「新移民時代」公開シンポジウム 「フクオカ円卓会議」詳報

外国人労働者の現状を示しながら基調講演する「未来を創る財団」の国松孝次会長
外国人労働者の現状を示しながら基調講演する「未来を創る財団」の国松孝次会長
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活発な意見を交わす「フクオカ円卓会議」のパネリストたち
活発な意見を交わす「フクオカ円卓会議」のパネリストたち
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 西日本新聞のキャンペーン報道「新 移民時代」の公開シンポジウム「フクオカ円卓会議」が17日、福岡市の九州大西新プラザであった。急増する外国人労働者との共生の道を探ろうと、本紙と一般財団法人「未来を創る財団」が共催し、同財団会長で元警察庁長官の国松孝次氏が基調講演した。外国人や支援者、日本語教育関係者らパネリスト12人が冒頭で現場からの報告や問題提起をした後、「労働者」「生活者」としての外国人をテーマに討議。会議は会場全体を円卓に見立てており、参加者約180人全員が当事者として議論を深めた。(進行は遠矢浩司・前西日本新聞社取締役編集局長)

 

 ◆「人口減社会踏まえ議論を」 国松孝次氏・基調講演

 今、日本は大変な人口減少社会だ。推計では2053年に1億人を切る。労働人口も減っていく。生産性の効率化や女性、高齢者の活用が話題になるが、経済の根っこは人口。国内的な措置だけでは間に合わず、外国人に来てもらうという話にならないとおかしい。しかし、政府は「移民政策はとらない」としている。簡単には進まないが、議論は始めないといけない。

 厚生労働省の統計では、16年10月末時点の外国人労働者は約108万人。1年間で約20%増えた。中でも増えているのが留学生の資格外活動と、技能実習だ。留学生が制限を超えて働き、技能実習生が制度通り帰国しない実態がある。

 ただ、最も多いのは永住者や定住者など「身分に基づく在留資格」で41万人いる。その労働実態は分かっておらず、掘り下げてみる必要がある。

 日本政府の(外国人労働者に対する)基本方針は、専門的・技術的な分野と、それ以外の一般労働者と二元管理だ。専門的・技術的な「高度人材」は積極的に受け入れようと、永住権取得までの期間を短くしたり、グローバル企業が外国人社員を働かせる際の手続きを簡素化したりしている。

 問題は、その他の労働者。政府方針は「真に必要な分野に着目しつつ、総合的かつ具体的な検討を進める」「移民政策と誤解されないような仕組みや国民的なコンセンサス形成の在り方などを含めた必要事項の調査・検討を進めていく」とある。意味不明で、具体性がない。

 ではどうするのか。技能実習制度や留学生の資格外活動は、実態をよく把握して制度の本旨に沿った運用ができる仕組みを整えるべきだ。現状は「安い労働力を日本に入れるための抜け道だ」という指摘があり、実際そうだと思う。

 必要な分野では「国家戦略特区」制度を活用し、一般外国人労働者をきちんと受け入れていくべきだ。移民は否定しつつ労働力は欲しいという「建前と本音」の正常化が必要だ。

 生活者として外国人を処遇する理念の明確化も大事だ。現在、国政レベルの議論はゼロ。欧米諸国は政府の方針が出ている。4人に1人が外国人のスイスでは「外国人法」があり、語学教育や文化教育をして社会に溶け込ませようと努力している。国際化が進む中、日本は外国人をどう受け入れるのか。国民的な議論が進むことを期待したい。

 国松孝次氏(くにまつ・たかじ) 1937年浜松市生まれ。東大法学部卒業後、警察庁に入庁。同庁長官を経て、99~2002年に駐スイス大使を務めた。13年から、外国人政策などを提言する一般財団法人「未来を創る財団」会長。

