槌田記者槌田記者の読書歴

平成13年1月24日

記者1
「奇跡の人」真保裕一 新潮文庫、「南蛮料理のルーツを求めて」片寄真木子 平凡社
「奇跡の人」はホワイトアウトが映画化されて随分とメジャーになった真保さんの異 色作?かな。解説で北上次郎は「ある意味で辛い話でありながら、爽快感が漂ってい る」と書いているのだが、読み終えて私は爽快さはない。辛い。でも、読まなければ良かったとも思わない。私はその都度こちらの思い込みを裏切ってくれるこの作家が好きなんだと思う。 ただこの作品を読みながら、というよりも読み終えてふと思った、もしかしてこの人は女性に母親を求めてる?だとしたら、ちょっとヤダ。

「南蛮料理のルーツを求めて」はかつて長崎に住んだ女性が、長崎と海外文化の出会いの歴史と現在を料理を通してたどったもの。小食だけれど食べることが好きで,いろんな味を味わうことが好きな私にとって、とても楽しい本です。長崎県に生まれて、そして今もここに住んでいて良かった、なんて、ありきたりですけどね。でも、できたら、ここをベースにアジアを食べ歩きたい!それにしても長崎って、まあ絶対的に人口が少ないので仕方ないかもしれないけどアジアンテイストの店が少なすぎる。

そういえば東京の天王州アイルにあったビルマ料理の店「パレ・ドゥ・ローテゥス」が閉店してしまったのだけれど、首都圏にもう1軒あるはずなんです。誰かご存知の方は私 のMAILにご一報ください!東京出張を一日延ばして空港行く前にお昼ご飯食べるのを楽しみにしていた私にとって悲しい月日が過ぎています。


1月23日

記者1
「猫は島に渡る」
 メール友達の一人が忙しい人間ほどミステリーを読んで頭をリラックスさせるなんてごたくならべて最近買った本4冊のタイトルをあげて、欲しかったら譲るなんておこがましメールをよこしたばかりです。 でも、うち3冊は外国もので私はすでによんでいました。ということでかなり読書傾向に偏りがあるのですが、それでもいいですか?  ちなみにおとといの日曜日に読んだのは軽いミステリー、猫のココシリーズの最新刊「猫は島に渡る」です。シリーズも回を重ねる毎に賢くなるというより賢さを小出しにしてくるココです。ワイン片手に読める気楽さがGOOD、猫好きには見逃せない本です。

2月2日

記者1
桐野夏生の「OUT]
 高速の事故の関係で11時過ぎまで会社にいたのですが、家に帰ってから「このミステリ ーがすごい」で何と97年の国内編堂々1位に輝いた桐野夏生の「OUT]を読みはじめたらやめられなくて、結局眠ったのは明け方でした。 しかしなんでみんなこの本を絶賛するのだろうか。私はやはり外国もののミステリーの方が読みやすい。きっとどんなに凄惨でも登場人物がカタカナ表記だと現実感が伴わないので、読んでて楽なの でしょうね。

2月3日

記者1
逢坂剛「さまざまな旅」講談社文庫
 スペインがバルセロナオリンピックやせビーヤ万博でメジャーになる前に一時期スペインの文字があるだけで本を買っていたことがある。和製ミステリーは出張旅行の汽車か飛行機に乗る時くらいしか普段買わないのだけれど、そういう訳で逢坂剛はスペインプラスミステリーとあって文庫で出ているのはほぼ自分の本棚に一度は収まった。
料理関係も含めやたらスペイン物が本屋に並ぶようになると、なんとなく天の邪鬼な気分になって避けていたのだけれど、かつてあれだけいれこんだ方の初めてのエッセイとあってはね。
「1992年が過ぎれば、スペインブームは潮のように引くだろう。それはスペイン人にとって不本意かもしれないが、スペインとはそういう国であり、またそうであってほしい国なのである。」P66同感だし、またそろそろスペインに行きたくなった。

2月4日

記者1
「ぎふの雑記帳」まつお出版 著者・松村みち子
 いわゆる著者謹呈でいただいたもの。街作りコンサルタントの彼女とは面識はないのだけれどかつて私が工事中のトンネル取材を現場で拒否されるという「トンネル事件」の際、落ち込んでいた私に励ましの手紙を下さったのが縁で近況のやりとりが続いている。私より年長なのだが、著者経歴に添えられている写真は相変わらず実に若々しく美しい。 3Kと言われて久しい土木の世界も、もっと女性を活用すればいいのにと、彼女を見ていると改めて思う。もちろん彼女自身はすでに各種国の委員や自治体の委員を歴任、エッセイや評論、岐阜テレビのキャスターを務め、講演もひっぱりだこなのだが。土木の世界も政界も様々な分野で女性が増えて希少価値の飾り物でなくなるのはいつのことやら、その時には女 人禁制もなくなっているかしらん。
「詠めそうで読めない漢字2,000」講談社文庫
アナウンサーの誤読がひどい。うちの新人さんももちろ んのこと。叱責を受けるのは今やルビをふらないデスクの側。そりゃー長崎くんちの特殊用語だとか地名、人名はこちらもチェックしますけどねえ。「雑木林をざつぼくりん」「温州みかん」を「おんしゅうみかん」と読まれても。 「最高値をつけた」だって文脈で当然「さいたかね」と読んでほしいのだけれど。と、鬱々としていたら以前買った本に手が伸びました。いやー漢字は奥が深く難しい。でも時々こうして脳細胞を刺激するのも大切だなあと思いつつ、途中で眠ってしまいました。

2月9日

記者1
ダブル・トラップ」大沢在昌 集英社文庫
 国内もののミステリーはほとんど読まないと書いた記憶があるのだけれど、 最近ここ数ヶ月くらい?たまに手に取るのがこの人。 といってもまだ「新宿鮫」は読んでいない。 あまり食指が動かないのはなぜだろうと自分でも思うのだけれど。 この本は彼の長編第2作とかで解説は延々「新宿鮫」にふれているのだが 私は純粋にこの作品だけで楽しめた。 単に乱読傾向かもしれない。

