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連鎖を断つ(1)13歳、飢餓寸前 母に切られた傷手首に

この春、里親の元を離れる愛さん。「小学生のころは、ずっとおなかがすいていた」と語る
この春、里親の元を離れる愛さん。「小学生のころは、ずっとおなかがすいていた」と語る
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ホームで食卓を囲む愛さん。「ここにもっと早く来たかった。山本夫妻にはどれだけ感謝しても、感謝しきれない思いです」
ホームで食卓を囲む愛さん。「ここにもっと早く来たかった。山本夫妻にはどれだけ感謝しても、感謝しきれない思いです」
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 この春、高校を卒業した愛(18)=仮名=が福岡県内の里親の家に来たのは中学1年の夏。身長128センチ、体重26キロ。小学校低学年ほどの大きさしかなかった。

 持参した服はいずれも6~7歳児のサイズで、多くに血痕が付いていた。

 「骨が浮き出るほど痩せているのに、おなかだけぷくっとふくれていた」と、里親の山本直子(58)=同=は振り返る。

 愛を診察した大学病院の医師は紙に0~10の数字を書き、「0が死、1がアフリカの飢餓状態の子ども。彼女は1に限りなく近い2だ」と説明し、深いため息をついた。「本当によく生きていましたね」

    ◇    ◇

 愛は九州北部で生まれ育った。幼いころから母と、母の交際相手の男、兄2人の5人でアパート暮らし。

 男はいつも子どもたちに暴力を振るい、一番の標的が愛だった。気にくわないことがあると馬乗りになって殴られ、木刀や椅子でたたかれた。

 この後遺症で愛は今も、怒鳴り声や大きな物音を聞くと過呼吸を起こすことがある。

 家で満足にご飯を食べた記憶はなく「給食だけで生き延びた」。空腹を満たすため万引を繰り返し、小学生のころから警察に何度も補導された。

 愛の左手首に3センチほどの傷がある。母に裁ちばさみで切られたときの傷だ。

 2010年6月。きっかけはたわいもない口論だった。突然、興奮した母ははさみで愛の髪を切り刻んだ後、左手首を切った。さらに頸(けい)動脈にはさみを当て、「あんた、ここ切ったら死ぬんばい」とすごんだ。

 下の兄が母からはさみを取り上げ、「逃げろ」と怒鳴った。愛は夢中で外に飛び出し、血だらけで夜の住宅街をさまよい歩いた。

 コンビニの明かりが見えたので飛び込み、店員に助けを求めた。何時間も逃げたつもりだったが、家から歩いて数分の距離だった。

 愛は児童相談所に保護され、山本夫妻の元に。母は愛への殺人未遂容疑で逮捕された、と聞いた。

 「あのとき兄が助けてくれなければ、私は死んでいた」。今もうっすらと残る左手首の傷痕を見つめ、愛はつぶやく。

    ◇    ◇

 里親と出会い「居場所」

 今月中旬の夕暮れ。ダイニングルームの大きな食卓でニラの卵とじや肉野菜炒め、みそ汁、白いご飯が湯気を立てる。

 「おかん、明日は朝から出かけるけん」「お母さん、僕この野菜いらん」。小学4年の男児から高校を今春卒業した愛(18)=仮名=まで、中高生を中心に男女8人の子どもと里親である山本直子夫妻=仮名=とのおしゃべりが飛び交う。

 5年半前、母に手首を切られ児童相談所に保護された愛は、夫妻が福岡県内で運営する「ファミリーホーム」で暮らしてきた。

 来た当初、愛の異常な食欲に直子は驚かされた。体は小さいが、毎食ご飯をどんぶりで3杯、おかずも2人前を平らげた。「食べる物がない生活をしてきたから、あるときに食べようという強迫観念があったようだ」と振り返る。

 食事中、愛は常に周囲をうかがうような目をした。幼い頃、母の交際相手から「食べるのが遅い」と木刀でたたかれたり、ビールが入ったコップを投げつけられたりしてきたからだ。「何時間かかってもいいけん、安心して食べり」。直子は愛の背中をさすった。

 主治医から「やっと飢餓状態を脱した」と告げられたのは高校に入学したころ。ただ、「親元に帰せば、すぐ逆戻りする」とくぎを刺された。5年半で、愛の身長は18センチ伸び、体重も20キロほど増えた。

    ◇    ◇

 母は逮捕後、執行猶予付きの有罪判決を受けた。愛との接見を禁止されていたが、クリスマスや誕生日には手紙や贈り物を届けた。高2の秋、母から電話がかかってきた。

 「保護観察が終わったけ、一緒に住もう。帰ってきて」

 ホームに来てからも、愛は直子たちに母のことを決して悪く言わなかった。

 お母さんは変わったのかも。もうひどいことはしないはず…。違う。交際相手の男が自分を働かせようと思ってるんじゃないか。ここを出てしまえば、もう戻れないんじゃないか…。

 母を信じたい気持ちと不安で心が揺れた。決心させたのは直子の一言だった。

 「お母さんのところに帰ってもいいんよ。それで無理やったら、戻っといで」。私には戻れる場所がある、ここにいる大人は信用できる。ここが自分の居場所だ-。そう、初めて感じる自分がいた。

 結局、母の元へは戻らなかった。直子によると、この頃から愛の状態は目に見えて落ち着いたという。

 今月初旬、高校の卒業式から帰宅した愛は、直子たちに深々と頭を下げた。「ここに来て初めて家庭というものを実感できた。山本のお父さんもお母さんも、私たちのことを一番に考えてくれた。ありがとう」

    ◇    ◇

 愛は4月から食品メーカーに就職する。児童福祉法に基づく保護措置が解除され、ホームを巣立って1人暮らしを始める。

 愛は、子どもは欲しくないと思っていた。「(母と)同じように虐待しそう」と不安だったから。でも、今は違う。「普通の家庭を築きたい。子どもが帰ってきたら『お帰り』と言ってあげたい」

 この冬、母から再び帰宅を促す電話があった。「私を見捨てないで」。愛が「交際相手と別れるなら考える」と言うと、母は言葉を濁した。愛はきっぱりと言った。

 「お母さんは自分の道を歩んで。私は私の道を行くけ」

 初任給で山本夫妻にプレゼントを買う-。愛はそう決めている。

    ‡    ‡

 冬を越えて芽吹く春。貧困や虐待の連鎖を断とうとする若者たちの姿を追った。

    ◇    ◇

 4月24日こども食堂サミット

 「こども食堂サミットin九州」(西日本新聞主催)は4月24日午後1時から、福岡市中央区天神1の4の2、エルガーラホールで。定員200人、参加費は500円(資料代)。

 申し込みは4月8日必着で(1)郵便番号・住所(2)氏名(3)電話番号を明記し、西日本新聞社企画推進部「こども食堂サミット係」へ。子ども食堂の開設予定があれば記入してください。

 はがき=〒810‐8721(住所不要)、ファクス=092(731)5210、メール=kodomo@nishinippon-event.co.jp

 問い合わせは「サミット係」=092(711)5490(平日のみ)

=2016/03/30付 西日本新聞朝刊=

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