 ⇒取材班からの報告「移民ネグレクト」を越えて

 ◆パネリスト12人の冒頭発言

 (1)永田大樹氏(40) 福岡日本語学校校長

 福岡市で日本語学校を経営している。「新 移民時代」の記事を最初に見たときは、「出稼ぎ留学生」というキャッチコピーに衝撃を受け、「一生懸命やっている留学生に何を言うか」という印象だった。

 しかし、回を追うごとにさまざまなことが明らかになっていき、国松(孝次)先生の基調講演にもあったように、人口減少による労働力不足という切迫した現状に対し、制度と実態との乖離(かいり)があり、それがどうして改善されていかないのか、という点がキャンペーン記事で明らかになった。

 進まない現状を日本語学校という現場から見ていると、「外国人」という人そのもの、生活そのものに幅広く関わる制度が、包括的な体系となっていないところに原因があるのでは、と感じる。

 外国人行政に関わる現場は、「本音と建前」を駆使して支えてきたという事実がある。それで外国人行政がアンタッチャブルな存在、日陰な存在となって育ってしまった。今回のキャンペーンで、日陰の存在に一気にスポットライトが当たった気がする。見えなかった所も明らかになった。

 われわれは日本語を教えるとき、最初に「あいうえお」を教えるというよりもニーズ調査をする。どんなことを学びたいのか、それを知ることがとても大切だ。それを知って、ニーズに沿ったカリキュラムを作成し、教えていく。カリキュラムが合わない内容になっていれば、学ぶ意欲は生まれずに、勉強の苦痛という軋轢(あつれき)しか生まない。外国人行政においても、本来の来日ニーズをしっかり把握し、来日する人が自己実現できるような環境整備が進まなければ、そこに問題が生じることは自明の理だ。


 (2)岩切朋彦氏(40) 鹿児島女子短大講師

 私はもともと文化人類学が専門で、武道の研究をしていた。大学に就職できず、非常勤講師でかつかつやっていて、何かしなければと思って始めたのが日本語教師だった。ただ、日本語教師はなかなか待遇が厳しく、さらに困窮した。

 日本語教師を始めた2014年、行った日本語学校の学生が全員ネパール人で、びっくりした。しかも全然勉強しない。高い金を払って来ているのだから、真面目に勉強しているかと思ったら、わーわー騒いでいる。

 これは話を聞いてみようと思い、一人一人にインタビューを始めた。彼らは最初、日本語ができなかったので英語で。そうすると赤裸々に語ってくれた。それを論文にまとめて2015年1月、西南学院大(福岡市)の紀要に提出した。論文実績をつくらないといけないと、ある意味苦し紛れで書いた論文だった。

 私は今年4月から鹿児島女子短期大学で教えている。観光論を担当しており、(外国の労働者問題を)ライフワークでやっているわけではないが、この論文を西南学院大がインターネットに掲載してくれて、たくさんの人に読んでもらえて、「新 移民時代」でもお話をということになった。

 (日本語学校の現状は)私はもともと聞いていたことなので知っていたが、新聞記事を通じて、ようやくこの事実が皆さんに知られることになった。非常に意義深い。


 (3)吉開章氏(50) やさしい日本語ツーリズム事務局長

 私の今日の論点は、留学生、国内にいる外国人に対し諸問題があるが、今いる私たち日本人が今日からできることは何か、明日からできることは何か、という点だ。それが「やさしい日本語」になる。

 私は福岡県柳川市出身の50歳だが、これは私の郷土愛からやった企画だ。日本中に外国の方がたくさん来ている。じゃあ、「英語で話してみましょう」と「日本語で話してみましょう」のどちらが不自然か?

