<目次>
■緊急報告・水門開放<中>二つの鉢巻=2001.03.30朝刊掲載
■緊急報告・水門開放<上>身内の亀裂=2001.03.29朝刊掲載
■【社説】排水門開放 有明海の再生が最優先だ =2001.03.28朝刊掲載
■水門開放を決定 諫早湾干拓 農相、提言受け判断=2001.03.28朝刊掲載
■焦点・FOCUS=諌早湾水門きょうにも結論 「開放反対」住民の論理=2001.03.27朝刊掲載


■ 緊急報告・水門開放<中>二つの鉢巻 政治の道具にされとる―連載
2001.03.30朝刊掲載

 有明海のノリの凶作は「諫早湾干拓が原因だ」と福岡、佐賀、熊本県のノリ養殖業者たちは二十九日、工事現場を囲むように座り込み「早く水門を開けろ」と叫んだ。前日には同じ場所で、地元・長崎県諫早市の住民らが「工事を再開しろ」とシュプレヒコール。「水門開放」と「開放阻止」。二つの鉢巻きが交互にこぶしを突き上げる。

 ●おさまらない怒り

 農水省が「水門開放」を決定した翌日の二十八日朝。諫早湾干拓工事現場では諫早市を中心とした干拓推進派住民約七百人が集結していた。

 「水門を開けるな」「早く工事を再開しろ」

 大合唱の中に、同市小野島町の徳永哲町内会長(71)がいた。前日の農水省の決定に、怒りがおさまらなかった。

 徳永さんは約三百年前にできた干拓地二ヘクタールで農業を営む。これまで大雨のたびに冠水、床上浸水などに悩まされ続けてきた。しかし、「水門」は低平地に住む住民を水害から救ってくれる、と信じている。

 それだけに、諫早湾干拓の完成を待ち望んできた一人だ。

 別の住民も「潮受け堤防の完成で半世紀を経てやっと安心して暮らせるようになったのに」とため息をついた。

 ●変遷の歴史たどり

 諫早の干拓の歴史は長い。約六百年前から現在までの干拓の総面積は三千五百ヘクタール。福岡ドームが約五百個入る広さで、現在の諫早湾干拓事業で計画された面積とちょうど同じになる。手法は「地先干拓」というもので、排水不良をなくし水害防止と農地造成を進めてきた。

 そんな干拓とともに歩んできた土地に一九五二年、諫早湾約一万千ヘクタールを閉め切る長崎大干拓構想が浮上した。食糧増産の時代だったが、計画は変遷の歴史をたどる。

 「長崎南部地域総合開発(南総)」、続けて「諫早湾干拓(諫干)」と二度名前が変わり、事業目的も変わった。食糧増産から水資源確保、そして防災…。

 数々の政治家たちがかかわった。現在の金子原二郎知事の父親で、農相だった故岩三氏が南総打ち切りの決断をした。閉め切り面積をめぐり、国会議員による調停決着もあった。事業は政治に振り回された。

 ●何のための犠牲か

 「防災目的といわれ、人命にかかわる問題と折れざるを得なかった」

 干拓に伴い漁業権を手放し、解散した諫早湾内八漁協の一つ、諫早漁協の最後の組合長、塚原義晴さん(74)は、当時を振り返った。頭をよぎったのは同市内で五百三十九人の死者・行方不明者が出た五七年の諫早大水害だった。激しかった反対運動は、漁獲高減少とも重なり、終わった。事業中断という事態を迎えた今、塚原さんの胸中は複雑だ。「われわれは何のために犠牲になったとか」

 閉め切り堤防に最も近い小長井町漁協理事の松永秀則さん(47)も、かつて年間一千万円以上の水揚げがあったタイラギ(二枚貝)漁ができなくなり、「生活のために」と干拓工事を請け負う「松永組」を設立。内部堤防建設に従事した。しかし、それも今回の工事中断で危うくなった。「このままでは従業員の給料も払えない」

