第10期女流王位戦

 女流棋界の最高峰を争う第十期女流王位戦五番勝負が二十一日に開幕する。前期で通算五期を達成し、”クイーン王位”の称号を得た女流最強者の清水市代女流王位。対する碓井涼子女流二段はプロ五年目の新鋭ながら、二度のタイトル戦経験をもつ実力者。居飛車党同士で厳しい攻め合いが予想される。今期から持ち時間が三時間から四時間に増え、内容的にもより充実した戦いが期待される。開幕前に勝負の展開を占い、抱負を語ってもらった。

碓井涼子女流二段

碓井涼子女流二段
気負わず集中して指す

 リーグ戦の途中では自信がなかったのですが、中井広恵さんとのかなり不利な将棋を逆転勝ちしたのが大きかったと思います。挑戦できてうれしい。清水さんとのタイトル戦は一年ぶりですが、特に終盤が強いと思いました。同じ居飛車党ですが、あちらはだいぶバージョン・アップしています。五番勝負は相掛かり戦中心になりそうですが、相手もあることなので―。
 初の四時間の持ち時間も楽しみです。とにかく集中して指せればと思っています。でも気負ったりするのは好きじゃないんです。かえって緊張しちゃうから。

清水市代女流王位

清水市代女流王位
体調整え若手を迎撃!

 碓井さんとは一年ぶりのタイトル戦です。若い人と指すのは大変刺激があり、楽しみな半面、未知数の力に緊張もします。碓井さんの将棋は前進する将棋ですが、このところ受けのうまさも見受けられます。今までは相掛かり戦が多かったのですが、今回はどうなりますか。初の四時間制も、今からワクワクしています。持ち時間を目いっぱい使わせていただきます。女流王位戦は各地に行けるので、女流将棋をアピールできる大きなチャンス。そのためにも、体調を整え、内容の充実した将棋をお見せしたいと思っています。



激しい攻め合い必至

  ◇今年こそタイトル奪取

 リーグ戦紅組は女流王将二期の実績を持つ斎田晴子三段が実力を存分に発揮して五連勝で文句なしの優勝。白組はもつれて、中井広恵五段、碓井涼子二段、高群佐知子二段が四勝一敗の同率で並んだ。プレーオフの末、碓井がリーグ優勝。碓井は本戦とプレーオフで実力者の中井を二度破った。女流棋界の若手台頭の流れがこのあたりにも見えている。
 斎田と碓井による挑戦者決定戦は八月三十一日に行われ、接戦の末に碓井が挑戦権を獲得した。
 前女流王位の矢内理絵子三段、今期初タイトルを手にした石橋幸緒女流王将と並び、碓井は若手三強の一人。昨年は倉敷藤花戦と女流名人位戦で連続挑戦を果たし、すでに実力は自他ともに認めるところだ。
 この二、三年でタイトル戦は最強者の清水市代女流王位に若手三強が挑むという構図が確立されつつある。しかも一昨年は矢内が女流王位奪取、今期は石橋が女流王将奪取と、四冠全制覇を誇った清水が少しずつ脅かされはじめている。今期の一番の見どころは、矢内と石橋に先を越された碓井が清水にどこまで迫り、あるいは初タイトル奪取までこぎつけることができるかどうか。
 「(若手三強のうちで)残ったのは私だけ。いただけるものなら、いただきたいですね」
 と碓井もタイトル奪取に意欲十分。清水の厚い壁を突破することに加え、タイトル経験者の矢内と石橋に強烈なライバル意識を燃やす。

  ◇第一人者の自負

 若手の急追の中、清水も当然危機意識はある。若手の成長は女流棋界全体のパワー・アップにつながり、リーダーの清水としてはうれしくないわけがない。しかし第一人者の座は、まだ譲れないという思いは強い。
 現在、女流プロ棋士は三十九人。女流王位、女流名人、女流王将、倉敷藤花の四大タイトル戦に、ノンタイトル戦のレディース・オープントーナメント、鹿島杯女流将棋トーナメントを加えた六棋戦でしのぎを削っている。六人で女流名人位戦を始めた二十五年前とは隔世の感があるが、ともあれ女流棋界の歴史の半分を第一人者として戦い続けてきたのが清水のすごさだ。現役棋士でタイトルを経験しているのは二十五年間でわずかに七人。タイトルを取るのがいかに至難かがわかる。
 清水が次々とライバルを倒し、タイトルを取り続けてきた経緯は、ある意味では孤独との戦いでもあったろう。そうやって女流棋界を盛り上げてきた自負が、今のステータスとなっている。今期、愛弟子の石橋に女流王将をとられたとはいえ、依然三冠王。これ以上タイトルを失うのは身を切られるよりつらいはず。

