照明、音響装置の点検… 大忙し、舞台は回る
 六日で、創立七十周年を迎えた飯塚市の嘉穂劇場。あまたの名舞台が観衆を沸かせてきたが、どのように舞台はつくられ、劇場が回っているのか、ふだん垣間見る機会は少ない。一月三十日にあった歌手、水前寺清子さんの昼と夜のショーに朝から密着した。

午前8時半 1階客席の後ろにセットした音声を操作する機械の前で、舞台づくりを見守るスタッフ  ▼雪駄ばきで働く
 7時30分 照明と音響の水前寺さんの専属スタッフが、器材とともに嘉穂劇場に到着。
 8時10分 舞台の上で、2本の竹を中央部で結びつけ約15メートルのバトン(棒)を製作。10個の照明器材を取り付け始める。
 九工大の学生アルバイトも含め、20人近いスタッフが働く。皆、雪駄ばき。「舞台セットをつくるとき、大工道具を用いる。くぎが落ちているかもしれないし、道具を踏み台にもう一段高いところにセットをつくるときも、さっと脱げて便利がいい」と、劇場で照明や美術などを担当する唯一の専属スタッフ、井上友市さん(63)。
 8時35分 マイク、スピーカーのチェック。本番より大きな音でテストするため、音響で劇場の窓ガラスが揺れる。
 舞台づくりを見守っていた嘉穂劇場の“若だんな”、伊藤英昭さん(52)は「午前8時ごろからお客さんが来ることもある。きょうも、もうそろそろじゃないかな」。

午前9時半 舞台の上に取り付けた照明機器の光が舞台中央に来るよう微調整 午前10時15分 バンドメンバーが到着。リハーサルの準備を始める  ▼売店も準備進める
 9時ごろ 桂川町の旅行愛好会の役員数人が一番乗り。嘉穂劇場の社長、伊藤英子さん(81)が場内を見回り。
 9時30分 舞台上5メートルの高さにつり下げた青と赤の照明機器の角度を微調整。「上手(かみて)をちょっと下手(しもて)より下げてみようか」。東京の照明会社の社長が、舞台の中央に光が来るように二人の若手に指示。
 10時15分 バンドのメンバーが到着。伊藤英子さんが、楽屋への通路を歩く興行関係者を見かけて、「看板(主役、水前寺さんのこと)はもう来ているの?」。
 11時10分 バンドがリハーサル。売店に弁当がそろえられ、甘栗屋さん、和菓子屋さんも開演にそなえ準備。半世紀にわたり、伊藤英子さんを支えてきた、いとこの小金丸ワカ子さん(72)、民子さん(65)の姉妹もお茶の準備などに大忙し。
 11時30分 バンドのリハーサル終わる。緞帳が下がる。舞台の方から「もう、お客さんを入れていいよ」の声。
 劇場の外では、50人ほどの行列。高齢の女性が多い。さきほどの桂川町の旅行愛好会の役員(52)は「二年に一度ぐらい利用しています。歌手や役者の近くで見れるところが嘉穂劇場の魅力」。

 ▼指示はてきぱき
 11時35分 伊藤英昭さんが入り口でお客さんから受け取った入場券の半券を整理。英昭さんの妻、真奈美さん(43)も、お客さんに靴を入れるビニール袋を配る一方、客席案内の学生アルバイトにてきぱき指示。
 12時 伊藤英子さんがチケット売り場から、お客さんの入りを確認しながら、「いらっしゃいませ」。着物姿の女性や花束を抱えた女性など着飾った人が多い。
 売店も込み合う。嘉穂劇場で働くお茶子さんは4人。そのリーダー格、鳥居末子さん(63)は「9月の全国座長大会は9時前からお客さんが並ぶ。そんなときはこちらも対応が追いつかない。いつもより早めに正面玄関を開けたので、そうでもないかな」。
 「きょうはお弁当がよく売れている。寒いからビールはちょっとね」と、お茶子さんの江藤信枝さん(66)。
 12時20分 客席の半分が埋まる。
 12時30分 劇場内を見回っていた伊藤英子さんが、舞台のそでを通って「1号室」の名札がかかった水前寺さんの楽屋へ。「いいショーをしてくださいと激励です」。緞帳が下りて、客席からは見えない舞台の上で、井上さんたちが最終的な照明チェック。

午後1時20分 開演を待ちわびる観衆。1、2階の客席がほぼ埋まる  ▼舞台に厳しい視線
 13時20分 千二百の客席がほぼ埋まる。伊藤真奈美さんが売店に駆け込む。「一階の席でビールがこぼれたのよ。何かふくものを」。このころ、すし弁当が売り切れ。伊藤英子さんが「追加を頼んでおいた方がいいっちゃない」。
午後2時 水前寺さんのショー。舞台が明るく浮かび上がる  13時30分 昼の部が開演。着流し姿の水前寺さんが花道に登場。スポットライトを浴びると、盛大な拍手。観客の視線を一身に集め熱唱する姿に、「清子ちゃーん!」とファンの声援。水前寺さんが「社長のみならず、皆さん自慢の嘉穂劇場で歌わさせてもらっています」。
 伊藤英子さんは、1階の客席入り口付近にちょこんと座り、厳しい視線を舞台に。「お客さんの目と耳は鋭い。いいかげんな舞台はできない。舞台を見るのもビジネスです」。
 14時 水前寺さんがヒットソングをメドレー。公演中、アルバイトの学生が交代で昼食。舞台の盛り上がりとは対照的に、正面玄関や売店は落ち着きを取り戻す。
 15時20分 昼の部の公演が終了。玄関に水前寺さんが移動。CDなどを買ってくれたファンと握手会。お茶子さんたちが客席の掃除に取り掛かる。

午後8時半 夜の部の公演が終わり、舞台の照明機器などの撤収作業が始まった  ▼最後の見回り終え
 16時30分 18時半開演の夜の部のお客さんのため玄関を開ける。
 18時 続々とお客さんが入場。伊藤真奈美さんの指示のもと、アルバイトの学生が手際良く客席に案内。ほとんど客席が埋まる。
 18時20分 用意していた弁当がすべて売り切れ。
 18時30分 夜の部が開演。
 19時30分 「まだ、大丈夫?」と最後のお客さんが滑り込む。
 20時20分 公演が終了。
 20時25分 小金丸民子さんほか、お茶子さんの江藤さん、坂下フデ子さん(68)、吉平光子さん(63)らが、1、2階席の片づけを開始。
 20時35分 客席の片づけ終わり。
 21時 舞台の照明機器、音響装置などの撤収もほぼ終了。「私が最後の見回りをして電気を切ります」と伊藤英昭さん。劇場に再び静寂が訪れた。

=2001.2.8 朝刊掲載

 


西日本新聞社【連載】伊藤英子“一座”の物語