 答えはどちらも不自然。世界中の誰にでも通じる言語は存在しない。「英語で話してみましょう」と言っても、英語を話さない外国の方には関係ない。じゃあ、「日本語で話してみましょう」。これは唐突な提案に聞こえるが、日本にいて、日本語が話せる外国人はたくさんいる。こんな単純なことを誰も知らない。

 国内に住む外国人が日本語を少しでも話す割合は、2010年の論文で64%という数字がある。同じ論文で、英語を話す人は44%にすぎないと書いてある。一方、国際交流基金の調査では、台湾人が少しでも日本語を話せると自己申告したのは42%。台湾人が3人集まったら、8割の確率で日本語が話せる。

 柳川市の観光客の過半数は台湾人なので、「じゃあ日本語で接客できるんじゃないの」と提案したら、内閣府の交付金をもらえた。その時に大事なことが「やさしい日本語」、つまり私たちの方がコントロールした日本語を話すべきだ、というこの一点だ。

 やさしい日本語にはいろんなこつがある。「電車がフツウです」と言ったときに、「普通に動いているんだ」と思う人もいるかもしれないので、「電車が動いてません」と言う。そうしたこつを柳川の市民に教育し、「日本語を話したい外国人」には白いバッジ、研修を受けた日本人には水色のバッジを渡している。


 (4)竹野孔氏(62) 株式会社タケノ社長

 福岡を中心に居酒屋「竹之屋」などを展開している。うちは今、社員・アルバイトを含めて600人超のスタッフがいる。その中で外国人が50人近く。内訳は、ベトナム23人、中国16人、ネパール6人、ミャンマー2人。ミャンマーの人は、(われわれの)農場の実習生として来てもらっている。最近はベトナムの人が多い。

 10年、15年前は求人募集で、外国の方は断っていた。しかし人手不足がだんだん顕著になってきたので舵(かじ)を切った。

 現在4人が正社員で、全て中国人だ。学生時代、うちでずっとアルバイトしていてそのまま正社員になり、上海の店を切り盛りしている。(彼らは)かなり優秀。日本にいるときも、正社員になってから店長、エリアマネジャーまでした。

 いま取り組んでいるのが、会社でベトナムの留学生に学費を貸与する、奨学金という名前になるのかは分からないが、うちが立て替えて留学しやすくする−という制度だ。向こうで大学を卒業した人を、日本語留学で受け入れる。

 4月から1人受け入れているが、言葉で困っている。パートさんが多い所に入れたら早く日本語を覚えるだろうと、仕込みの場に入れたら、かなり上手になったが、博多弁しかしゃべらない(笑)。大変なことになるのでは、と思いながらやっている。


 (5)副島信次氏(56) 福岡市南区役所企画振興課長

 「外国人通り」がある大橋という地区を抱えるのが南区だ。福岡市は7区あり、昨年人口が150万人を超えたが、南区は今25万7千人ぐらい。外国の方も増えており、福岡市全体では3万1748人、南区では5千人弱が住んでいる。

 10年前は中国や韓国の方が多かったが、最近はネパールやベトナムの方々が増えている。7区の中でも南区はネパール、ベトナムの方が多い。ネパールの方が1191人、ベトナムの方が1078人。千人集まれば、それぞれ4〜5人いるという状況。割合では、ここ5年で、ベトナムの方が5倍、ネパールの方が2倍と急増している。ということで地方自治体としても対応している。

 特にごみ出しでは、ルールが分からずに、曜日を間違ったり、袋を間違ったりする。福岡市の場合、決められた通りに出さないと収集されずに残ってしまうため、近隣住民から苦情が出る。うち2割程度が外国人の方に関する苦情だ。

 これをどうするかということで、平成27(2015)年から「地域と外国人学生の縁むすび事業」をやっている。一つは、ごみ出しのリーフレットを作ろうということで、日本語学校の学生さんたちに協力をいただき、オリジナルのリーフレットを作った。

 もう一つは、地域の方との交流事業ということで、自治協議会の方にご相談して交流会を実施した。地域の方と一緒に、ファッションショーとか、ネパール地震の直後は防災をテーマにした話とか、ネパールと日本のカレー食べ比べとか、そういった企画をしている。毎回40人ぐらい来ている。少しでもつながるということで「縁むすび事業」をしている。


