永田記者の読書歴 |
「経世会 死闘の七十日」(大家清二・講談社) 三年ほど前に一度読んでいたが、このほどまた読み返し始めたら止まらず、ほぼ徹夜で読了。旧竹下派(経世会)が金丸信の脱税事件をきっかけに、小沢・羽田グループと小渕・梶山・橋本グループに分裂するまでを描いたドキュメント。筆者は仮名を使っているものの、通信社の経世会番記者。金丸信が強制捜査目前、自宅にろう城状態になったとき、取りまく報道陣を尻目に三人の金丸番記者が堂々と金丸宅に入り、金丸の麻雀の相手をして大ひんしゅくを買った。筆者は(おそらく)その一人。このエピソードが物語るように、報道人の守るべき一線も無視して取材対象に食い込んだ政治記者だけあって、描かれた権力闘争の内情は記者による記録というよりインサイダーのそれに近い。改革派だの守旧派だの理屈はいろいろついているが、結局はただの派閥の「跡目争い」にすぎないことがこの記録を読むとよく理解できる。現在「自自公」だのやっている連中の本質がわかる。ただ著者が前述のスタンスに立っているため、面白いのだが他人にはお勧めしない。
「三四郎」「それから」「門」(夏目漱石・文庫) 一年に一回ほど、突然「古典欲」が沸き起こることがある。その勢いで三冊「一気読み」した。こういう時は一時的に語彙が豊富になり、原稿書きが楽になるような気がするから不思議。つくづく思うのは、漱石の文章はわかりやすいなあ、ということ。いわゆる漱石の「前期三部作」だが、後期三部作にとりかかるかどうか、今は思案中。
「大落選」(佐藤洋二郎/河出書房新社)、 「幸福御礼」(林真理子/朝日新聞社) 選挙を描いた小説、というテーマで続けて2冊読んだ。2冊とも今イチ。選挙というのは、陰謀有り感情のもつれあり、金の動きあり犯罪(選挙 違反)あり、さらにラストの勝敗(当選・落選)がはっきりしている、という構造もあって、小説のテーマにしやすいのではないか、と思うのだ が、日本の選挙小説は数も少ないし、中身もたいしたことない。おそらく政治家のとらえ方がステロタイプだからか。このジャンルでは(というほ ど数もないだが)、小嵐九八郎「おらホの選挙」が結構いい。確か文庫が出てるはずです。ドキュメントでは沢木耕太郎が東京都知事選(ずいぶん 昔の、石原慎太郎が落ちたとき)を書いたものが上々。「馬車は走る」に収録されている。それにしても林真理子の書く男女って、どいつもこいつ もくだらないやつばっかりだなあ。
「寝ずの番」(中島らも/講談社) じつは中島らもも全部読んでいる(「明るい悩み相談室」全巻含め)。全部読んでる、というのは、文学青年的には自慢の種なのだが、全く自慢 にならないどころか、ちょっと恥ずかしい気もする。これは迷ったすえ読んでしまった。読まなければよかった。
「岸和田少年愚連隊・望郷編」(中場利一/本の雑誌社) 落語家など芸人を評するときに「フラがある」という言葉がある。持って生まれたおかしみ、というような意味らしい。文章にも明らかにそれが ある人がいて、本当にうらやましい。東海林さだおさんなんかが代表格か。この本の作者も、さほど文章修行をしたとも思えないのだが、何とも言 えない味がある。ただしこの本は「岸和田少年愚連隊」「同・血煙り純情編」に続く第3部で、中身的には1部、2部の蛇足に近い。1部はお勧 め。映画(ナインティナイン主演)もいい。
「てとろどときしん」(黒川博行/講談社)、 「切断」(黒川博行/新潮社) 黒川さんは最新作の「文福茶釜」が直木賞候補になった。今回は賞は逃したが、この人のミステリーの「関西テイスト」が好きで、最近はまって 読んでいる。登場人物の関西弁でのやりとりが楽しい。なぜかほとんど図書館で借りて読んでいるので、本人に会う機会があったらあやまりたいほ ど申し訳ない。