◇最終局突入か

 清水と碓井は居飛車党で強烈な攻め将棋。棋風は似ている。とはいえ、あくまでも攻め続ける碓井に対し、清水は緩急を織り交ぜるテクニックを身につけている。ふところの深さであり、経験の差だろう。
 その点碓井も自覚しており、「目についた直接手をすぐに指してしまうのはよくない。じっくりとした将棋を身につけたいと思っています」と語る。清水も碓井の戦い方を「最近は受けの好手も見受けられ、違った将棋になってきたようです」と評価する。
 過去二度の両者のタイトル戦は、いずれも碓井が一勝をあげただけで清水にタイトル防衛を許している。しかしその経験が碓井の将棋を徐々に変えることになったのだろう。
 矢内が二度目の挑戦でタイトルを取ったように、今年の碓井は昨年より成長していると見たい。となれば一進一退の展開が予想され、最終局までもつれこむ可能性は十分にある。
 戦型は両者ともに得意とする相掛かりの急戦調が中心になろう。二人の棋風では、矢倉戦や振飛車戦は考えにくい。ただ、今期王位戦で羽生善治王位と谷川浩司棋聖が見せた横歩取り戦は一、二局見られるかもしれない。最新流行の戦法であり、トップクラスで戦う両者が羽生や谷川の将棋を日ごろ研究していないわけがないからだ。

◇四時間制で内容充実

 今期の注目点は、女流棋戦で初めて持ち時間が三時間から四時間に延長されたことだ。男女を問わず、現代将棋は急戦調優位で、短手数になる傾向にある。急戦将棋は一手のミスが勝敗に直結するから、逆に序盤から持ち時間を投入しなければならない。その分終盤で時間切迫ゆえの失着が出やすい。
 四時間になり、ミスが出る確率は格段に減り、内容の一層の充実につながるはず。女流の将棋はそこまでレベルが高くなってきた。
 「時間短縮の傾向の中、一時間の延長は棋士としてありがたいことです」
と清水。自分たちの将棋が内容的にも認められてきたと喜ぶ。
 碓井も四時間制を初めて指すことについて「くたびれるかな」と冗談を言いつつも「楽しみです」と期待する。
 経験の少ない四時間の持ち時間をいかに有効に使うかが、今期の勝敗の分かれ目になりそうだ。
 一方で現在の両者の調子は、清水が例年より黒星が多く、ここまで六勝四敗。そのうち三敗は女流王将戦で石橋に敗れたものだ。本人も言う通りに好調とはいえない。レディース・オープンでも今回は一回戦で敗退という波乱があった。  ただし経験豊富でタイトル戦になると力を出すタイプ。かつての大山康晴名人、中原誠永世十段名人、羽生善治四冠はみなこのタイプで、清水も第一人者の条件は備えている。通算成績二六九勝八五敗、勝率○・七六○は、女流棋士中文句なしの第一位。多少の好不調に揺れない強さを持っている。
 碓井は今期十勝四敗で、こちらは好調。挑戦権獲得の勢いをそのまま五番勝負に持ち込めれば、好勝負は必至だ。  清水が最強者の力を今期も誇示するか、碓井が若手代表の地位を獲得するか。今期女流王位戦は二人の激しい棋風と相まって、強烈な印象を残しそうだ。


ヤスオカさんの将棋
藤原智美  

  将棋というとまず浮かぶのが、浴衣の袖(そで)をまくり将棋盤をにらみつけているヤスオカさんの姿だ。子どものころ、近所に住んでいたちょっと怖いオジさんで、たしか仕事は大工ではなかったかと思う。路地に縁台を出してきては、だれかをつかまえて指していた。子どもたちに優しく教えるなどということはなかった。いつも眉(み)間に皺(しわ)をよせて唸(うな)っていた気がする。
 腕前がどの程度だったのかはわからない。はっきり覚えているのは二の腕からのぞいた青い入れ墨だ。負けそうになってそれで相手を威圧していたのかもしれない。
 同じころテレビで放映した「王将」という映画もやけに印象に残っている。男臭くて、どちらかというと将棋より喧嘩(けんか)が強そうな坂田三吉が、血を吐くような努力で棋界のエリート、関根を破るのが圧巻だった。
 新国劇で好評を博した「王将」は、なんども映画になっている。はたしてそのどれを見たのかはっきりしない。阪東妻三郎版か辰巳柳太郎版か、あるいは若き日の三国連太郎版だったのか。
 もしかするとぼくの脳裏に残っているヤスオカさんは、映画のなかの坂田三吉とダブっていて、実像とはだいぶ違っているのかもしれない。ともかくぼくにとって将棋とは、ヤスオカさんと坂田三吉のイメージが複合した、ちょっと怖い勝負事という印象が強かった。
 ぼくは小さいころからほとんど将棋盤に向かうことがなかった。で、将棋はとてつもなく弱い。かろうじてルールは知っているという程度で、だれかに勝ったという覚えがまるでないのだ。将棋に楽しめなかったのもヤスオカさんのイメージがあまりに強かったせいかもしれない。
 いま将棋は知的ゲームの一つとして人気が高い。坂田三吉はもはや遠い過去となった。コンピューターゲームやテレビゲームで腕を磨く子どももたくさんいそうだ。それになにより若い女性棋士がスターになっていて、そのうち一番強い棋士は女性という日がくるかもしれない。そういう時代に生まれていれば、ぼくも少しは熱心に将棋をやったかもしれない。なにしろ子どものころ、将棋をやる女の子なんていなかったのだから。
 清水市代さんや碓井涼子さんの美しい写真を前に、ぼくはいまヤスオカさんをちょっと恨んでいる。
(ふじわら・ともみ=作家)