2月12日

記者1
「イスラム社会のヤクザ」第三書館
自分で買って読んだわけではありません。キッパリ。第三書館の北川さんとピースボートで知り合って、建て直しのとき1口株主にならないかとのお誘いは断ったのですが、どっと送り付けられた本を送り返すにもしのびなく代金相当を送ったらその後も何度か本が送られてきたと言う訳です。

今思えば、横尾記者が買ってくれそうな本でした。というわけでこの本もその一つ、むりやり人に買ってもらったり貰ってもらったりして手元に残っているのはたぶんこれだけ。 なにかよくわからない、という印象のイスラム世界だけれど、「任侠」ということばのニュアンスが解る日本人の方が、西洋の人々よりはイスラムの社会を理解できるのかもしれない。 でも私はイスラムには住みたくない!横尾さん、興味おありでしたらこの本差し上げます。


2月20日

記者1
「ディナーで殺人を」上・下 創元推理文庫
上巻を読み終えて今、下巻に入ったところ。 様々な書き手の短編の中から、食事とミステリーの絡んだ作品を集めた珠玉集。美味しく食べる人に悪人はいないというけれどいやーなかなかどうして。
門外不出のスパイスのために殺人をおかす料理人もいるし、叔父を殺しておいてアリバイ作りのために叔父になりすましてレストランでディナーをペロリと平らげる奴もいるし。それにしても登場人物のセリフとは言え「女に料理の味はわからない」なんて言ってほしくないなー。しかもそれがメニュー選びで、男性はいつも同じものを頼むのに女性はその時々で違うからなんて、何言ってるのよ、単に保守的で単一の味しか受け入れないだけじゃないかと言いたいですね。
「殺害者のK Kis for Killer]スー・グラフトン、キンジー・ミルホーンシリーズの11作目
日本でも人気の女性探偵ものとあって文庫化当初に比べてが遅くなったのが難点だが、猫のココシリーズや検視官シリーズ、おばちゃまのスパイシリーズスケルトン探偵シリーズなどと共に、シリーズ物は一度手にしてそうひどくないと、ついつい慣性で買ってしまう。ただ今回は結末がキンジーらしくないという感が否めない。毎回犯人と死闘を繰り広げてほしいという訳ではないのだけれど。うーんこういう解決で本当に彼女は納得出来るのか?こういう解決策を取った自分と折り合って探偵家業を続けていけるのだろうか?と思ってしまう私はやっぱりハマッてしまってますね。

3月3日

記者1
「海外旅行の大様・東南アジア編」光文社文庫
取りたててコメントすることもない本ですが、有名リゾート女性タイプ表で、私は結構楽しめたマレーシアのペナン評して「落ち着いたリゾートであるため、全体に若い女性の比率は低い」というのに妙に肯いてしまった。ああどこでもいいから旅行したい。のんびりプールサイドでアルコール片手に本を読みたい。このページに紹介されていたレディ・ジョーカーを週末2日家から一歩も出ずに読んでしまった。でも今更人が紹介した本について書くわけにもいかず、空白状態が続いていて申し訳ない。

4月19日

「荒れ野の40年」岩波ブックレット
   すーっかりごぶさた続きで申し訳ない。いったんさぼりだすとズルズルという学生時代の悪癖が久しぶりに顔を出したようで・・・・で、なんでいまごろこの本かといいますと某新聞の招きであのヴァイツゼッカーが長崎に先日初めて姿を現しまして、シンポジウムのさわりだけでも、と、会社を抜け出して聞きにいきました。

 そうしたら、長崎大学の学長やらが延々しゃべって本人の番になった時はすでに私に残された時間はなく・・・・あまりにもくやしくて肉声を2〜3分ほど聞いただけだったので、ふともう一度この余りにも有名な演説の全文翻訳を夜中に手に取った次第です。

 「過去に目を閉ざすものは現在に対しても盲目である」日本の政治家と対比して余りにもこの言葉のインパクトが大きくて、当時はこの言葉だけしか頭に残らなかったのですが、今あらためて全文を読み返してみると、全編にわたって格調高くすばらしい。政治家であり、哲学者なのですね。それにしても日本は単に半世紀ということで戦後50年を騒いだのですが、かれらにとって40年の区切りというのは聖書によるものなのですね。さらにヴァイツゼッカーにいわせると40年という歳月は人々の記憶を薄れさせるのであり、そのためにもこの機会にあらためて心に刻まなければならないと。ということは、日本人は既に時を失してしまっていたのかもしれません。


3月9日

記者1
「月間モエ」
「月間モエ」実は「絵本とお話」のころからずーっと愛読しています。読み終えても手放せなくてひたすらため続けたのですが、ついに倉庫でも借りないことには他の増え続ける本と洋服とで居住スペースがなくなりそうだというところまで追い込まれて、ピースボートに乗せてベトナムの子供たちのもとへと旅立たせました。 いまは数日かけてじっくり楽しんだ後は同僚に貸し、最終的には別の同僚のお嬢さんの元へと回っています。 4月号もまず表紙が抱きしめたいほどかわいい。お魚の頭にしがみついたダヤンの「誰にもわけてあげないぞ」とでもいいたげな、子どもがとっても大切なおもちゃか何かを誰にも取り上げられないようにとひしと抱えているような表情が楽しい。特集はこのダヤンの最新情報、英国・アイルランドには本当に「わちふぃーるど」があったというおまけつき。巻頭特集は「すてきな魔女になる方法」そういえば金子みすずやかまちを知ったのもやっぱりモエでした。