 (6)陳維嘉氏(46) 福岡徳洲会病院医師

 整形外科をしている。私は平成元(1989)年に日本に来た。父が大阪市立大学の整形外科で研究をしていた。高校を卒業して中国の医科大に入学したが、外国に行きたいと思った。そのとき、父が(日本に来たらと)言っていたので「じゃあ日本に来ましょう」となった。

 まず大阪の日本語学校に入った。米国に行くつもりで準備していたが、九州大の医学部に受かった。父の周りの医師たちから「米国で医師になるのは大変だから日本の方がいいよ」と言われて日本に残った。それでも米国に行きたかったが、日本で生活しているうちに日本が大好きになった。

 医学部を卒業し、臨床を経験し、大学院に入って、どうしても米国に行きたくて2年間留学させてもらった。この2年間はとても失望した。ニューヨーク、カリフォルニアにいたが、日本が良かったという感じがした。その後、中国に1年間いた。中国に戻ろうかなと思って臨床に入って研修をしたが、やはり日本が良かった。

 なぜかというと、自分のやりたいことが、その頃の中国、今の中国もそうだが、なかなか実現できないんじゃないかと思った。そして日本に戻り、ずっと臨床の現場にいる。

 中国の医師に、日本の医療を勉強しに来てもらいたい。中国の患者さんに日本に来てもらって、より良い医療を受けてもらいたい。いま、今徳洲会でそんなことに取り組んでいる。


 (7)松崎百合子氏(58) 女性エンパワーメントセンター福岡代表

 1970年代に日本人男性がアジアに買春観光に行く問題が起き、80年ごろから移住女性やアジアの問題を追っている。移民問題はジェンダーの問題だ。現在、家事労働が外国人に解禁された。看護師など女性たちが担ってきた労働を補完するために(外国人を使うという)論議が続いている。

 80年代からフィリピンやタイなどアジアの女性たちが日本に出稼ぎに来て、風俗や飲食の労働に関わるようになった。そして国際結婚し、子どもができた。20年ほど前に日本人と国際結婚し、家庭内暴力に苦しむ女性と子どもを支援する民間シェルターを立ち上げた。

 2007年の調査では外国人は福岡県内の隅々に住んでいる。特に周辺部が多い。支援を受けられず、母国語で話せない暮らしは大きなストレスだ。家庭内暴力や病気などさまざまな問題を抱えている。センターは田川市や柳川市など県内10カ所で日本語教室を開いている。


 (8)佐藤由利子氏(59) 東京工業大准教授

 留学生や外国人を受け入れた社会の研究をしている。外国人を組織や社会に受け入れると、良いことと悪いことがある。多文化共創社会と呼ばれるが、良い点は強みを生かし、弱みを補い合えることだ。

 自分たちではできないことを、外国人が助けてくれるという例が、人口当たりの留学生の比率が日本一の大分県別府市にある。別府市の旅館に留学生が就職することで、中国語や英語などを用いて外国人旅行客のニーズに迅速に応えてくれている。旅館には「彼らがいてくれて助かる」と好評で、外国人旅行客も留学生も、みんなハッピーな関係が築ける。

 一方で、課題として日本人同士なら話さなくても分かることも、異文化の人々には通じないストレスもある。いわゆる「空気が読める」関係の人たちといる方が居心地はいい。異文化の人が入ってくると、説明が必要になるからだ。

 災害が発生したときは特に、同じ文化を持つ人間同士の結束が強くなり、同じ文化圏の人たちで固まる傾向が強くなる。文化にはそういう面もある。

 だが、慣れることや教育訓練を受け、多文化の人が一緒に働くことによる経済的、社会的価値を得ることによって「ちょっと大変だけど我慢してやろう」という機運が生まれる可能性もある。九州のいろんな都市でも、良い関係が築けるのではないかと思う。

