説も書く人だということをたとえ知らずとも、その独特な筆運びにまずは引き込まれる。小林秀雄的というか、論理よりも文章としての佇(たたず)まいに重心が置かれた、問いと断言をぱきぱきと連ねてゆくような毅然(きぜん)とした批評文である。建築家丹下健三の「真実」を通して「日本」を射抜こうとする、この論の身構えの深奥には踏み込めないが、特に最終段落の怒濤(どとう)の畳み掛けはまさに小説的クライマックスに近い。力強い文体を持った新たな批評家の誕生を、まずは言祝(ことほ)ぎたい。

(佐々木敦 ささき・あつし=批評家)


=2018/01/26付 西日本新聞朝刊=

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