3月12日

記者1
「陶淵明 世俗と超俗」NHKブックス」
某代議士が知事選出馬にあたって「帰りなんいざ田園将に蕪れんとす」と陶淵明の帰去来の辞を引用していたのが何となく気になって学生時代を思い出しながら、久しぶりに読んでみました。かつて余り真剣に読んだ記憶はなかったのだけれど、なんだか違うんじゃないかなあという予感は(記憶か)あたりました。 あこがれの隠逸詩人という印象が強いけれど、この本に記されている彼は世間から賞賛される清廉無欲な隠者なんかではなく、名声への欲求や世俗的な野心が屈折した人で、自己中心的な考えで自分の行動や状況を「作品」で意義ずけしたという。 詩文とはうらはらに本人の生き方は必ずしも美しくなく、小心者で感情の落差の激しい人だったということを、読後しみじみかみしめながら、なんか妙に自分の中で納得してしまいました。本の読み方としては邪道でしょうかね。

3月25日

記者1
友と別れた冬」ハヤカワ文庫
ギリシャ系作家G・P・ぺレケーノスが描くワシントン・D・Cの私立探偵ニック・ステファノ・シリーズの第2作、ということなのだけど、なぜかデビュー作「硝煙に消える」を見逃している。今度入手しようと思わせる作品。名前の無い右目を失った黒猫と二人暮らし、バーテンダーをしながら私立探偵として電話帳に登録。そこに15年来音信のなかった高校時代の悪友の依頼。「長い年月のうちにがらりと変わってしまった友人と出会ったときに味わう、打ち消しようの無いr失感」を抱きながらも、現在の「ウイリアム・グドリッチ」のためでなく、かつての「ビリー」のためにと、いなくなった友人の妻探しを引き受ける。一方で友人のローカル紙記者がナイフで20数カ所も刺されて殺されながら迷宮入り寸前となっている事件を個人的に解明しようとする。原題「NICK’S TORIP」とある通り今は30代のニックが、青春時代の酒漬け、薬漬けの旅を回想し、2人の友のために歩き回る。

「図書館の美女」ハヤカワ文庫 「図書館の死体」に続くシリーズ第2弾。まだ読みはじめたばかりだが、前作を思い起こすと、軽く読めると思う。おもしろかったら後日紹介します。読書傾向が似ている人もいるようなので、つばつけた状態です。


4月13日

記者1
「テレビ国際報道」岩波新書、「テレビ業界の舞台裏」三一新書、「佐高信の言語道断」徳間新書
「テレビ国際報道」岩波新書 旧ソビエトで24時間衛星中継ができる伝送システムの導入、西側諸国へリアルタイムでいまを伝えながら、国際世論への訴えとシンパシーを背景に成功したルーマニア革命、湾岸戦争の際の米、イラク双方のマスコミ利用の思惑、それなりにおもしろいのだけれど、やはりNHKの優越感がチラチラとする。
「テレビ業界の舞台裏」三一新書 山形テレビのネットチェンジのごたごたは、何かちらりと聞いた記憶はあるのだけれど、ここまで詳しくは知らなかった。業界の裏話に興味がある人にはおもしろいでしょう。この著者小田桐さんがなんでこんなにテレビに興味があるのかは何冊読んでもよくわからない。
「佐高信の言語道断」徳間新書 1993年1月からの読書日記を核とする評論集。読み終えて一体どのくらいの本が取り上げられていただろうと思うと、相当数で数える気力なし。一編一編はそう長くないのだけれどギュッとつまっている感じ。読んでみたいと思わせる本も多すぎて、しかし佐高さんのコメント付きだからこそより楽しめるのだろう。紹介されている本の中で一番気になったのは「安心して老いるために」ボケた時、自分にはどんな言葉どんな歌が残るのか?という問いかけは恐すぎる。

4月20日

記者1
「知ってるようで知らない日本語辞典」講談社文庫
「読めそうで読めない漢字2000」に続いてまたこの人の本を手にとってしまった。これは知らないと恥なんて世界ではなくて、まあ今ではもう知ってたらスゴイの世界です。 時代物の大衆小説とか古い日本の怪奇あるいは探偵小説でしかお目にかからないようなことば集です。この本自体が一つの読み物として楽しめる、そんな感じですね。

但し「今は昔の”斜陽族”実体のなくなった言葉編」に長崎の町がズーっと売り物にしてきたし、今もしている「異国情緒」が収められているのはチョットというか、かなりというかショックでした。そういえば「洋館」もこの項。「蓄音機」「謄写版」「瓦斯灯」「国電」はわかる、が、しかし・・・・長崎観光に陰りが見えるのは、こんな死語に近い言葉にしがみついているからなのかしら。


4月30日

記者1
「ヨーロッパ火山紀行」ちくま新書
このところごぶさたで申し訳在りません。26日は普賢岳の山開きで、元の山頂まで元気に?歩いてきました。
開山式でインタビューした太田先生からも「もっと火山を勉強するとより山の魅力が満喫できるよ」というアドバイスをいただきましたが、その前に買っていた本です。著者の小山先生も同じような事を書いています。
「地殻変動や火山活動は美しい山や神秘的な湖を作り上げた。これらの自然景観はいつどのようにして出来たか、それらについての知識があれば自然はもっと親しみやすくやすく、身近なものとなるだろう。」うーんでも知識はなくても眼前の溶岩ドームはすごかった。ですよ。
しかしながらこの本で一番の収穫はかつてアイスランドのへイマエイでは火山噴火の際住民を移動させるにとどまらず、島に残された家畜、800台に及ぶ自動車、港の倉庫で冷凍されていた大量の魚といった個人財産を本島へ海上輸送したこと、さらに噴火開始の翌日には避難した住民に帰島して個人財産を運び出す許可をあたえたこと、さらにさらに議会は噴火による損害の埋めあわせと復興のために全国民に対する税率の増加を決定し、政府は国庫金の放出を決 めたという事実がしるされていたこと。本当にどこかの政府に聞かせてやりたい。 ちなみにこの噴火は1973年のこと。こんな事例がなかなか公にならないのはマスコミも怠慢といわれても仕方ないのかしらん。