 人口減少の中で、外国人とともに社会をつくるには市民、政治家、マスコミの力が必要と思う。


 (9)シェルスタ・ラム・クリシュナ氏(34) 福岡ネパール・ソサエティー元代表

 西日本新聞では日本語学校の現状など事実を報道してもらった。私もその「事実」の一人だ。元留学生で、日本で働く社会人だ。私の国ネパールは発展途上にあり、若者がどこで働けばいいのか。稼げる場所がない。それで欧州や日本に出掛けていく。

 2007年に大分市の日本語学校に留学した。全く分からない社会と習慣に戸惑った。来たばかりの頃は不安だった。日本のルール、特に時間の考え方は母国と大きく異なった。ごみ出しの方法も学んだが、なじめていなかった。先生たちにも迷惑を掛けたと思う。

 6カ月間の寮生活を終えると、自分でアパートを探さなければならなかった。誰が保証人になってくれるかは大きな問題だった。学校も担任も保証人になってくれることはなかった。今は分かっているが、当時は日本のシステムを分かっていなかった。日本の社会で留学生が苦労していることを知ってほしい。


 (10)古川幸太郎記者(37) 西日本新聞東京報道部

 ネパールで2週間取材した。日本語学校がビジネスどころか、一大産業化していたのに驚いた。教育省の担当者にも会ったが「日本語学校が何校あるのかも分からない」と言うほど乱立していた。

 首都カトマンズだけでなく、地方にも日本語学校があり、「こんな田舎にもあるのか」と驚いた。生徒の教育に熱心に取り組む良い日本語学校もあったが、中には全く日本語が話せない経営者や片言しか話せない教師がいるような学校もあった。留学生を送り出す環境とは言い難いところもあり、受け入れ国の日本が留学生を労働力として補う「調整弁」として扱っているひずみを感じた。

 ネパールを歩くと、元留学生がたくさんいた。「何で日本から帰ってきたのか」と聞いてみても、みんな答えてくれなかった。おそらく日本語学校で学んだ後、就職できなかったり、何らかの理由で帰国せざるを得なかった人たちだろう。

 中でも元留学生で強制的に送還された男性の言葉が忘れられない。彼は「日本を恨んでいない。僕も日本語学校をしようかな」と言ってくれたのだ。このままの日本でいいのか、瀬戸際を迎えていると思う。

 東京で企業を取材していて、移民問題に話を向けると、まず「移民ですか?」と聞かれる。移民と言う言葉にアレルギーを持っているようだ。労働者不足を補うためにアジアに学校をつくる企業もある。高度人材を含め、企業側にも受け入れ体制が整っているのか、東京でもしっかり見ていきたい。


 (11)戸田佑也氏(30) 未来を創る財団定住外国人政策研究会メンバー

 自治体の国際化プランの策定や留学生と地域の協働ボランティアの調整など、外国人受け入れ問題に10年ほど関わっている。昨年度は愛知、浜松、秋田、兵庫、新宿、長崎で地域意見交換会を開き、地域の人たちにとって外国人を受け入れることの課題などについてさまざまな意見を聞いた。

 解決しなければならないことは、大きく二つ。一つは政策として国の方針が決まっていないこと。「正面玄関」の鍵を閉めたまま、「勝手口」から労働者として留学生を受け入れている状態はいびつだ。いびつな政策を変える必要がある。

 法律を変えていこうと、地域から国に声を上げていくということが必要。ただし法的整備には時間がかかるので、今の課題を民間ベースでどう取り組むのか。これが解決すべき(もう一つの)課題だ。

 日本語学校も良しあしある。留学しようとしているネパール人にそのような情報が届いていない。いい企業やいい日本語学校の情報をしっかりと届けていくことも重要だ。


 (12)毛受敏浩氏(62) 日本国際交流センター執行理事

 人口は毎年25万人程度減っている。2030年代には820万人が減る。「九州」が消えるほどのインパクトだ。公立の小中高もこの10年で5千校消えた。子どもたちが徹底的に少なくなる時代だ。今後、農林水産業やサービス業などの現場に携わる日本の若者が、大きく増えることはあり得ない。どうしても、外国人に入ってもらい、定着して労働を担ってもらうような社会にせざるを得ない。

