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| 2001年8月23日朝刊掲載 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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第83回全国高校野球選手権・最終日=豪打頂点に 日大三50得点90安打 締めはエースが底力 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
写真=念願の初優勝を果たし喜ぶ日大三ナイン▼
第83回全国高校野球選手権大会最終日は22日、甲子園球場で決勝を行い、日大三(西東京)が5―2で近江(滋賀)を破り、初優勝を果たした。日大三は二回、2内野安打などで二死二、三塁とし、諸角の中前打で2点を先制。七回には原島の左前打などで2点を追加、八回にも1点を加えた。エース近藤は近江の反撃を2点にしのぎ、完投した。日大三は今大会の6試合中5試合で2けた安打をマーク、強打で勝ち上がった。通算打率は4割2分7厘で、昨年智弁和歌山がつくった大会記録の4割1分3厘を上回った。3投手の継投を武器に、春夏を通じて初の決勝進出を果たした近江は、終盤投手陣がつかまった。九回の反撃も及ばず、滋賀県勢として春夏を通じての初優勝を逃した。
全国制覇にあと一歩となった九回のマウンドで、日大三のエース近藤は充実感に浸っていた。「ここまで投げた達成感で胸がいっぱいでした」。勝利に貢献した投球が何よりうれしかった。
●選手に心から感謝● ■ 選手ひとこと ■
▼日大三高 1929年創立。当時は東京・赤坂にあったが、現在は町田市の多摩丘陵地にある。男女共学。野球部は開校と同時に創部され、71年春の選抜大会で優勝。OBに元F1レーサーの片山右京氏、プロ野球元ヤクルト監督の関根潤三氏ら。
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| 2001年8月16日朝刊掲載 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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全国高校野球選手権・第8日=「燃焼」ナインに笑み 「猛追」スタンド沸いた 「惜敗」たたえる拍手 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
【一回表】
松山商の先頭打者がセンター前ヒット。送りバントで二塁へ。すかさず4番打者が、主戦佐伯尚治投手のスライダーをライト線へ2点先制のタイムリー。「頑張れ、頑張れ、佐伯」。アルプススタンドの黄色いメガホンが大きく揺れる。
相手がエースに交代しても「ミラクル九州打線」は止まらない。鈴木敬洋選手がレフト前に安打、七回表からマウンドに立った吉野孝幸投手が、高めのストレートをレフトスタンドへ3点本塁打。一挙6点に沸くアルプススタンド。「よくやった。これで流れが変わった」。吉野選手の母貴美さん(47)のほおを悲願の涙が流れた。 【九回裏】 円陣を組むナインに、応援席から「もう一度ミラクル九州を見せてやれ」。二死、鈴木選手がセンター前に安打。最後の望みをかけ燃える応援団は「さあ、今からだ」。吉野投手に「もう一発」と期待の声援が飛んだが、バットは空を切り三振。深川良介主将の父良清さん(42)は「最後に九州高の本領を見せてくれた。よくやった」と惜しみない拍手を送った。
●弥富高のはちまき
●OB惜しみなく拍手
●「僕たちも甲子園に」 ■ 選手ひとこと ■
●九産大九州高の「夏」を振り返る |
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| 2001年8月16日朝刊掲載 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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全国高校野球選手権・第8日=九産大九州 6連打 反撃あと一歩 吉野意地の3ラン「胸張って帰れます」 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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写真=あと一歩及ばず松山商に敗れ、甲子園を後にする九産大九州ナインら▼