5月8日

記者1
「びっくり」現代書館
土井社民党から出馬した衆議院議員中川智子の自伝。ありきたりの議員さんの手柄話では決してない。とにかくおもしろい。
恋愛遍歴もさらけ出しているのだが、今の伴侶も押しの一手で手にいれたという。「あんなに結婚するの嫌がってたけど、どう、幸せ?」「うん、楽しいよ。僕はあきらめのいい人間だから。選んだことには精いっぱい良い状況をつくるように努力することにしている」うーん、本当に笑える、のに、本人はこう答えられてやっぱり頭のいい人なのだ、とつくづく思った、と書くのだから中川智子というおばさんはスゴイ。

5月18日

記者1
「新聞記者で死にたい」中公新書、「サンデー毎日編集長日記〜東京・竹橋発午前1時の深夜便〜」、「居合わせた女」ハヤカワポケットミステリーブック
 「新聞記者で死にたい」は岩松記者のコメントを読んで買ってみました。病気を通して本人の中で価値観が変わった部分が「編集長日記」と併読するとよくわかる。ただ私自身はまだ正直言って「編集長日記」の方が面白い。こういう生活続けているとどうなるかという結果を見ながらもまだ・・・・いずれにしても、毎日の現役あるいはOBの書いたものを読む時いつも感じるのは「良い社風だなあ」ということ。結構好きに本を書かせているように見えるし、そこに描かれている雰囲気も。牧さん自身も書いている。「組織にいるようで、組織に存在しないように”ゆるむ生き方”。これは毎日新聞記者なら可能だ、と思った。 俗に「組織の朝日、人の毎日」。新聞社の財産は人ーという哲学が毎日新聞社には根強く残っている」

「居合わせた女性」クレイグ・ライスの名前に惹かれて買った。が、いわゆる弁護士マローンものや「スイートホーム殺人事件」のようなユーモアはない。訳者は後書きの中で、これがライスの本領だというのだが・・・もちろんこの本も決して悪くはない。作者は違うが映画化されたのでご存知の人もいるかと思うが「ブルードレスの女」(但し私は映画は見ていない)と読後感が似ているかもしれない、といったらニュアンスが伝わるかしらん。


6月11日

記者1
「クオ・ワデス」岩波文庫、「管直人著 大臣」岩波新書
 「クオ・ワデス」はかつて小学生の高学年か中学生かの頃読んだときは「クオ・ヴァディス」と表記されていたような記憶がある。
 ローマ皇帝ネロの時代のキリスト教徒への過酷な弾圧と、そこから去ろうとする使徒がキリストと出会い発した言葉「クオ ヴァディス ドミネ」(主よ いずこへ行きたもう)だけがなぜかずっと心に残っていた。この所、本業に追われて珍しく本を読んでいなかったものだからポッカリ空いた休日に本屋へ行くとあまり読みたいと思うものがなく何となく懐かしくて全3巻に手が伸びてしまった。
(実は悲しいかな9日にいつも通り出社してルーティンの仕事を始めて1時間余りが過ぎた時、自分にとってその日が休日だったことにきずいて愕然としたのです。)改めて読み返してみるとこれはラブ・ストーリーでもあったんですね。だからという訳ではないのですが、久しぶりに物語に引き込まれて一気に読んでしまい一日が過ぎました。でも信者になろうとは思っていませんので、念のため。

「大臣」のほうはパラパラと拾い読み。「大臣としての体験談を単に紹介するのではなく・・・」と管直人は書くのだが、ごめんなさい、当方としては単にそれだけでいいんです。とはいっても、面白くも無い政治の世界、少しは興味が持てるようにしてくれるかもしれないのはこの人くらいかもしれませんね。ただ貝割れ大根犯人説をそんなにマスコミの責任にするか?という気はします。


6月17日

記者1
「ニュースになったネコ」ちくま文庫
まずもって表紙からしてかわいい。カップを両前脚で持ち上げて何かを飲んでいるマルタの観光名物になった猫。この本はイギリスBBCテレビのニュースキャスター、マーティン・ルイスが「いつも好きなニュースばかりを読むわけにはいかないニュースキャスターのささやかで個人的な鬱憤晴らし」にと世界中過去に溯って集めた猫のニュースをまとめたもの。猫のしでかした失敗や引き起こした騒ぎ、あるいは快挙。かつて火事を家人に知らせ、飼い主一家は助かったものの猫本人は亡くなったというニュースは私も何かで読んだ記憶があるけれど、もちろんこのエピソードも載っている。
珍しい種類の猫、大きな猫、ネズミ捕りNO1の猫、ネズミ捕りを職業にして給料をもらう猫、その賃上げをめぐる周囲の人間の交渉、タレントとして人気の高い猫、猫のIQをはかる方法、莫大な遺産を相続した猫、大統領選挙に出馬した猫、海を渡る猫、グアムからロンドンまで飛行機で旅行した猫(ワシントンでの乗換をいったいどうやってクリアーしたのだろうか?)4代にわたるイギリスの首相にかわいがられ、死亡時にはほとんどの新聞が追悼記事を載せたという猫(もとはといえばノラネコですよ)ありとあらゆるねこのニュース満載のこの本、猫の好きな人には必見の価値あり。この本を読まずして猫好きと言うなかれ、といっても過言ではありません。