 移民はタブーなのか。2011年に「人口激減」という本を出した。移民が必要だということを書くと、「日本をないがしろにするのか」とネット上で攻撃を受けた。まだまだ移民に対する社会の雰囲気は硬い。

 今回の西日本新聞の連載「新 移民時代」は一つの突破口だ。移民問題を取り上げた40分ほどのテレビ番組に出演したが、初めは視聴者から賛否両論の意見があったが、そのうちにみんな移民政策に賛成してくれるようになった。しっかり説明すれば理解してもらえることが分かった。

 外国人が定住して、働き、税金や年金を納めてもらい、日本をわれわれと一緒につくっていく社会にしないと、このままでは先細りしていくだけだ。逆に日本の若い人たちが移民として出て行くことになる。全国的に運動を広げていきたい。

 ◆パネル討論(1)働く外国人 どう共生(敬称略)

 遠矢 人口減社会の中で、留学生や技能実習生という立場の外国人を労働力として使っている実情がある。週28時間以内という留学生の就労時間の制約をどう考えるか。

 岩切 いま、私たちの社会は留学生がいないとコンビニ弁当も食べられない。日本語学校で教えていた時、アルバイトの時間が長い学生が不真面目というわけでもなかった。今の状態を続けるならば、労働時間を延ばす方向でやっていけばいい。

 佐藤 留学生の就労制限は、韓国が週25時間、オーストラリアが2週40時間で、諸外国で比べると日本は長い。本来の留学生という立場を守るため週28時間以内にして、そうではない労働者の受け入れ窓口を開けるべきだ。外国人が“表玄関”から入る制度ができれば、留学生のアルバイトや技能実習生を労働力として使っているゆがみが一つ解消されると思う。

  週28時間以上働いていいと思う。留学生の立場で考えると、日本は物価が高く、生活費を稼がないといけない。家に仕送りしたいというのも当然のこと。だからといって、勉強しないというのは相関しない。たとえ28時間以内に制限しても、みんなが勉強するとも限らない。

 竹野 留学生のアルバイトと正社員でも考え方が違う。外国人が働くには就労ビザがいるが、(外食産業のフロアの仕事などでは)下りない。うちは、海外展開に必要だからと申請して何とかなったが…。日本の制度を変えないと難しい。

 永田 留学生は「成功するため」に日本に来ている。成功に至るプロセスとして勉強が必要なら勉強し、時給を稼ぐことが必要ならアルバイトをする。そういった現場で留学生が日本語を覚えることもある。アルバイト先が第二の教室になっている実態もある。

 ラム 留学生は、スキルがないと日本企業に就職できない。きちんとした教育をする日本語学校の留学生を増やしてもらい、アルバイト先でも日本語を話して上達しながら、数年がかりでスキルアップできるようにする。留学生を増やしたら、将来、就職して戦力になる。

 佐藤 日本語学校は教育行政の下になく、支援もないし、管理もない。いい日本語学校に補助金を出すなどの政策がないのが大きな問題だ。

 毛受 労働市場の観点から考えると、日本の若者が減る中で外国人に働いてもらわざるを得ない。留学生はあくまで勉学が目的で、その人たちに労働力を依存するというのはおかしい。本来は外国人が大手を振って働き、定住できるシステムが必要だ。

 松崎 ブラック労働やブラックバイトと言われるように、日本人でさえも低賃金で、人格や生活を奪われるような過酷な労働もある。外国人はもっと力が弱く、言語的なハンディもある。正規の労働者として受け入れるためには、労働者としての権利を考えないといけない。

 戸田 留学生の就労制限や技能実習生の実習期間を延長するというその場しのぎでなく、純粋にきちんとした制度をつくって受け入れる必要がある。経済界も市民も外国人も、それを求めていると現場から発信することが大切だ。