 かつて泉がわくように魚介類がとれ、「命と暮らし」をはぐくんだ諫早湾。水門開放の賛成派も反対派も、いずれも言い分は「命と暮らしを守るため」と同じだ。

 排水門をみつめ、徳永さんは言った。  「最近は選挙のたびに排水門開放の話が出てくる。干拓事業は、政治の道具にされとる」

TOP↑

■ 緊急報告・水門開放<上>身内の亀裂 政治主導はつまずいた―連載
2001.03.29朝刊掲載

 構想浮上から半世紀。長崎県諫早湾の国営干拓事業が「水門開放」という新たな節目を迎えることになった。有明海のノリ不作問 題をきっかけに、大型公共事業が迷走し、地元住民や沿岸の漁業者たちがほんろうされる。東京と九州から緊急報告する。

 ●4県の“代理戦争”

 「有明海のノリ漁業者に、来年も見通しが真っ暗なまま仕事をしろというのは通らない」

 諫早干拓の排水門をいつ開けるのか。二十八日の自民党有明海ノリ等被害調査対策本部で、あいまいな説明を繰り返す農水省 幹部に、古賀誠幹事長がかみついた。開放をめぐって、ボールは再び農水省に打ち返されたのだ。
 対策本部の議論は、水門開放で意見が対立する有明海沿岸四県の代理戦争さながらだった。

 「水門開放で諫早干拓事業に大きな影響があるのではないかと懸念している」と訴える長崎県の田浦直氏(参院)。すかさず立ち 上がった佐賀県の今村雅弘氏(衆院)は「第三者委員会の結論がどうでも、農水省として、まず水門を開けろと言っているんだ」と声 を張り上げた。

 出口の見えない議論は、諫早湾干拓をめぐって混迷する政治状況を象徴している。水門開放を早めても、遅らせても、いずれかの 県の強い反発を招くのは必至。それを恐れた農水省は前日、開放による調査を決めながら、その手順や時期を明確に示さなかっ た。

 自民党幹部は「責任の押しつけ合い。キャッチボールだな」とやゆするが、責任回避の姿勢は自民党も同じ。ババ抜きのババを再 び農水省に押しつけようと必死だ。

 ●参院選控えあせり

 泥沼のような現在の状況を招いたのは、自民党自身だ。  古賀幹事長は今月一日、地元の漁連組合員に向かって「最初の(第三者委員会)会合で、(干拓)工事中止と水門開放をして調 査することを決めさせていただきたい」と明言。環境派を自任する谷津義男農相も「委員が一人でも開けるべきだと言えば、開けざる を得ない」と、事実上の開放宣言に踏み切った。

 二人の発言は、水門を閉鎖した党の政策に矛盾し、干拓事業推進派の猛反発を招いた。それまで慎重に避けてきた干拓事業へ の言及に、なぜ踏み込んだのか。与党幹部の一人は「参院選を控え与党が立たねば、干拓見直しを叫ぶ民主党からいいように攻 撃され、悪者になるところだった。『火中の栗(くり)を拾え』ということだ」と解説する。

 同じ日、村上正邦前参院自民党会長がKSD汚職事件で逮捕。機密費流用疑惑の国会追及も厳しく、森喜朗首相の退陣表明は 秒読み段階だった。「これ以上野党に付け入るスキを与えたくない」。あせりにも似た思いが背後に透けてみえる。

 ●委員会を隠れみの

 干拓推進派と反対派の板挟みになった自民党は、結局、三日の第三者委員会初会合後では結論を先送り。政治主導を示せなか った執行部は、戦術を一変させる。古賀幹事長は「水門を開放するかどうかは、第三者委員会の判断にゆだねる」とトーンダウン。

「第三者委員会は、もともと水門開放を実行するためにつくった」(自民党幹部)という通り、表だって政治決断を下すのを避け、委員 会の権威を隠れみのにする作戦だ。

 表向き水門開放を唱える福岡、佐賀、熊本三県の議員たちも、心の中は複雑だ。ある参院議員は「ノリ対策は参院選でプラスに なるどころか、KSD、機密費に加えて三重苦になった」と顔をしかめる。「水門開放には台風被害の危険がつきまとうし、漁業者に 対する無利子融資も返済期のトラブルが心配」というのだ。

 ノリ対策に対する党内の異議が表面化しないのは、最大の被害を抱える福岡県選出の古賀幹事長の威光があるからだ。しかし、 身内に亀裂を抱えた政治主導の行く先は、不透明だ。