7月12日

記者1
「日、米、欧、アジアの知識人、コンサルタント、現役官僚の若手80人が関与したシミュレーションノベル」
今日は参院選の投票日。共産党は比例で確実に議席を伸ばすんだろうな。自民党は61議席取れるのか?なーんて、でもどう転んだって状況は結局ほとんどかわらないんだろうし、みんなそう思うから投票行くのばからしくなるんでしょうね。で、その結果、悪循環の結果として今の状況があるわけでこの本「壊滅ー日本崩壊」テイ・アイ・エス「このシュミレーションが不幸にも現実になる日がくるのか?国家が経済壊滅するとは、誰れも思っていない。しかし、日本は否応なく、今ソコに向かっている。」
「日、米、欧、アジアの知識人、コンサルタント、現役官僚の若手80人が関与したシミュレーションノベル」この帯の文章にだまされて?買ってしまった。だまされて、と書いたけれどでも面白く読みました。第1刷が98年の6月10日なので、どの時点までが事実でどこからが予測なのかが今一つ読めないのだけれども、恐らく他は社名が実名でありながら、山一だけが「山七」とされている所をみると・・・シミュレーション通りに現実が動き、はたまたその動きが予想より早かったということなのでしょう。しかし今やアメリカの対日戦略商品が金融商品であり、CIAの関与までほのめかしているのは不気味であります。

9月3日

記者1
「シャドウゲーム」角川文庫、「札幌殺人事件 上・下」光文社文庫、「バンコク下町暮らし」徳間文庫
いずれも福岡に会議出張の際、JR車内で読むために買い求めたもの。よって軽い。・・・つもりでいたら「札幌殺人事件」は軽井沢のセンセ(内田康夫)にしては社会派?っぽい。但し松本清張の重厚さは感じられないのは、浅見クンものだから?旅情シリーズなのだけれど、ちょっと違う、これは吉・凶どちらにでるか。作風を変えることの一種の賭けでもあります。
「シャドウゲーム」は以前にも割と好き、と紹介した大沢在昌の作品。ドキドキしながら読めて、結構殺 人が展開されるにもかかわらず、全体を通しての印象は「透明感」。感性ある若い監督で映画化してみたら、どう映像化されるか、ちょっと楽しみな気もする。ラストシーンははかなくて、でも怖い。 「バンコク下町暮らし」は「バンコク子連れ留学」をに一部加筆して改題したもの。著者のようなバンコク(及びアジア全般)生活は私自身には出来そうにもないけれど、アジアの風は好き。というわけで、来月末にはやっと夏休みなので今、バンコク行きのチケット手配をかけてます。

10月5日

記者1
「震災復興の政策科学」有斐閣、「文章の書き方」岩波新書、「猫は汽笛を鳴らす」ハヤカワ文庫
震災復興・・・は立命館大学震災復興プロジェクトが現地調査に基づく3年間の共同研究を元に教訓と復興への提言をまとめたもの。352ページ、結構読み応えあります。この間災害復興の在り方について自分なりに考えてきたことと同じような指摘や提言があり、うなずきながら読みましたが、空港建設には全く触れてありません。やっぱり災害復興に空港は必要無い!?

文章の書き方はA新聞天声人語の筆者の文章読本。過去の自分の取材や原稿を思い出しながら反省しつつ読む。でも心に残る書評として読むと楽しい。

猫は・・・はシャム猫ココシリーズの16作目。今、半分くらいまで読んだところ。これだけ続くと新しい登場人物以外はもうすっかりおなじみで批評なんか仕様が無い。


11月2日

記者1
「日本人ごっこ」「山田長政の謎」
やっと遅れ馳せの夏休みでタイに行っていました。現地に駐在している友人に薦められて読んだタイを少しでも深く知るための2冊。出版社名まで覚えていなくて申し訳ない。いずれも文庫本でした。

 いやーどちらも面白い。「日本人ごっこ」は10年以上前に実際にタイであった「在タイ日本大使の娘」を騙り、地方視察に警察官の護衛付き、何と小学校で「日本人は勤勉だから日本経済はここまで発展した。タイ人はなまけものだからいけない」と訓示まで垂れた13歳のタイ人の女の子の話。「ユウコ」と名乗ったこの女の子に何故大学生や大人達までが騙されたのか?当時のタイと日本との関係や、日本が垣間見えるルポ。騙された人々や、ユウコの生まれた村の村長や母親、その村の人々の生活、結局会えなかったユウコの姉、そしてユウコに会うまでの3年間。片田舎まで日本製品が氾濫し、日本製品の看板が林立しながら日本という国そのものは、ほとんど何も知られていない国で、少女は雑誌で日本や日本語をかじり日本大使の娘になりすます。英語だと騙せないけど日本語はほとんど誰も知らないから、と動機の一端を語る少女に、何故ユウコなの?と尋ねると「「おしん」を演じた女優の名前だから。わたしも最初は子守りに出たの」・・・

 「山田長政の謎」はこれまでアユタヤ王朝の政権交代にからんでというのが定説だった彼の暗殺に当時の東南アジア貿易をめぐる欧米各国の思惑と仙台藩伊達家の思惑がからんでのものだったという新説を展開。考えてみるとこの辺の歴史ってきちんと教えられたことがないように思う。東インド会社の設立が何年とか、極めて断片的にしか過ぎなくて。当時の日本や東南アジア、欧米列強各国がからみあう歴史の面白さ、単に私の知識不足だったのかもしれないが目からうろこの面白さであります。


