葛藤の現場から~「知日派」はいま 有識者(下)国でなく、市民のため

世宗大の朴裕河教授。著書「帝国の慰安婦」など日本語版の出版も多い
世宗大の朴裕河教授。著書「帝国の慰安婦」など日本語版の出版も多い
写真を見る

 反発の強さは著者の想像を超えていた。世宗大の朴裕河(パク・ユハ)教授(58)はこの1年、自身の著書をめぐり激しい非難にさらされた。韓国で最も孤独な「知日派」である。

 著書とは2年前に出版された「帝国の慰安婦」。日韓対立が深まる慰安婦問題を帝国主義的な発想がもたらした「男性と国家による女性搾取」という視点でとらえ直し、和解の手がかりを探った労作だ。

 朴教授は元慰安婦の多様な「記憶」に光を当てた。慰安婦が日本兵と恋仲になったり、戦死者を慰霊したりしたことも書いた。政治的思惑を含んだ「性奴隷」「売春婦」という両極端の慰安婦像を壊すためだった。

 波紋が広がった。「元慰安婦を日本軍の協力者だと言うのか」。昨年6月、一部の元慰安婦と支援団体が猛抗議した。出版差し止めを求める仮処分を申請し、名誉毀損(きそん)容疑で朴教授を告訴した。

 「売国奴」「日本人になれ」。ネット世論も非難の言葉を浴びせた。恐怖心に襲われた朴教授は、帽子を目深にかぶって外出する日が続いたという。

    ◇    ◇    

 「書かれていることは事実だが、いまの韓国社会では受け入れられない。国民感情を刺激しても、日韓関係の役に立たない」。メディアや政治分野の「知日派」さえも朴教授に冷ややかな視線を注ぐ。

 しかし、そうした四面楚歌(そか)はむしろ、「知日派」ですら見過ごしてきた朴教授の問題意識を際立たせる。

 今年2月、仮処分の決定が出た。ソウル東部地裁は「元慰安婦の名誉を傷つけている」として著書のうち34カ所を削除するよう求めた。

 その一つに、慰安婦と日本兵が「基本的には同志的な関係だった」との表現がある。韓国で慰安婦は被害者、日本兵は加害者。「同志」と呼ぶのは侮辱にほかならない。

 だが朴教授は、この両者を「ともに国家に搾取された存在」とみる。植民地下で「日本人」だった慰安婦は「性」を、日本兵は「命」を国家にささげさせられた、と。

 日韓対立の図式では見えてこなかった「帝国主義」の本質の一つが鮮やかに浮かぶ。他者への支配欲は「国境」を越え、「庶民」の犠牲を生んだのだ。

    ◇    ◇    

 朴教授の専門は現代日本文学。通算11年の日本留学では夏目漱石などを研究した。留学時代、証言のため来日した元慰安婦らの通訳を務めたのがこの問題に関わるきっかけだった。

 ただ、次第に疑問が膨らんだ。元慰安婦の支援団体は日本を激しく糾弾し、それが国民の対日感情を悪化させていた。「国家の戦争を防ぐのは市民なのに、不信と警戒感の中にある。市民の敵対感情が平和を脅かす」。焦燥感が筆を握らせた。

 本の出版に当たり「反発は覚悟していた」と朴教授は語る。元慰安婦らが損害賠償を求めた民事訴訟は5月末に弁論が始まった。刑事告訴の処分も決まっていない。先はまだ長い。

 朴教授は何と闘っているのか。

 「戦争や暴力を招くのは国家主義であり、男性中心主義だ。すぐには理解してもらえないかもしれないが、私は市民の平和のために闘っている」

 20日、朴教授を支援する作家や学者らがソウルで討論会を開く。国家でなく個人として、歴史にどう向き合うかを考える場になるという。

=2015/06/19付 西日本新聞朝刊=

西日本新聞のイチオシ [PR]

西日本新聞のイチオシ [PR]