早野氏は朝日新聞の政治担当論説委員。この本は朝日の政治面に週一回連載しているコラムをまとめたもの。橋本内閣(自社さ三党)の発足直後から自 民・自由連立までの連立政権での出来事を、その場その場で論評している。政治面の記事といえば「○○のリーダーシップも正念場を迎えている」「○党 の行方も視界不良だ」とか、おきまりのフレーズで流したものが日々量産されているが、そうでなく書こう、という努力の積み重ねの結果が早野さんの文 章だろう。特に「黒沢、木下映画を見たころ」の思い出から安全保障問題を説き起こすあたりには脱帽する。早野さんとは実は取材をご一緒したことがあ るが、いわゆる政治記者の臭さのないところが印象的だった。
「われ万死に値す−ドキュメント竹下登」(岩瀬達哉・新潮社)
入院中の今も政界を動かしているとされる影の権力者、竹下登元総理の実像に迫ろうとしたドキュメント。「政治家とは何者か」というのが私の個人的 な長年のテーマなので、面白く読んだ。なぜ竹下氏は権力を求めるのか、その心の闇に迫ろうとした作品。前半は息をのむ。ただ後半は息切れ。
「渡辺カ三政治日記(中)村山総理を作った男」(日本評論社)
カ三はかぞうと読む。本名渡辺嘉蔵で、カ三は通称。元社民党の代議士で、村山内閣時代の官房副長官を務めた。村山氏を社会党の委員長に擁立するこ ろから、村山氏が総理となり、そして政権を投げ出すまで、この人が見聞したことをそのまま書いた日記。村山総理を作った男、とはやや大げさだが、党 の委員長選挙に擁立しなければその後の総理もなかったわけで、間接的には正しい。村山氏に委員長選挙に出るよう口説きに行って、初めて大分のあのボ ロ家を見て驚いたことや、党内外の政治家の人物評など、日記だけに率直。ただしこれは本当の日記。研究者でないかぎり、とても読めたものではなかろ う。政治オタク本領発揮の一冊。とは言え私も飛ばし読みである。
「縛り首の丘」(エッサ・デ・ケイロース 白水社)
19世紀ポルトガルの作家による幻想文学。そもそも何で突然こんな本を読んだのか。社内の古本バザーで見つけて、帯の文句にひかれたからです。 「罠と知りつつ愛する女性を救いに馬を駆る若き騎士ドン・ルイ。途中、刑場の丘の傍らを通り過ぎるが、その時、縛り首の死体が彼に話しかける。『オ レを連れて行け、何かの役に立つはずだ』」。帯の文句をそのまま書きました。読みたくなるでしょう。作者、中身について何の予備知識 もなく始める読書。これぞ本当の読書の楽しみです。
この1年間、何が忙しかったかというと、、まず映画「男はつらいよ」シリーズ全 48作の完全鑑賞(1作から順に。昨年11月から今年2月まで3カ月かかった)、 新ページ「天神バナナ」の立ち上げ(4月)、総選挙(6月)など。つまり夏以降 は、単に怠けていたわけです。
寅さんについては一言弁解。実は「死ぬまで1つも見ない」と決めていたのです が、本誌連載「九州シネマ紀行」で最終作を取り上げることにしたため、見る必要が 生じ、「1作見るなら全部見るのも同じだ」とやけになって、全部見たわけです。 ではこの1年間の読書からかいつまんで。といっても忘れてるので、最近読んだも のになりますが。
「凡宰伝」 佐野真一 文芸春秋
小渕元首相の評伝。出た頃は(5月)、ちょうど小渕氏が倒れた直後でもあり、か なり話題になった。まあ面白くはあるのだが、佐野さん自身の「カリスマ」(ダイ エーの中内会長の評伝)の迫力に比べると、今ひとつの感あり。まあ「カリスマ」が 面白すぎるのだが。小渕氏が、佐野さんのインタビューの速記録を読んで、わざわざ 自分の無能力を強調するように赤字を入れてくるところが興味深い。私見だが、権力 の中枢にいるような政治家には、2つのタイプがいると思う。一つは「名誉欲」が突 出し、権力そのものをふるうことには無頓着なタイプ(羽田、細川型)、もう一つ は、権力欲が強く、他人からどう見られようが気にしないタイプ(小沢型)。小渕氏 の場合、どちらだったのか、まだ見極めがつかないうちに、亡くなってしまった。