 ◆パネル討論(2)受け入れ 環境整備を(敬称略)

 遠矢 外国人に定住してもらう場合、さまざまな問題がある。

 松崎 日本に来た外国人には言葉、心、制度の「三つの壁」がある。多言語の相談窓口の設置と情報提供は必要だ。海外では多文化家族支援法など、さまざまな形の支援がされているが、日本では生活者の外国人が“見えない存在”にされ、何の支援もない。行政はきちんと目を向けて支援していくべきだ。

 副島 福岡市の相談窓口では市国際会館(旧レインボープラザ)がある。福祉の相談などは、後で行政の窓口につないだり、民間と連携したりして対応している。南区では、ごみ出しルールについて、英・中・韓に加え、ベトナムとネパール語のリーフレットや分別の看板を作ったことで苦情が半減した。また、外国人と地域住民との交流事業にも取り組んでいる。

 毛受 外国人が住んでいたら、オリエンテーションが必要。ドイツでは移民に対し、ドイツ語の学習600時間を施し、文化、法律、生活習慣について学ぶ時間も100時間ある。外国人に日本の仕組みをきちんと教えないといけない。(認知症の人や家族、住民らの交流を目的とし、政府が設置を推進する)認知症カフェにならい、各地に異文化交流カフェのようなものをつくったり、ボランティアを育成したりしていけば、何も恐れることはない。

  日本語学校でも文化や、健康保険のことなど、日本の制度を教えてほしい。

 ラム 家族で暮らしている。子どもが日本の学校に入ったが、日本語と勉強がまったく分からず大変だった。いじめもあった。今、日本語はうまくなったが、まだ差別はある。学校でも外国人の数は増えていく。国際交流の授業を入れた方がいい。

 吉開 日本語学校の遠足でネパール人とベトナム人を連れて福岡県の柳川市に観光に行った。柳川では駅員など、みんな「やさしい日本語」の教育を受けている。実際に、川下りの船頭さんが「どこから来ましたか」と彼らに聞いてくれて、「ネパールから来ました」と返す会話があった。こうした日常的な接触を広げ、日本語で通じる機会をつくることが大切だ。

 永田 「見えない文化」が難しい。日本語学校の寮ではよく小銭が落ちている。リュックサックに詰めて放置している子もいた。「一円を笑う者は一円に泣く」と言うが直らない。ある時、この子たちの国には紙幣しかないことに気づいた。教えなければならないのは硬貨の使い方だった。こういう異文化理解は、日本人側からもアプローチする必要がある。

 岩切 留学生は将来やって来る「移民」とのブリッジ人材(架け橋)になりうる貴重な存在。日本のルールを教えていくことが大切だ。

 永田 文化の理解には、日本人側も外国人側も大きな葛藤を乗り越えなければいけない。負担に感じる場合もあると思うが、乗り越えられるまで努力することが大事だ。私たちが海外に行っても同じだ。

 松崎 私たちは循環型の支援として、13言語でのホットラインを開設している。相談員は海外からの移住女性たちで、苦労を知っていて役立ちたいという人も多い。また、地域にも外国人と触れ合いたいという方は多い。地域住民と出会い、交流する場をつくっていくことが大切だろう。

 ⇒シンポジウム会場からも多様な意見

 ◆外国人の就労 外国人が日本で働くには在留資格が必要となる。その種類は(1)永住者や日本人の配偶者など日本人と同じように就く仕事に制限がないグループ(2)外交官や芸能人、医師、技能実習生など定められた範囲、職種で就労が認められるグループ-に大別される。留学生は原則就労できないが、入管難民法は、資格外活動の許可を得た場合、「週28時間」を限度に働くことを認めている。九州7県と熊本市は、現行の週28時間から週36時間への就労制限緩和を柱とした「外国人材の活用促進」国家戦略特区を内閣府に共同提案している。

=2017/06/27付 西日本新聞朝刊(特集面)=

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