留学ビジネス ネパールからの報告(3)カタコト教師が教壇に

インド国境近くにあるチトワン郡にある日本語学校で勉強する学生たち=昨年12月、ネパール
インド国境近くにあるチトワン郡にある日本語学校で勉強する学生たち=昨年12月、ネパール
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 首都カトマンズから西へ約200キロ。人口約30万人でネパール第2の都市ポカラは、ヒマラヤ山脈を一望できることから外国人観光客にも人気の街だ。

 語学学校 地方も急増

 この地方都市のバザール通りでも、語学学校の看板がひしめき、「JAPAN」がひときわ目立つ。

 福岡市に留学後、日本語学校を設立したモティさん(35)によると、ポカラの日本語学校はこの5年間で10倍の約80校に急増。カトマンズの学校が次々に分校を構えているためで、生徒獲得の競争も激しい。

 当然ながら日本語を教える教師は不足している。

 「センセイ(記者のこと)、それなんのいみ?」。どんな質問をしてもこんな答えが返ってくるニルさん(23)は、日本語のパート教師になって3カ月。学校に1年通っただけで、教える側になった。

 小学校低学年レベルの漢字200字を教える基本コースの担当だが、記者との会話はほとんど成立しなかった。ほかに教師は2人いるが、同じレベルという。

 ポカラで15の日本語学校を回ったが、基準とされる「2年間の日本語学習」を満たさない教師ばかりの学校も少なくない。4校を掛け持ちして教えるロスニさん(27)は、関西弁なまりで「オーナーも話せず、誰も日本語が分からない学校もある」と明かした。

   ◇   ◇

 インド国境に近い南部チトワン郡。メイン通りにはごみが散乱し、牛が眠り込む。その一角にある雑居ビル2階の日本語学校「アルマイティ国際教育サービスセンター」を訪ねた。

 社長のプリさん(30)はあいさつ程度の日本語しかできない。3年前の設立時に日本語学校は4校しかなかったが、今は5倍の約20校に増えたという。

 もともと英語圏への留学仲介業を担っていたが、ブームに乗って日本語学校に参入し、一気にトップ校に躍り出た。年間60~90人の学生を日本に送り出す。日本側からの「紹介料」が中心となる売り上げは2015年、日本円換算で500万円。公務員の月収が3万円の国だ。

 成長の秘訣(ひけつ)を聞くと、「生徒確保の鍵は口コミ」と即答した。生徒たちは会員制交流サイト(SNS)を使って、ビザ発給率や教え方を日本にいる先輩から聞き出すため、実績と評判が決め手というわけだ。プリさんは「ここは南部の教育拠点。まだまだいける」と目を輝かせる。

 「国に帰っても仕事がない」。そう考えた元留学生たちが学校を立ち上げ、日本語学校ビジネスは一大産業へと成長している。

 その一つ、カトマンズ中心部から少し離れた通りにある「魁(さきがけ)」。東京に留学していた社長のラマさん(28)は2年前に学校を設立したばかりだが、既に50人を送り出した。

 「日本語能力があれば食っていける。学校運営は誰でもできる」というラマさんに日本への留学ブームは続くか、聞いた。「あと4年、東京五輪までだ」。次の“金の卵”は介護技能実習生とみて、ターゲットを広げつつある。

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 西日本新聞「新 移民時代」取材班
 imin@nishinippon-np.jp

=2017/01/04付 西日本新聞朝刊=

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