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性暴力の実相・第2部(5) 薬物療法と倫理の間で

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 「性暴力は病気。治療で止められる」

 5年前にNPO法人「性障害専門医療センター」(東京)を立ち上げた福井裕輝医師(46)は、抗男性ホルモン剤による治療に取り組む。
 
 診療の拠点は都内と大阪市内。それぞれオフィスビルの一室にある。ホームページ上などで所在は公表しておらず、看板のない部屋で、患者たちがひっそりと診察を受ける。

 錠剤を飲んで男性ホルモンの量を抑え、性欲を減退させる治療。もともとがん患者などに行っている治療を応用した。より強い効果を望む人には皮下注射も打つ。「本人の同意が前提。強制はしません」

 犯行に至る行動と思考パターンを省みさせる「認知行動療法」も施し、性衝動のコントロールを身に付けさせる。強姦(ごうかん)や痴漢、盗撮、のぞきと罪名を問わず、1カ月の受診者は二百数十人。治療には3~5年を要し、きちんと継続した人の再犯率は「ゼロ」という。

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 取り組みが少しずつ社会に浸透してきたのだろう。福井医師のもとには近年、全国から新しい患者が相次ぐ。今年10月にはJR博多駅近くに事務所を借り、九州の拠点として、福岡での診療準備を進めている。

 人気が高まっているように映るホルモン剤治療だが、実は、国内ではほとんど取り入れられていない。

 「実質的な去勢につながり、倫理上問題がある」。こんな意見が医学界に根強いためだ。

 2年前から性暴力の加害者を受け入れている「のぞえ総合心療病院」(福岡県久留米市)は「性依存症」「小児性愛」などと診断して薬物療法を行うが、ホルモン剤は投与していない。

 20年近く性被害者の治療も続けてきた堀川百合子副院長は「過去にいじめや性虐待といった傷を持つ加害者は多い。加害の要因は複合的であり、直接ホルモンにアプローチする手法になかなか踏み出せない」と打ち明ける。

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 「自分自身の力では抑えられない。薬でも何でもすがっていきたい」

 今春、わいせつ誘拐罪などで実刑を言い渡された20代の男は、判決後、拘置所で記者にこう打ち明けた。男は女児にわいせつな行為をし、カメラで裸を撮影していた。判決では、裁判長から「性犯罪はカウンセリングだけでは難しい面もある。薬物療法という手段もあるから、ぜひ立ち直って」と説諭を受けた。法曹界でも、この治療法の認知度は高まってきている。

 「生まれたことを呪ったこともある」「逮捕されてほっとした」…。記者が面会し、手紙のやりとりを重ねた性加害者の多くが、自分では抑えきれない性衝動に悩んでいるように見えた。実際に、記者に「ホルモン剤治療を受けていい」という加害者は複数いた。

 倫理と犯罪抑止。そのはざまで、性加害者とともに医師も揺れる。

 性犯罪者の情報公開 海外はGPS使用も

 性犯罪の再犯を防ぐ対策は各国で異なる。米国や韓国は出所した性犯罪者の住所などをインターネットで公開したり、衛星利用測位システム(GPS)で所在確認したりする監視制度を導入している。ただ、出所後さらに不利益を与える「二重処罰」や「人権侵害」との批判も根強い。

 法務省などによると、米国は「メーガン法」(ミーガン法)で、性犯罪出所者の氏名や、顔写真などをネットで公表。転居すれば警察から学校や自治組織に通告する制度を整えている。性衝動を抑えられない出所者には、本人の了解を得た上で性欲を抑制する薬物を投与する。一部の州は、再犯の恐れの強い対象者に電子足輪を強制着用させ、GPSで常時監視する。

 韓国も対象者の氏名をネットで公表。電子腕輪の制度もある。韓国やカナダでは、裁判所が出所者に薬物投与を命令できる。英国やフランス、カナダは、対象者に所在地の届け出を義務付けているが非公開としている。

 日本では子どもへの性犯罪の受刑者が出所する際、居住予定地などの情報を法務省が警察庁に提供。警察は所在確認するとともに対象者の面談も行う。今年3月の対象者は817人、所在が確認できているのは771人。日弁連刑事弁護センター事務局長の秋田真志弁護士(大阪)は「海外並みの監視制度には人権上の懸念があるが、公費による薬物治療や所在把握の仕組みをどう矯正に組み込むのか、総合的に検討すべき時期に来ている」と話している。

 ◆性加害者治療の費用 性暴力の薬物療法やカウンセリングは国の保険適用外。NPO法人「性障害専門医療センター」では抗男性ホルモン剤が月5000円、認知行動療法が同2万5000円程度。実施している病院は国内では限られている。海外では、欧米や韓国で既に普及している。

=2015/11/14付 西日本新聞朝刊=

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