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![]() 日本に来る前に、「マスク」は冬の保温用品の一つと思い込んでいた。冬になると、外は寒いから、大人たちはほとんど大きな、顔を被られるぐらい大きな「マスク」を付けて、出かける。その品は、市販のもあるし、より顔を暖かくするためならば、自宅で作るも多いだが、色はほとんど一色の白。ちなみに、中国語の「マスク」は「口日本では「マスク」と言えば、「風邪を防ぐため」「ばい菌を防ぐ」ぐらいに過ぎない。風邪を引いたら「マスク」を付け、人に移らないようにと、風邪が流行っている時、「マスク」を付け、移されないようにと。また「花粉を防ぐ」ためなども「マスク」をつける。要するに「マスク」は「病気を防ぐ」ために付けているんだ。大きさも中国のよりはるかに「小さめ」、と言うのは「保温用品」としてではなく、「病気を防ぐ」ためなら、口ぐらいの大きさで十分だからである。 たった一枚の「マスク」で、日中両国で果たして役割も随分違う、やはり文化や習慣など違うからだと、さらに実感した。
中国に旅行に行くと、旅行者の方が必ず「水に気をつけてください」、「水道の水は絶対飲まないで」と言う。「一体どうして?」と疑問を持つ旅行者だが、答えはすごく単純で、中国の水道水は「生水」だから。 中国語の「生」は日本と同様に「なま」の意味を持っているが、「生水」って「生の水」「殺菌してない水」である、だからそのまま飲んではいけない。 中国はもともと水道の水を飲む習慣がないが、水なら必ず沸かして、沸騰させて、「開水」(沸騰した)になってから、さらに一番好い「開水」は3―4分沸騰しつつのお湯で、5分をすぐるとかえて体によくない物質が出てくるからだと、こだわる中国の「開水」である。 人の口を合うために、「開水」はいろんな「×開水」に変身していく、夏なら冷たい水が欲しくなるから、「開水」を冷やして、「涼開水」になり、ぬるま湯が欲しいときは、「開水」をちょっと冷まし、「温開水」になる。中国語はやはり「開水」(沸騰した水)を強調しているか、とにから飲む水が必ずなんとか「開水」をつく訳である。
「圧歳銭」は「お年玉」の中国版である日本ではお正月の時、子供にお年玉をやる習慣がある。中国も昔から子供にお年玉をやるの習慣はあった。 日本では昔が一年の境に霊の更新を図るため、霊をかたどった餅を貰うことだったが。現在では新年の祝いとして、お金を与えることになったそうである。 中国はお年玉が「圧歳銭」と言うが、「圧歳銭」の「歳」は年の意味で、「圧」は押さえるで、「圧歳」は新年を無事で、魔除けの為の意味である。要するに子供に「圧歳銭」をやるのは、新年を無事になるよう、無事に育つようの願い金だった。しかし、いつかに日中同様でお年玉「圧歳銭」は子供のお小遣いになってしまった。 ちなみに、中国大都会の「圧歳銭」の相場は毎年上がりつつ、2000年には「100元」から「500元」の間で、二十一世紀になると、どうなるかなあ?子供にとっては「とても好い事だ!」が、親たち、おじいちゃん、おばあちゃんにとっては「痛い出費だ!!」
子供の時、親は「お箸はご飯の上には挿しではいけないよ」とよく教えられた。それは日本はどうか、よく分からないが、多分行けないと思う。ただ、理由が一緒かなあ?取りあえず、中国では「お箸はご飯の上には挿しではいけない」の理由を教えます。 中国は遠い昔から、食べ物で先祖を祀る習慣がある。先祖を祀る時、先祖(死んだ人)と生きている人を区別するため、また死んだ人の「魂」があるだけで、肉体が存在しないから、自由にお箸を使えないことを考慮して、先祖を祀る食べ物の上にお箸をたてにして挿します。 生きている人の日常生活では、お箸はご飯の上には挿しではいけないし、とても禁じられている訳である。
中国では、昔から「生在蘇州」「穿在杭州」「食在広州」「死在柳州」という言うかたがある。これが最高の人生だと言われている。それは何故だろう。
「蘇州」と言えば、景色の「綺麗さ」である。蘇州の庭園は中国を始め、日本でも、世界のどこでもたいへん有名で、世界の各国の人々は中国に訪れるなら、まず蘇州を見てみたいだろうと思う。だから、生まれるなら、生活なら蘇州が一番だ。
中国に訪れた方や、中国関係の雑誌や写真集などを読まれる方は、「福」の字を逆さまにして、飾られていることを気づいたと思うが、それはどうしてか分かる。実は「逆さま」という言葉、中国では「倒」と書くが、その「倒」は「到着」の「到」とまったく同じ発音で、意味も「来る」、「到着」、「着く」のだから。ようするに、「福」を逆さまに飾るのは間違って逆さまに飾ったのはではなく、「福倒了」(福到了)(福が到着、福が来るように)の強い願い事だ。
数字の好みといえば、日本では「ご縁」の響きから 中国でも似たようなことがある。
まず、偶数と奇数の例ではあるが、「夫妻成双成対」(夫婦お二人のような対になるのは最高)、「双喜臨門」(二つの喜びが訪れてくる)に見られるように、「偶数」が特に好まれている。例えば、新婚のご報告としてみんなに「キャンディ」を配る慣習がある。お二人のアマーイ新生活を喩えるこの「喜びのアメ」は、絶対「8個」か「10個」の偶数でなければならない。但し、
私の故郷上海では、「七」は「食べる」、
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