TOP↑

■ 【社説】排水門開放 有明海の再生が最優先だ
2001.03.28朝刊掲載

 ノリ養殖の不作など、有明海異変を解明するために諫早湾干拓事業の潮受け堤防排水門を開けるべきかどうか―。農水省の有 明海ノリ不作等対策関係調査検討委員会は二十七日の三回目の会合で、条件付き「開放」の結論を出した。

 谷津義男農相は、記者会見で委員会提言を「最大限尊重する」として、排水門を開放する姿勢を表明した。

 諫早湾干拓が異変の引き金になっているとの疑いがある限り、この結論は当然である。事業を推進する国に対しては、排水門開 放による徹底調査とともに、有明海の再生を最優先に、干拓事業の是非も含めて考え直してもらいたい。

 今回、排水門開放を決める過程では、干拓地に近い地元から、さまざまな異論、意見が投げかけられている。

 ▽海水を排水門から調整池に導くと堆積(たいせき)した泥が巻き上げられ、内側の護岸が壊れるのではないか▽排水門を開け た状態では、高潮などの防災効果がなくなるのではないか▽諫早市の低地市街地で洪水が起きるのではないか…。

 干拓地に近い漁民や住民ほど、こうした疑問を強く持っている。提言の条件にもあるように、農水省は水門を開放して調査するた めには、こうした不安解消に万全を期してほしい。

 一方、干拓地から離れた漁民は有明海を生活の場としてのとらえ方から排水門へのデモ、座り込みなど直接行動に及んだ。要求 は「宝の海を返せ」であり、排水門の開放であった。生活が脅かされているのだから、必死なのだ。

 提言は、委員会の初めに「一人でも開けろという委員がいれば開ける」という谷津農相の政治的発言があっただけに、これを追認 したものだろう。ノリ漁民の主張をくんだものだが、干拓事業の続行については言及してはいない。

 海水を入れての調査期間は数年はかかるようだ。「窒息状態にある」と指摘される調整池に海水を入れることは、汚水を外に出す ことになる。それが時間の経過とともに調整池と有明海全体にどのような変化を及ぼすのか。干潟の復活を期待する環境団体もあ る。

 堤防閉め切りで、変わった潮流がどこまで元に戻るのか。水質を浄化する底生生物や、赤潮とプランクトンのかかわりなども知り たい点だ。筑後川大ぜきや、河川から流入する生活排水なども、因果関係を調べなければならない。

 有明海に面する長崎、佐賀、福岡、熊本四県の知事にも、地域の課題として、論議を深めてほしい。有明海法のような、海を守る 立法で共同して国に働きかけるべきだ。当然、諫早湾干拓事業の是非も論議すべきだろう。

 ここまで深刻な事態になっているのだから、過去のいきさつを捨て、有明海を「共生の海」とすることを、第一義に考えていくべき だ。

TOP↑

■ 水門開放を決定 諫早湾干拓 農相、提言受け判断 時期には言及せず 有明海ノリ不作問題
2001.03.15朝刊掲載

 有明海の養殖ノリ不作問題で、谷津義男農相は二十七日夕、焦点となっている長崎県・諫早湾干拓事業の潮受け堤防につい て、排水門を開放する考えを表明した。農水省の「有明海ノリ不作等対策関係調査検討委員会」(第三者委員会、委員長・清水誠 東京大名誉教授)が同日、都内で開いた第三回会合で、防災対策などを行ったうえで開放調査が必要と提言したことを踏まえたも のだ。しかし、谷津農相は肝心の開放時期や工事再開のめどには言及せず、地元の開放賛成、反対両派が反発する混乱を招く結 果となった。 

 同委員会は、四月以降二年間かけて行う有明海異変の原因究明のための本格調査内容を提言。干潟の機能や水質、生態系の 回復策を探るためには「排水門を開放して調査することが必要だ」と結論づけた。

 開放の期間については「少なくとも数年間にわたり連続的に開門して調査する必要がある」として、いったん開放調査を始めると、 長期間に及ぶ可能性を示唆した。その一方で、開放した場合に底泥を巻き上げるなどの弊害も予測。防止策の必要性を指摘すると ともに「まず、排水門を閉めたままで十分な調査を行い現状把握を」と、慎重な姿勢を示した。

