年男ソフトB内川、2000本へM25 「一番かっこいい」過去4人だけの決め方で

相棒のバットを手に新年の抱負を語る内川
相棒のバットを手に新年の抱負を語る内川
写真を見る

 いぬ年生まれの年男、ソフトバンクの内川聖一内野手(35)が通算2000安打まで残り25と迫っている。新年を迎え、目前に迫った大台到達の瞬間をこう思い描いている。

 「一番かっこいいのはホームラン。僕はそういうタイプの打者ではないけど、その瞬間を少しだけは自分のものにしたいかな」

 プロ初安打は2年目、横浜時代の2002年4月24日の中日戦で放った右前打だった。そこから17年までに積み上げたのは1975安打、そのうち176本が本塁打だ。2000安打はアーチで決める-。希代のヒットメーカーが思い描くシナリオを実現した選手は過去に4人いる。

 内川が横浜に在籍していた04年のヘッド兼打撃コーチで1980年に達成した松原誠。現役最終年の87年にソフトバンクの前身である南海に移籍して達成した加藤英司。内川と同じく右打者最長の7年連続でシーズン打率3割をマークした落合博満は巨人時代の95年に達成した。そして、2009年に内川と首位打者を争ったラミレスは、外国人選手として初めてDeNA時代の13年に達成。内川とはそれぞれ不思議な縁でつながっている。

 昨年12月、名球会入りが目前に迫っていることを再認識した。チームの優勝旅行で訪れたハワイの飲食店で、王貞治球団会長や13年WBC日本代表監督の山本浩二氏ら、名球会の大御所と遭遇した。同じ大分県出身の野村謙二郎氏には「来年はこっち側だな」と“仲間入り”へハッパを掛けられた。「こういう雰囲気の中に入っていくのかと実感した」。大先輩と言葉を交わしながらしみじみとした思いがこみ上げてきた。

 もっとも、チームの主将としては「個人的な記録は早く終わらせたい。本当は去年決めないといけなかったから」というのが偽らざる本音だ。大台まで残り104安打として迎えた17年は、開幕から5月までの51試合で64安打とハイペースで快音を量産。ところが6月に首を痛め離脱。復帰後の7月には守備中に左手親指を骨折し、約2カ月間の離脱を余儀なくされた。

 戦列に戻ったのはリーグ優勝決定後。4戦連発でMVPを獲得したクライマックスシリーズ(CS)ファイナルステージも、優勝を決めた第6戦で9回1死から起死回生の同点弾を放った日本シリーズも「みんなが用意してくれた舞台」と話す。18年こそグラウンドに立ち続け、チームに恩返しをする。だからこそ2000安打達成の瞬間だけは-。8月で36歳。年男のバットマンが自らの祝砲で、連続日本一を目指すチームを勢いづける。

=2018/1/1 西日本スポーツ=

今日の西スポ紙面はこちら 西スポプラス

西日本新聞のイチオシ [PR]

ソフトバンクホークス選手の写真販売中!

西日本新聞のイチオシ [PR]