安武記者の読書歴 |
別にバリバリのエコロジー派ではないけれど、チンチンとかねを鳴らしながら、のんびりと走る路面電車は21世紀に残したいもののひとつ。行政もやっと、その良さに気づいたのか、パークアンドライドなる方式を長崎市内に導入、公共交通機関、とくに電車の利用を呼びかけはじめた。長崎のチンチン電車を紙面でも応援してあげたいと思う。
本に出てくるのは、石原裕次郎、美空ひばり、勝新太郎、山口百恵、松田聖子、村田英雄、都はるみなど、そうそうたる顔ぶれの大スターの裏話。「あの時、スターたちに何が起こっていたのか。幻の大スクープの数々」という腰巻の宣伝文は大げさじゃない。虚業といわれる芸能界だが、歌手や俳優なども、スポットライトの影ではふつうの人間。スターになればなるほど、孤独になり、ひとり悩む。
そこで頼りにされたのが鬼さん。相談相手として夜中に電話がかかってきたり、記者会見の前に別室で相談にっったり。なぜ彼がそこまで信頼されたのか。ひとつは芸能界の人脈があったからだが、やはりその人柄、うそをつかない誠実さが人をひきつけたのだと思う。単なる取材する側と取材される側という関係を超えて、どこまで人間同士のつきあいができるか。スターの不幸な面に光をあてた、この本を読んで自問自答した。
簡単に言うと、長崎らしさ。東京在住の審査員の先生方のいうローカル色を強めたのです。長崎に来て1年半の私にとっては、小説に出てくる地名もほぼ理解できて、四国(私が日本で唯一、足を踏み入れてない地域)かどこかを舞台にしたものよりはずっとすんなり頭に入ったし、読みながら「ああ、あのへんね」と、だいたいの情景が頭に浮かぶのがなんとも気持ちよかった。隠れキリシタンには、以前から興味があったが、エピソードとして出てくる「ウノスケ縛り」は強烈に頭にこびりついた。想像しただけで苦しくなるような体位ではないか。拷問に使われた縛りだというから、当然とはいえ、いやはやこういう縛られ方だけはされたくない(もちろん、どんな形でも縛られるのはいやだけど)。
でも、この「ウノスケ縛り」という言葉はなかなか、妙な迫力というか、不気味さとういか、そういったものが漂っていて、すっかり気に入ってしまった。気に入ると使ってみたくなるのが性分で、「おい、何だよ、この原稿。おまえ、うのすけ縛りにしたろか」などと使って周囲からけげんな顔をされ、それを見て一人悦に入っている今日このごろなのである。ところで青来さんは私と同い年。ペンネームの由来が「セーラームーン」からきているときいて、そのおちゃめぶりが結構いいんじゃないと、より親近感を抱くようになったのでした。