 さらに、清水委員長は「干拓現場においても、堤防外の環境に悪影響を与える可能性のある工事は凍結することが望ましい」と述 べた。

 谷津農相は会見で「委員会のとりまとめの内容を最大限、尊重する」と述べた。しかし、開門の時期については「まだ先の話」「開 門前の調査がどのくらいになるか技術屋じゃいないから分からない」などと、あいまいな発言を繰り返した。

 中断している工事再開のめどについても「(松岡利勝農水副大臣が長崎県側に約束した)二十八日再開など、私は一度もいって ない」。諫早湾干拓事業の工期変更の見通しなども「今の段階ではいえない」と明言を避けた。

 開門や工事再開の時期、干拓事業継続の是非が今後の点となるが、開放に反対する長崎県関係者だけでなく、早期開放を求め る福岡県などの漁民も不満を訴えており、なお曲折が予想される。

    ×      ×

 ●9月には中間報告 有明海再生計画

 農水省の第三者委員会が二十七日、四月以降に行われる本格調査の内容を提言したことを受け、二年間かけて有明海の環境 改善を図る同省の「有明海再生計画」が四月、本格スタートする。

 再生計画は、ノリ不作など漁業不振の原因を探る本格調査と、漁業振興対策の二本立て。十月上旬にも始まるノリの網入れに間 に合うよう、遅くとも九月までには中間報告を行う。

 調査のテーマは(1)生物生産(2)海域環境―の二分野。生物生産調査は福岡、佐賀、長崎、熊本四県や学識経験者とともに、 有明海の生物生産力の実情を把握し、回復の方法を探る。

 海域環境調査は、国土交通、環境、経済産業三省と実施。気象環境などの自然条件や水質、底質のほか、三井三池炭鉱による 海底陥没とその埋め戻しや生活排水処理場など経済産業活動による影響も調査する。

    ×      ×

 ●第三者委 開放の弊害も指摘 塩害や水門破壊を懸念

 有明海の養殖ノリ不作問題で、第三者委員会は二十七日、因果関係が指摘されている諫早湾干拓事業の排水門開放を前提とし ての調査の必要性を訴える一方、開放による弊害も指摘した。これらの課題をクリアしたうえでの「慎重な開放」であることを強調し た。

 同事業の潮受け堤防では現在、干潮時のみに南北二カ所の排水門を開放し、堤防内の調整池から排水している。今回の開放で は堤防外から海水を入れる“逆流”を検討するなど開放方法が大きく異なるため、同委員会はもし開ける場合(1)底泥の巻き上げ や海底を掘る「洗掘」が起こってしまい、生態系や漁場に悪影響を及ぼす(2)調整池側への海水浸入で、背後地の排水不良や塩 害が生じる(3)開け方によっては排水門に大きな振動が発生し、排水門が破壊される―など懸念される問題点を指摘した。

 同委員会は、データを正確に調べるためには「可能な限り海水の流出入量を大きくとれるように排水門を操作する」と主張。しか し、開放後の問題点をクリアする方法としては、急激な潮流の変化を抑えるため「開門開始時にできるだけ段階的に開門すべきだ」 と提案している。

 具体的な手法には言及していないが、堤防に振動が起こらないためにはどの程度まで開けられるか、振動計を付けての調査が 必要。開放の幅が流速にも影響することから、基礎データ収集をした上での判断となる。

    ×      ×

 ●長崎県知事納得しえぬ 農水政務官に表明

 金田英行農水政務官は二十七日夜、急きょ長崎県入りし、金子原二郎知事と吉次邦夫諫早市長らに対し、第三者委員会の結果 を受け調査のための排水門を開放する農水省の方針を説明。また、既に干拓を終えた陸地では二十八日から工事を再開することを 明らかにした。

 金田政務官は、地域防災や漁場への影響を考慮した調査となることなどを説明。金子知事は「(結果は)十分な吟味が必要で、 今日は聞きおくということで了承してほしい。ただ、排水門の開放はいかなる事情があろうとも納得しえない。約束通り、あすから工 事再開してもらえることはありがたい」と語った。

