<1>脱・会社―自己見つめ人生模索

 ●芸の世界追求

 あっ、さて、さて、さては南京玉すだれ…。伸びやかな口上で、 玉すだれを巧みに操る松花堂希楽さん(40)=福岡市東区=は「 リストラ芸人」を自称している。プロになって二年一カ月。「今も 営業なんかでネクタイするでしょ。なぜか落ちつくんですね、これ が。変な芸人ですよねぇ」。ちゃめっ気あふれる語り口には、板に ついてきた芸人気風が漂う。
 福岡市内のレストランで働いていたが、一九九九年の会社清算に 伴い解雇された。当時、幼稚園と小学生の子どもが二人。再就職と いう選択肢もあったが、趣味で続けていた南京玉すだれで生きる道 を選んだ。
 商店街のイベントや祭りに呼ばれることが続き「半ば副業と化し ていた」玉すだれ。とはいえ、収入激減は確実だ。「自分が本当に したいことは何か?」。自問を繰り返した末、「すだれをしている 自分が一番いきいきしている」ことに改めて気づき、思い切った。
 二カ月ほどは不安が募った。「だれも指示してくれないから、全 部自分で考えるしかない。拘束されない不安があると初めて知った 」。しかし「お客さまが笑って感動してくれる喜び。奥深い芸の世 界を追求する充実感」がそんな心の影をやがて一掃してくれた。
 猛反対した妻は「今も『いつ再就職するの』が口癖です」。年収 はサラリーマン時代の半分以下。「超低空飛行で、今にも海に突っ 込みそう、てな感じですよ」。だが、芸人生活には「生活苦も女房 のツノも忘れさせる」何かがあると語る。

 ●リストラ万歳

 福岡市の川添明さん(53)=仮名=は昨秋、約三十年間勤めた 会社を辞めた。「家のことはすべて妻にまかせて」仕事一筋で走り 続けた企業戦士。取締役まで突き進んだが、待っていたのはリスト ラの渦だった。
 長く共に働いた部下が相次いで人員整理で社を去り、「役員とし てのけじめをつけるべきだ」と考えた。穏やかな“肩たたき”もあ った。「遠回しにそんな話が出てきてですね。ならば、会社から言 われる前に自分が態度を明らかにすべきでしょう」。言葉の端々に 組織の重責を担った者の自負と気概がのぞく。
 同じ時期、高校生の息子が不登校になったショックも重なった。 十七歳少年によるバスジャック事件の余韻がまだ残る時期。「子ど も一人育てられんで、何が会社か」という思いが募り、退職に踏み 切った。  不登校の子どもとどう向き合えばいいのか―。アドバイスを求め て歩き回り、教育文化研究所が主催するミーティング形式の「お父 さん研究会」と出合った。
 初めて参加したときのテーマは「そのまま見る」。まず感じたの は落胆。「何だこりゃ? 助けを求めて来てるのに、不登校の『不 』の字も出ない。こりゃだめだな」と。しかし「見る」という簡単 な行為にも、さまざまな意見や感じ方があることが面白く会話に熱 中していった。「多角的な見方ができるようなるとともに、自分が 見えてきたんです」。以来、研究会の常連になった。
 「昔は『力』がすべてと思って家庭を顧みず頑張ってきた。仕事 で力をつけて上に行く。ぼくに力があれば、家族は幸せになるって ね。でもそうじゃないと会社を離れて分かった。価値観が大きく変 われば、リストラ万歳ですよ」
 ほとんど会話がなかった息子とよく話すようになった。「彼がと いうより、ぼくが変わったからじゃないかな」と語る。この春、息 子は復学。「ぼくもまた働くつもりです。でも今度は『家族のため 』じゃない。『自分のため』ですね」
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 組織の外に立ったときの“ありのままの自分”を直視してみる。 サラリーマンにも、そんな「脱・会社」の思考は可能だし、そこか ら新たな生き方や価値観が生まれてくるかもしれない。  川添さんのように、子どもが「お父さんの変身」を後押しするこ ともある。来週は子どもの不登校を機に、生き方を見直し始めたお 父さんたちに登場していただこう。

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