11月25日

記者1
「ドクター・ヘリオットの猫物語」集英社、「眠りをむさぼりすぎた男」国書刊行会
「猫物語」は獣医の目から見て印象に残った10の猫の物語。10匹それぞれの猫の個性に出会える本。野生を捨てず、人間に飼われることを断固として拒否する猫。(それでもヘリオットとその妻は、屋外で餌をやり、どんなに嫌われても毛並みをととのえようと四苦八苦する)自分の死を予感して生まれたばかりの子猫を老婦人の家にくわえてくる外猫。(老婦人がまた良い人でこの子猫をクリスマスプレゼントと受け止めて受け入れるんですね)猫の具合が悪くなり衰弱していくと、自分も元気がなくなり、家業のお菓子屋までさびれていくほど猫と一体化した飼い主(でもヘリオットが猫に対する愛情に裏打ちされた注意深い観察力で病気の原因を探り当てて手当てすると、猫も飼い主もまた元気を取り戻す)逆に飼い主の病気が悪化するにつれ衰弱していく猫、飼い主は最後に愛猫の名前を呼びながら息を引き取ります。近所の集会や教室に顔を出す社交的な猫オスカー餌etc・レズリー・ホームズの挿し絵がまた猫の愛らしさを十分に表現しています。

「眠りをむさぼりすぎた男」はクレイグ・ライスがマイケル・ヴェニング名義で書いたミステリー。あらすじを書くのはミステリーの読者に失礼なのでやめときます。ライスのミステリーは翻訳されたものは全て(14冊)読んだと思っていたのでこれはうれしい発見でした。あと残されているのは雑誌掲載の短編しかないと思います。誰か目にしたら教えて下さい。


12月24日

記者1
「市民の目で見た市民活動〜個人から見た市民活動に関する調査報告書」経済企画庁国民生活局編、「猫を食べちゃう本!?A」双葉社
 市民の目で・・は、官報紹介に完全にだまされた。税別1400円も払って買うような中身では決してないので、敢えて取り上げておきます。まあ、大体お上が「市民運動」に本当に興味を寄せるわけもなく、女性の社会進出と高齢化社会を支える従順なボランティアとしての期待を込めて「市民活動」を位置づけているのでしょうから、もともと買った私がバカといえばバカでした。

 猫を・・は、相変わらず猫関係の本にハマッテいる私です。「月刊モエ」に紹介されていた写真があまりに可愛くて、注文したら、なぜか続編のAが先に手元に届きました。Aとしかワープロでは出ないのだけれど、実物は赤い猫足に2の白ヌキというこだわりなんですね。

 第一巻はどうなっているのと、私が書店に問い合わせている電話を聞いた同僚はギョっとした顔をしていておもしろかった。要は猫をモチーフに料理を作って食べようという本なのだけれど、写真があまりに可愛くて、万が一自分で作ったとしても、決して食べられないだろうと思いました。ちなみにAで私が一番かわいいと思ったのは「ねこたま・ご」ゆでたまごの白身のクッション?のうえで眠っている黄身の猫。目、耳、鼻、ヒゲはベーコン。作者の星野みなみさんって本当に猫が好きで、その姿態をよーく見ているのだろうとおもいます。


2月2日

記者1
草 舎人「海が割れる日 小説南関東地震」東京新聞出版局、真保裕一「ホワイトアウト」新潮文庫
 「海が割れる日」はワイドショーのスタッフが地震解説番組を作るという設定。知事に頼まれた役員(社外から資本の関係で送り込まれた新聞社出身というなにやら身につまされる設定)からねじこまれて、いかに県庁発みたいなお仕着せでなく、一見局の独自性で制作しているふうに見せ、なお視聴者に興味を持ってもらえる番組にするか、主人公とその仲間の努力。で、なぜかテレビ局ってそう見られてるんでしょうが、奥様キャスターや番組に協力してもらう学者との恋模様というか、まあはやりの不倫というか。結局地震は起こらず、そういう意味でのドラマテ ィックさは無し。某学者に言わせると意気込みはともかく著者の「学術的知識はおそまつ」という指摘もあります。

「ホワイトアウト」は「連鎖」「取引」「震源」といわゆる通称「小役人シリーズ」をおもしろく読んだ作者のほんだったので迷わず買った。が、そのセンを期待して読むと、うーんちょっとたった一人で犯人達に立ち向かうヒーロー富樫があまりにもヒーローしすぎ。雪に閉ざされたダムを占拠、12人の人質だけでなく下流の町20万人をも飲み込むことができる6億立方メートルのダムの水を楯に現金と逃走用ヘリを要求する犯人。警察は一歩も現地に近づけない地形と気象条件。銃を持ったことも無かった、フツーのひとはずの富樫がただひとり立ち向かう。まあ楽しめはします。でも、真保作品に流れる、現実の政治や本物のワルのぞっとする怖さ、見えている部分にだけ怒ってつっかかっていった後の空しさみたいなものはない。


平成11年11月26日

記者1
崩れ 幸田文 講談社文庫 、12皿の特別料理 清水義範 角川文庫
   「崩れ」は幸田露伴の娘・文が72歳を過ぎてから、なぜか「つかれたように 崩れを見る旅」に出た、日本各地の土砂災害とその対策が講じられている地域の記録と本人のその時々の思いを綴ったもの。  解説で川本三郎は「亡き父に会いたくなり、それで崩れを訪ね歩いたのではないか。父への最後のオマージュといえる」と書いている。昭和51年の11月から約1年間「婦人之友」に連載されたものをまとめて本にしたが、桜島で「自然任せが賢明か、不屈の人力を頼むべきか」と書いた彼女がもう1年生きていて普賢岳噴火災害の被災地を見たら何と感じただろうか、と思ってしまった。おそらく永遠に?結論は出ないのだろう。

「12皿の特別料理」は楽しくて怖い本。忘れられない思い出がつまったそれぞれの料理。関東と関西の味の違いも普段ならそれなりに済ませられるのだろうけれど、そこに嫁と姑なんて人間関係がからんで、しかもそれをおふくろの味なんて夫に言われたらねえ・・

 同じ公団アパートの4家庭のそれぞれのカレーは、もはやカレーという名前だけ同じの似て非なるもの、それぞれの家庭のありようまで描き出してみせる、料理って奥が深いんです。