TOP↑

■ 焦点・FOCUS=諌早湾水門きょうにも結論 「開放反対」住民の論理 海抜0―3メートル、頻 繁に襲った水害 閉め切り後、水位安定 旧堤防の老朽化激しく
2001.03.27朝刊掲載

 有明海のノリ不作問題で、長崎県諫早湾干拓事業の潮受け堤防の水門開放をめぐる動きが本格化している。二十七日には「有 明海ノリ不作等対策関係調査検討委員会」(通称・第三者委員会)が開かれ、農水省が開放か否かの結論を出す見通し。開放に ついて地元は、漁場の混乱だけでなく、「潮受け堤防の防災機能を著しく後退させる」として反発を強める。海抜〇―三メートルの低 平地が広がり、頻繁に水害に見舞われてきた湾周辺地域。防災をめぐる「開放反対」の論理を点検した。

 ▼緊張の日々から解放

 諫早湾に注ぐ本明川河口から約四キロ上流に面した諫早市仲沖町。同町の中山英記さん(70)は一九九三年、町内会長に就任 以来、潮汐(ちょうせき)表を確認するのが日課だった。

 「水害が起きれば町民を避難誘導しないといけない。だからいつも緊張していた」

 七百六十人もの死者・行方不明者を出した五七年の諫早大水害を含め三度の床上浸水を経験したほか、地域一帯の床下浸水 は「数え切れないほど」という。

 だが、九七年に潮受け堤防が閉め切られて以来、中山さんの日課は途絶えた。高さ七メートルの堤防が高潮をせき止め、堤防内 の調整池は、海抜マイナス一メートルの水位を保ち、大雨時も低平地からの排水を確保する。九九年六月二十九日の大雨では、大 潮の満潮に重なったが、仲沖町で実害はなかった。

 ▼農地干拓推進の矛盾

 諫早湾干拓事業の歴史は長い。当初は「食糧増産」を目的に五二年に構想が浮上。その後、減反時代を迎え「飲料水・工業用水 確保」と軌道修正したが、水質的に飲料水に適さないという指摘もあり、計画は打ち切りに。しかし八二年、規模を縮小した上で、 「防災」を前面に打ち出した事業に変更され、干拓地は酪農と畑作地にする事業に衣替えした。

 事業目的が二転三転したうえ、農業が曲がり角にあるのに、広大な農地干拓を推進した矛盾―。同市幹部も「まず公共工事あり き」「不必要な事業」といった疑念を持たれる点は認めながらも、「防災効果まで軽く見られているが、地元にとって防災対策は重 要」と強調する。

 同市干拓推進室も「仮に水門を開放したままになるなら、海水が調整池に流入し、海抜マイナス一メートルの水位を保てず、洪水 調節の役割は果たせなくなる」と危機感を募らせている。

 一方で同市には、事業反対派から「水害の恐れが出たときにのみ、閉め切ればいいはずだ」との反論が寄せられる。だが、気象 庁によると、大雨警報が適切に出せる確率は六割程度。同推進室は「調整池の水位を下げるには数日かかるだろう。天気予報も 完全でないのに、だれが閉め切るタイミングを判断できるというのか」と話す。

 ▼「地域の悲願」訴える

 潮受け堤防に代わる防災機能はあるのか。

 干拓構想が浮上して半世紀の間、一帯ではこの堤防建設が大前提の事業だった。このため、旧堤防は修復されないまま放置さ れ、亀裂が入った個所も少なくない。低平地の排水樋門(ひもん)も壊れたままのところもある。改修にかかる費用は千数百億円と もいわれている。

 「水門を開けるというのなら、そんな実態は調べていますか」

 二十三日、農水省に水門開放反対をあらためて要望した吉次邦夫諫早市長ら湾周辺の住民約五十人は、谷津義男農相にこう迫 っている。

 二カ月もすれば梅雨に入る。吉次市長に同行して上京した中山さんは「防災対策確立は、地域の悲願。その思いをないがしろに した有明海再生の議論は、絶対に容認できない」と訴え続けている。

TOP↑