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山笠ニュース

【連載】赤手拭(てのごい)動く 博多祇園山笠<3>後継者 町の期待背負う

2009年06月23日 18:09
町内の総会を終え、東流の役員に酒を注ぐ池田耕治さん(左)
町内の総会を終え、東流の役員に酒を注ぐ池田耕治さん(左)
 「この町に住んでくれることをうれしく思います。皆で家族を温かく見守りたい」。2007年秋の結婚を機に、実家のある古賀市から福岡市博多区御供所町に移り住んだ池田耕治(30)。結婚式にずらりと顔をそろえた同町の東流の一人から祝辞が贈られた。池田は「地域のために貢献します」と謝辞を返した。住み慣れた土地を離れた決断が報われた気がした。

 専門学校生時代、東流の同町出身者と友人となり、博多部をよく訪れた。山笠談義に熱くなる友人たち。古賀市の設備会社に就職後、22歳の時、初めて山笠を舁(か)いた。「一体感に血が燃えたたぎった」。「山のぼせ」になるまで時間はかからなかった。祭りの熱を冷ましたくないと期間中、友人宅の庭にテントを立て、家に帰らなかった。

 何にも増して心引かれたのは濃密な人間関係。舁き山笠の夜警をしていると、町の人が声をかけてくれる。出るにつれて、実家の話、山笠への思いが自然と話せるようになった。都会でも人の和が自然に生まれた。

 古賀市は福岡市のドーナツ化現象もあり、新興住宅街や大型マンションが一気に立ち並んだ。幼いころに遊んだ空き地にマンションが建ち、大型商業施設もできた。お使いに行った豆腐屋があった商店街はさびれた。「近所を歩いても、あいさつを交わすことが減った」と池田。古賀市市民共働課も「地域のつながりが希薄になっている」と課題に挙げる点だ。

 定住人口が伸び悩む御供所町は池田を温かく受け入れた。所属する御供所3区の赤手拭は地元出身者だけが担ってきた。だが東流全体では、次代の赤手拭となる若手約350人のうち約8割は町外の出身。しきたりの踏襲は難しくなっている。

 それだけに、池田への期待は大きい。東流総務の名越正志(62)も熱い視線を送る。「明るい性格で祭り向き。いずれ赤手拭として町に貢献してほしい」と町、そして流の未来への希望を託す。 (敬称略)


 ▼流 舁(か)き山笠を運営する、十数カ町で構成される組織で、旧町名のところもある。現在は東、中洲、西、千代、恵比須、土居、大黒の七流。1587年に豊臣秀吉が命じた博多の復興計画「博多町割り」に由来する自治組織が起源。中洲と千代は戦後生まれた。


=2009/06/23付 西日本新聞朝刊=

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