 番外*3週間ほど塀の中に入っている時に(決して誤解はしないように)「ベルサイユのばら」「ハイカラさんが通る」「アラベスク」「スワン」と10代の中頃に夢中になって読んだ漫画をまとめて読んだ。素直に感情移入しながら涙を流して読んだ。いずれも長編で絵もきれい。あの頃の少女漫画は本当に質が高かったのだなあと思う。もしかして私が成長していないだけ?しかし「ベルバラ」はオスカルが倒れた後もなおマリー・アントワネットの死刑まで物語が続いていたのは記憶にない。それだけオスカルの死が印象的だったのか、その後は読まなかったのか。


平成12年5月29日

記者1
岩波新書「土石流災害」池谷浩著
   普賢岳噴火災害の取材にあたったことのある記者ならこの人の名前知らない人はいないと思うのだけれど、水無川で土石流災害が発生し始めたころには建設省の火山・土石流対策官、現砂防部長。キツネやタヌキを相手にしてきた「砂防」が、住民の生活空間と隣り合った砂防に変らざるをえなかった中で、普賢岳噴火被災地と向き合って来た人です。本当はこの間彼が折々に発言してきたことの方がおもしろいのだけれど、まあこの本は本来の専門分野の話だし。それでも「緑とつきあうためには、地域住民がたちあがって、自分たちの地域の緑を守り育てるという考え方が必要だと思う。
 このために、行政もまた地域住民の緑への活動をきちんと支援する仕組みを作るべきである。」とか「従来のコンクリート一辺倒ではなく木、石など多様な素材を用いて、画一的な対策ではなく地域の住民の声を聞いた、地域のための対応が実施されることになるだろう。」といったふうに、ちらちらと本人の考え方が見えている部分が私は面白い。もちろん土石流そのものについては、第一人者でありバイブルとしてお勉強したいかたにはお勧めです。

平成11年12月13日

記者1
「被災地の人々」発行ネパール治水砂防技術交流会、「私語辞典」柳 美里 角川文庫
  「被災地の人々」はネパールで1993年7月に起きた集中豪雨被害の実情を知ってもらおうと、ネパールの治水砂防に協力している人たちが集めた被災者の顔写真入り証言集で、英語と日本語の併記。

うーん、生まれた国が違うというだけで、これだけ被災者への支援対策が異なってもいいのだろうか?亡くなったひとたちはもちろん、生き残った人々の生活再建の難しさ、もともと貧困にあえぐ人々が自然災害でも最も被害をうけるというこの社会の原理。「神様が早く死なせてくれるのを待っているの。生きていくのがこんなに大変なら、いっそあの洪水で死んでしまったほうがよかった。」23歳の女性ナラ・マヤ・ロプチャンの言葉はあまりにも辛い。

「私語辞典」は私が初めて手にした柳美里の本。気になりながらも、これまでどうしても手がのびなかった彼女の本だけれどこれは言葉にまつわるエッセイ集なので、もしもしんどかったらやめればいいや、と思って思い切って買った。正直言って最後まで一気に読んでしまった。読後感も悪くない。ピアスの「悪魔の辞典」ほどには偽悪的ではない、が、自虐的ではある。 やっぱり彼女の小説を私は読まないだろうと思う。でもこの本はまた時々読み返すかもしれない。どこか感性が似ている部分がある?のかもしれない。妙にせつないおもいがした。


平成12年1月27日

記者1
「中高年はつらつと海を渡る」国際協力出版会 青木公、「官僚たちの夏」新潮文庫 城山三郎、「官僚たちの志と死」講談社文庫 佐高信
   読んでいてとても楽しかったのが「中高年はつらつと海を渡る」実はうちの会社のOBにも今一人インドネシアにジャイカ派遣で行ってる人がいるんですが、確かお母様は英語はべらべらでお紅茶党なのに、ご本人は断固和食党とか漏れ聞いていたので、生活ぶりが今一つ想像できないのだけれども・・・。この本を読むと「まあ何とか楽しんでいるのだろう」と思えてきました。

 シニア世代といっても40代以上ですが、どうして海外ボランティアの道を選んだのか、そこで何を得たのか・・・21人(うち親子1組)はいずれも気負わず楽しんでいる様子がうらやましくて、いずれは私も、と思いつつ、はたと考えると「で、そこで私は何をするの?」結局、いまをどう生きているかが問われるんですよね。でも、読んでる間だけは自分もその場にいるような気分で楽しみました。

 「官僚たちの夏」と「官僚たちの志と死」は是非セットで読むことをお勧めします。前者はかつてミスター通産省といわれた佐橋滋を主人公に官僚世界を描いたもの。あの顔が見えないというか、表情が乏しいとか思われがちな人種の集団にこういう興味深いドラマがあったのか!と思わせる本です。ちなみに登場人物の名前は微妙に変えてあって、佐橋滋が作中は風橋信吾、川原英之は鮎川となっています。

で、「官僚たちの志と死」は読んでいて辛い本ですが、敢えてお勧めします。昂然と官僚批判をしてはばからない佐高さんが公のため志に殉じ、命を削って働いた真の官僚としてあげた4人の生きざまと壮絶な死。

ちなみに4人とは水俣問題で死を選んだ環境庁の山内豊徳・激務でがんにむしばまれた通産省の田辺俊彦・同じく通産の川原英之、そして総理の座をけった男・伊東正義。 通産の二人を取り巻く当時の状況が「官僚たちの夏」を読んでおくとより深く理解できるわけです。

しかし何と言ってもやはり一番辛いのは環境庁の山内さん。さすがのわたしももらい泣きしてしまった(?)また、彼が好きだったという詩が三好達治の乳母車だったり、吉野弘の祝婚歌だったりとよけい泣かせてくれるんです、佐高さんは。