九産大九州の粘りも、あと一歩及ばなかった。7点をリードされ、それまで無安打だった九産大九州が七回二死から大反撃した。植津がチーム初安打を中前に放つと、中石が左前打、ここで吉田が右中間にタイムリー2点三塁打。さらに広渡、鈴木が連打したあと、吉野が左翼越えに3ランして1点差。九産大九州の二死からの6連打は見事だったが、7点差はきつかった。
まさかの大敗から大接戦へ。それまで0―7という一方的な展開が1本のヒットをきっかけに一気にヒートアップした。松山商の阿部に七回二死まで無安打に封じられていたが、がけっぷちからの6連打で6点。「全力を尽くしました。胸を張って帰れます」。1点差に迫る3ランを放った吉野孝幸(3年)に涙はなかった。 あきらめない気持ちが九産大九州をよみがえらせた。連打の立役者、4番植津明(同)は大勝した初戦から無安打。しかし、「監督から『意地を見せてこい』と言われ、開き直って打席に立てた」とチーム初安打を中前に放った。 その後、沈黙していた一塁側アルプススタンドが活気づくのに長い時間は必要なかった。続く中石洋兵(同)が左前打、吉田法政(同)の右中間三塁打で2点を挙げると、広渡孝太(同)、鈴木敬洋(同)が連続左前打。さらに七回にエース佐伯尚治(同)からマウンドを引き継いだ吉野が左翼ポール際に3ランを打ち込んだ。「内角の直球。思い切って振って当たった打球が浜風に押された」。 最終回、三振を喫して最後の打者となった吉野だが、「どちらもフルスイング。自分らしい」と笑顔は消えなかった。 もう1人の投手、エース佐伯も笑顔を絶やさなかった。「6連打で6点とってくれたのは本当にうれしかった。ここまで来られたことも満足です」。福岡県大会で左足首を痛め、本来なら満足に投げられない状態が続いていただけに、森崎哲哉監督も「(笑顔は)やっと重圧から解放されたんでしょう。よく投げてくれた」とエースをたたえた。 松本俊二前校長の急逝、エースの負傷、さまざまな出来事をエネルギーに変えて勝ち取った初出場初勝利、そして粘りの6連打。「最後まであきらめない」。九産大九州の新しい伝統がここから始まる。(久保安秀)
写真=【松山商―九産大九州】七回裏九産大九州二死一、二塁、吉野は左越えの3ランホームランを放ちガッツポーズ▲
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| 2001年8月10日朝刊掲載 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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全国高校野球選手権・第2日=九産大九州 連打でつかんだ初勝利 狙い球指示 次々タイムリー 佐伯、けが押し粘投 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
▼写真=甲子園で初勝利。笑顔でスタンド前へ向かう九産大九州の選手たち
九産大九州は五回二死三塁から鈴木の左中間二塁打で先制。佐伯、高橋らが続いて4点を挙げた。六回も二死二、三塁で佐伯が三塁線を破る2点打。さらに厚の右中間適時二塁打で2点を加えた。
初出場で味わう校歌、九産大九州ナインは心の底から声を張り上げた。「校長先生に届くようにでかい声で歌いました」と深川良介主将(3年)。心に浮かぶ故・松本俊二前校長の“笑顔”に甲子園初勝利を伝えた。今夏の福岡県予選まっただ中の7月15日、急性心不全で亡くなった松本前校長。かつて野球部の副部長も務め、校長就任後も公式戦にはすべて足を運んだという。「一番喜んでくれていると思います」。森崎哲哉監督はこみ上げる涙をこらえた。 序盤は弥富の左腕、日置が操る低めの変化球に苦しんだ。森崎監督も「1、2点の争いになるかと思っていた」と接戦を覚悟した。ところが、一言のアドバイスで状況が一変する。「直球か高めのカーブ」。森崎監督が狙い球の指示を出した直後の五回、九産大九州打線が持ち前の集中力を発揮。二死三塁から8番の鈴木敬洋(3年)が左翼に適時二塁打を放つと、9番佐伯尚治(同)、1番高橋英嗣(同)、四球をはさんで3番平原大嗣(同)と連続タイムリーで、一気に爆発した。続く六回も6安打で4点。勝負を決めた。 打撃でも活躍したエース佐伯は、走者を背負いながらもホームを踏ませない“らしい”投球を展開。県予選で痛め、テーピングで固めた左足首はまだ全力疾走ができず、不安を抱えたマウンドとなったが、粘り強く緩急を使い分け、内外角にボールを散らした。「外角のスライダーが良かった。鈴木の言う通りに投げた」。噴き出す汗をぬぐうエースに達成感が漂った。 松本前校長の霊前に誓った1勝は達成した。ただ、九産大九州にとってはスタートにすぎない。「課題として残った走塁などをきちんと修正して次に臨みたい」。森崎監督、ナインの目指す“ゴール”はまだまだ先だ。(久保安秀)