「全学連と全共闘」 高木正幸 講談社現代新書、 「全学連 FOR BIGUINNERS」 現代書館
学生運動に関連するごく短い記事を書く必要に迫られたため、参考図書として読ん だのだが、これがなかなか面白い。現代書館のビギナーズシリーズは、イラスト入り なので馬鹿にしていたが、なかなかどうして大変な情報量である。前の世代には申し 訳ないが、これで初めて通史的な知識を得たし、樺美智子さんの詩「最後に」も初め て読んだ。現在では、あの運動を振り返るのは、かつて参加した世代のノスタルジー か、反動側(懐かしい単語だが)の勝ち誇った態度か、どちらかである。しかしそれ だけにしておくのは惜しい、と率直に感じた。「最後に」を読むだけでも、この時代 を知る価値がある。「ビギナーズ」で基礎知識を蓄えて、「全学連と全共闘」を読む のが正しい順序。ところで読んだ直後に重信房子が逮捕されたのには大変驚いた。
「渡辺恒雄回顧録」 中央公論新社
ごぞんじ読売新聞社長で巨人軍オーナー、ナベツネさんの放談録。政治オタク本と して読む。古き良き時代の政治記者の一典型であろう。記者というよりほとんど自民 党の派閥の一員である。選挙の応援演説までしていたというのには驚いた。こうした ジャーナリストのありかたには批判的にならざるを得ないが、しかしこのオヤジの 話、面白いから困るんだよなあ。
「動機」 横山秀夫 文芸春秋
趣味のミステリ読書。短編四編がおさめられている。その中の「ネタ元」は、経営 の傾いた地方新聞のサツ回り記者が、全国紙に移籍を誘われ揺れ動く心情と、殺人事 件の取材合戦がタテ糸、ヨコ糸を織りなしている。業界の内情がリアルだなと思った ら、やはり作者は元同業者であった。面白いことは面白いのだが、帯の売り文句「本 年度短篇ミステリベスト1の声あり」には絶句。「声あり」ってのはないと思うぜ。
「チェ・ゲバラ伝」 三好徹 原書房
突然ゲバラについて知りたくなり、本屋で探したが見つからず、図書館で借りて読 んだ。最も感動したのはカストロとの別れの手紙。ゲバラは「タイム誌が選ぶ20世 紀の100人」にも入っている。この短いゲバラ評も面白い。敵国アメリカ人の目か ら見ても一目置かざるを得ない存在らしい。ところで私は東京支社勤務時代、首相官 邸を訪問したカストロを見たことがある。でかさに驚いた。2メートルくらいあるの ではないか。
これからまめに更新しますので、見捨てないでください。
「道頓堀の雨に別れて以来なり」(田辺聖子・中公文庫全3巻)
川柳作家・岸本水府とその時代、という副題がついている。田辺聖子さんによる、大阪の川柳作家の評伝。この本で初めて「反戦川柳」というジャンル(ともいうべきもの)があることを知った。「旗立てることが日本に多くなり」(鶴彬)。一方、表題作が象徴するような上方風情緒の世界もなかなかよい。それにしても文庫で上中下3巻、合計1600ページに及ぶこの本を、私はほとんど通勤電車の中だけで読んだ。(しかも帰りだけ。行きは朝刊を読みので)。恐るべし、通勤。ところで、長い本を読み通すこつについては、11月21日付け西日本新聞「天神バナナ」面に掲載の「大河小説沈没記」を参照されたし。
「チェ・ゲバラ モーターサイクル南米旅行日記」(現代企画室)
キューバ革命の立て役者のゲバラが、23−24歳の医学生時代、故郷のアルゼンチン(ゲバラはアルゼンチン人)からチリ、ペルー、コロンビアなどをモーター付き自転車で無銭旅行した際の日記。無理に後年の革命家の萌芽を読みとろうとするより、楽天的な青年の放浪記として読んだ方が面白い。私は実は「放浪文学」とも呼ぶべきものが好きで、ジョージ・オーウェル、ジャック・ロンドン、ブコウスキーなどのそれを読んでいる。毎日ネクタイをして家を出る勤め人は、「どこへ出発してもよい」「いつ出発してもよい」という状況に、単純にあこがれてしまうのである。
というわけで、今年もよろしく。