ピッコリ新監督 「鬼神」スパルタで
ピッコリ新監督  Jリーグ一部(J1)のアビスパ福岡が今年こそ、“万年降格争い”から抜け出し上位進出を目指す。昨年、アシスタントコーチを務めたネストール・オマール・ピッコリ氏(アルゼンチン出身)が二〇〇〇年、新監督に就任。アビスパの前身、藤枝ブルックス時代から選手として活躍したいわば生え抜きで、「鬼神」と恐れられたストライカーが、ムチをふるって立て直す。

 「強い気持ちのない選手はいらない。技術的にうまい選手もほしいが、それだけではよいサッカーはできない」。いっさいの妥協を許さない、ピッコリ新監督のスパルタ指導が始まる。
 現役のときから闘争心の塊。DFとの小競り合いは当たり前で、数々の“武勇伝”も残した。引退後、主にアビスパユースの指導をしてきたが、そこでも熱さは変わらなかった。
 中、高校生のゲームに入り、ボールを奪われると血相を変えて追い回し、倒してでも奪い返す。グラウンドに立てば、年齢も肩書も関係ない。十七歳でアルゼンチンの名門クラブ、リバープレート入りしたピッコリ新監督には、「プロ魂」がしみついている。
 この「気持ち」の部分がアビスパの選手に最も欠けている点でもある。昨年は早々にJ1残留に王手をかけながら、勝負どころの終盤に7連敗。降格を争う他チームの動向ばかり気にし、浮足だっては黒星を重ねた。

 「アビスパは四年間結果を出していないが、そのことは忘れて強いチームをつくる。このチームを心から愛している」。“生え抜き”ピッコリ新監督の言葉は熱い。「基本的なシステム変更もある」と、より攻撃的なスタイルに変ぼうさせることも示唆。システムも、選手のハートも、ピッコリ新監督がアビスパを戦う集団に変えていく。

写真/強い気持ちのない選手はいらない―。アビスパ“生え抜き”のピッコリ新監督

「未完の大器」返上目指すFW・山下芳輝 * 経験は豊富、チームの柱MF・三浦泰年
山下芳輝選手  「未完の大器」の称号返上を目指すのがFW山下芳輝。プロ入り四年目の昨年はレギュラー定着を果たしたが、リーグ戦6得点。まだまだ不完全燃焼だ。「ゴールを決めないと、周りにいろいろ言われますが、それを糧にしたい。自分はとにかく点を決めて周りにアピールするしかないから」。技術はもちろん精神面でも成長を誓う。

 アビスパの課題は得点力の低さ。FW陣のコマも手薄で、それだけに山下の担う役割は大きい。一昨年のJ1参入決定戦の1回戦、ロスタイムで同点ゴールを決め、降格のがけっぷちからチームを救った。「チームでの活躍はもちろん、その先には五輪、日本代表も見据えています」。二〇〇〇年。山下の本当の真価を問われる年になる。

写真/エースとして真価を問われる山下。五輪、日本代表入りも目指す

三浦泰年選手  アビスパの精神的柱としてベテランMF三浦泰年は今年もフィールドで“指揮”を執る。昨年はチームが連敗するたびに自ら先頭に立ってイレブンを鼓舞してきた。「ピッチで実際にプレーするのは選手自身。当然プレーの責任も選手個人にかかってくるんだ」。練習後に全選手に声をかけて自主ミーティングを開くこともあった。

 清水エスパルス、ヴェルディ川崎とビッグクラブを渡り歩き、日本代表選手として日の丸も背負った。アビスパの生え抜き選手にはない豊富な経験がチームに着実に影響を及ぼしているのは確かだ。
 若手に対する面倒見の良さから信頼も得ている。MF久永辰徳は言う。「ヤス(三浦)さんのサッカーに対する姿勢、それに戦術などは見習うことばかり」。三浦の存在はチームの飛躍に欠かせない。

写真/選手からの信頼も厚い三浦。チーム浮上のカギを握る

観客動員は16チーム中7位と健闘
サポーター  成績よりひと足お先に、初の一ケタ台の順位を達成したのが、観客動員数だ。昨季の総数は十七万二千七人、一試合平均で一万千四百六十七人。Jリーグ昇格四年間で最高の数字を残し、J1全16チーム中7位に入った。しかも、第2ステージに限れば総数でなんと4位。人気の鹿島アントラーズやジュビロ磐田にだって負けてはいない。とはいえ、昨年の成績はJ1残留最低ラインの14位。観客増の原因についてチーム関係者は「試合に敗れはするものの強豪チームを相手に接戦を演じられるようになったから」と分析しているが、今年こそ、成績でも一ケタを。声援を送るファンの願いだ。
アビスパ福岡年度別入場者数
第1ステージ第2ステージ年間合計
年度入場者順位成績入場者順位成績入場者平均順位成績
96
97
98
99
−−−−−
69512
81429
65944

12
13
11

17
18
11
 −−−−−
 68939
 89159
106063

10
10
 4

15
15
15
146055
138451
170588
172007
 9737
 8653
10035
11467
12
11
11
 7
15
17
18
14

★96年は1ステージ制

2000年1月1日 西日本新聞 朝刊掲載

西日本新聞社のページに戻るトップページに戻る