平成12年11月1日

記者1
「名前を探る旅〜ヒロシマ・ナガサキの絆〜」石風社 中村尚樹著、「河川にもっと自由を〜流れゆく時代と水〜」山海堂 高橋裕著、「崩壊からの出発〜阪神大震災5年・生活再建への挑戦」社会思想社 渡辺実・小田桐誠共著
  「名前を探る旅〜ヒロシマ・ナガサキの絆〜」石風社 中村尚樹著
著者は元NHK記者、長崎にも勤務していたらしい。
前半は元三菱重工長崎造船所の工員で、原爆で亡くなった同僚の名簿を一 人で作り上げ、さらに無縁死没者の名前を手がかりに死者の故郷を探す旅 を続けている長崎の被爆者。後半は広島で被爆した教師を父に持つ男性が 父親の教え子の書き初めを遺族に返す取り組みを紹介。
いずれも原水爆禁止運動や被爆者運動のリーダーでもないそれぞれの生き 方が淡々と描かれ、一人一人の死が尊ばれることなかった原爆による大量死 のむごさが静かに胸に迫ってくる。

「河川にもっと自由を〜流れゆく時代と水〜」山海堂 高橋裕著
長崎大水害の後、中島川改修方針などをめぐり取材させて頂いた高橋先生 の著書だったので手に取った。私は川に対するこの人の考え方が好きです。
いまでも眼鏡橋を現地に残したことは河川行政にとって痛恨んの極みと思っ ている当時の行政マンは多いようだが「河川事業が一朝一夕には完成しない 長期計画であるからには、その計画は先見性のある構想に富んだものである べきだ。 中略 長崎眼鏡橋の扱いは、まさにその試金石となった感がある」 と書かれていて心強い。

「崩壊からの出発〜阪神大震災5年・生活再建への挑戦」社会思想社 渡辺実・小田桐誠共著
ボランティアと行政のサイドからの仮設住宅建設・入居にあたってのドタ バタや仮設住宅解消までの取り組みを追った本。
災害時被災者サイドの声はマスコミ等で出てくるが行政のかなり本音に近 い部分はあまり表にでてこないのでそういう意味では興味深い。


平成13年1月11日

記者1
「東南アジア丸かじり旅」根津清著 小学館文庫、「神戸新聞の100日」神戸新聞社 角川ソフィア文庫、「センスある日本語表現のために」中村明著 中工新書
   心をいれかえたはずなのに、またまたご無沙汰ですみません。「東南アジア丸かじり」はとにかくおいしい本です。私事ですがこの1年間何かと忙しくて1度も海外旅行に行けないまま、私にとって21世紀が過ぎていくことになります。悔しい。その思いの上にこの本を手に憂さ晴らし。過去に海外であるいは東京出張の際に味わった料理に思いを馳せ、あるいはまだ未知の料理の味をイメージしてしばしの幸福感に浸る、もう何度も読み返した本、で、ありながら、長めのお風呂につかろうという時つい手にしてしまう.うーん、タイに行きたいよう!(センミーナムたべた〜い)ベトナム行ってもう一度フォー(ベトナム風肉うどん)たべたいよう!インドネシアの治安が良くなったら1度は、火山を見に、そしてまだ見ぬ料理を食べるためにいつかは行ってみたいと思 わせる本です。

 「神戸新聞の100日」は普賢岳災害を訳のわからんまま経験した人間として、身につまされながら、というより、うちらこんな想定なんか何もできとらんかったという、反省というかくやしさというか、とにかくいろんな思いがいっしょくたになってこみあげてきて、素面ではよめなくて、酒飲みながら泣きながら読んでしまった。普賢岳噴火から10年、来年被災10年、神戸の震災から今年5年、そして今年有珠・三宅の噴火災害、どこかできちんと整理されていっ た ら少しはロスなく対策が進むんじゃないか、そんなもどかしさも感じつつ.

 「センスある日本語表現のために」は、うーん、毎日の仕事の中で、後輩にうまく伝えられなくって、でも、自分ではどうしても「が」じゃなくて「は」なんだよ、とか 思ってしまう(つまりまじめに日本語を理論としてお勉強してこなかったつけかな?)ことの裏づけを求めて買った本。時々読み返すけどまだなかなか、血となり肉となる、とはいかない。他の言語を極めたことがないのでこう言いきるのも気が引けるが日本語は奥が深い。


平成13年1月24日

記者1
「奇跡の人」真保裕一 新潮文庫、「南蛮料理のルーツを求めて」片寄真木子 平凡社
  「奇跡の人」はホワイトアウトが映画化されて随分とメジャーになった真保さんの異 色作?かな。解説で北上次郎は「ある意味で辛い話でありながら、爽快感が漂ってい る」と書いているのだが、読み終えて私は爽快さはない。辛い。でも、読まなければ良かったとも思わない。私はその都度こちらの思い込みを裏切ってくれるこの作家が好きなんだと思う。
ただこの作品を読みながら、というよりも読み終えてふと思った、もしかしてこの人は女性に母親を求めてる?だとしたら、ちょっとヤダ。
「南蛮料理のルーツを求めて」はかつて長崎に住んだ女性が、長崎と海外文化の出会いの歴史と現在を料理を通してたどったもの。小食だけれど食べることが好きで,いろんな味を味わうことが好きな私にとって、とても楽しい本です。長崎県に生まれて、そして今もここに住んでいて良かった、なんて、ありきたりですけどね。でも、できたら、ここをベースにアジアを食べ歩きたい!それにしても長崎って、まあ絶対的に人口が少ないので仕方ないかもしれないけどアジアンテイストの店が少なすぎる。
そういえば東京の天王州アイルにあったビルマ料理の店「パレ・ドゥ・ローテゥス」が閉店してしまったのだけれど、首都圏にもう1軒あるはずなんです。誰かご存知の方は私 のMAILにご一報ください!東京出張を一日延ばして空港行く前にお昼ご飯食べるのを楽しみにしていた私にとって悲しい月日が過ぎています。


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