写真=【弥富―九産大九州】弥富打線を2点に抑え完投した九産大九州の佐伯投手▲
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| 2001年8月10日朝刊掲載 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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ダッシュ九産大九州・夏甲子園=念願の校歌高らかに 声弾み「次もいける」 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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写真=五回裏に待望の先制点を挙げ,喜びを爆発させるアルプススタンド▼
【三回表】連打で一死、一、二塁。九産大九州のバッテリーミスでパスボール。それぞれ進塁し弥富先制のチャンス。主戦の佐伯尚治投手は大きく深呼吸。父佐伯高治さん(51)は「辛抱強い子だからきっと抑えてくれるはず」。直球が低めに決まり、3番打者をフライに打ち取り、ピンチを切り抜けた。 【五回裏】吉田法政選手の二塁打を足がかりに、鈴木敬洋選手、佐伯投手、高橋英嗣選手と怒とうの3連打3得点で、弥富の主戦日置投手をマウンドから引きずり降ろした。「押せ押せ、九州! 行け行け、九州!」。応援席で黄色いメガホンが大きく揺れた。猛打はもう止まらない。打者1巡で、1点を追加し、4点を先制。鈴木選手の母、絹代さん(45)が声を張り上げた。「結果を出したいといっていた通り。もっと打って」
【九回表】左足首を固くテーピングし、初の甲子園のマウンドに臨んだ佐伯投手。完封を目前に八回に2点を許したが「亡くなった松本先生のために、成し得なかった先輩たちのために」と、最後の打者を得意のスライダーでフライに打ち取った。 その瞬間、アルプススタンドでは1100人の大応援団が、肩を抱き合い、甲子園初勝利の喜びを分かち合った。1999年春の選抜に初出場し、初戦敗退した際の主戦投手だった植津栄一さん(19)=九産大2年=は「うれしい。よくやってくれた。ありがとう」。 2回戦となる15日の第2試合では、松山商(愛媛)と対戦予定。「この調子で次もいける」。応援団の声が弾んだ。
亡き前校長先生、喜んでください… 遺影がナイン見守る 「先生が一番、夏の甲子園出場を夢見ていたと思う」。写真を託された野球部の志田浩太郎選手(1年)は応援団の一番前の席に座り、弥富の最終打者を打ち取った瞬間、遺影を天に大きく掲げた。「きっと天国で喜んでくれています」(志田選手) 九産大九州の校歌が春、夏を通じて初めて甲子園球場の空高く響いた。
笹倉君は「母校は福岡大会初戦で負けたが、同じ県の代表校に奮起を」と8日夜に列車で出発。ボードは、車中で「山笠などと同様に、博多っ子パワーを爆発させて」と急ごしらえした。九産大九州は打線が爆発し初戦突破。9人も勝利を祝う、お祭り騒ぎに酔いしれた。
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| 2001年8月10日朝刊掲載 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 晴れて1勝 笑顔満開 留守部隊メガホン打ち「やった」 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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▼写真=五回の猛攻に飛び上がって喜ぶ九産大九州の生徒たち
同校の多目的ホールには、部活動などで登校した生徒や教師ら約八十人が集合。最前列には七月に急逝した松本俊二前校長の遺影が飾られた。 声援が一気に爆発したのは五回。一挙4点の猛攻に生徒たちはメガホンを打ち鳴らし、さながらスタンドの熱気。六回も追加点を重ね、田部健介さん(三年)は「これで初勝利は決まり」。八回の相手校の反撃にも余裕の表情だった。
応援団旗も機嫌良く 球場上空は強い風が吹き、旗の体感重量は120キロ近く。加藤さんは「団旗を倒したら応援団の恥」と歯をくいしばったが、打線の爆発に「気持ちいい重さ。決勝戦まで持ち続けるぞ」と、疲れも吹っ飛んだ。 写真=重さ120キロの大応援団旗▲
選手のひとこと
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