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| 長崎原爆忌 平和宣言全文 |
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日本のみなさん、世界のみなさん、ナガサキの声を聞いてください。 今日は悲しい長崎原爆の日。四十六年前、原爆であっという間に死んでいった幾万の人々の叫びが聞こえますか。その後、苦しみもだえながら この世を去っていった多くの人々の悲しみの声が聞こえますか。 一、日中十五年戦争開始から六十年、真珠湾攻撃から五十年―あの戦争に心から反省を わが国は日韓併合の後、日中戦争、真珠湾攻撃から太平洋戦争へ突入し、長崎原爆で敗戦となりました。 私たちはあの戦争を心から深く反省し、犠牲となった内外二千数百万人のごめい福をお祈りし、その償いを考えなければなりません。 二、湾岸戦争の教訓を学ぼう 冷戦が終わり、平和への機運が高まったとき、湾岸戦争が起こりました。 近代兵器による圧倒的な力の勝利。しかし、民族・宗教の対立、人権抑圧、経済不安は依然として残り、新たな難民、地球規模の環境汚染が 生じました。あの湾岸戦争ではどれほど多くの人々が死んだのでしょうか。 中東地域に大量の武器輸出を続けてきた国連安全保障理事会常任理事国の責任は重大と言わざるをえません。 湾岸戦争では、日本の国際的責任が改めて問われました。今こそ、戦争放棄を誓った日本国憲法の理念に立って、国際社会に果たす独自の 役割を考えなければなりません。 また、国連の戦争防止機能を強化し、国連主導による武器移転禁止と軍縮を図る必要があります。 三、核兵器廃絶と非核三原則の立法化を 湾岸戦争は、核兵器、生物・化学兵器が使用される危険性を現実に示しました。米国の多くの人が「米兵の死傷者数が急増し、化学兵器で攻 撃されれば、核兵器を使ってもよい」と考え、ある高官は「広島への原爆投下は正しかった」と発言しました。 長崎市民は怒りをもって訴えます。原爆は人類滅亡をもたらす悪魔の兵器であることを。原爆投下はジェノサイド(集団まっ殺)であり、国際法違 反行為であることを。私たちは、核兵器をこの地球上から廃絶しなければなりません。 人類最初の被爆国である日本の政府は、非核三原則の立法化を実現させるとともに、まず世界の核保有国に核実験の全面禁止を働き掛け、 また、アジア・太平洋地域の非核ネットワークづくりに真剣に取り組むべきであります。 四、原爆被爆者援護法の制定を あれから四十六年、被爆者は老齢と孤独の中で、常に死の恐怖におののいています。生きている限り続く残酷な苦しみを被爆者だけに背負わ せてよいものでしょうか。被爆者は、被爆直後の十年余、治療と救済を最も必要とするときに、放置され、うち捨てられていました。人権侵害の極 限です。サンフランシスコ平和条約によって対米賠償請求権を放棄した日本政府は、被爆者に対して補償する義務があります。 しかし、援護法の制定を願う被爆者の悲痛な叫び声は、押しつぶされ、いまだ実現されていません。今をおいて被爆者を救援する時期はありま せん。原爆被爆への国家補償は、核戦争を起こさず、再び被爆者はつくらないと国が誓うことであります。 五、外国人被爆者と核被害者に援護を 外国人被爆者にも国内の被爆者と同等の援護措置をとるよう訴えます。 特に当時の朝鮮半島や中国の人たちおよび連合軍の捕虜は、強制的に連行され、非人道的扱いを受け、被爆して世を去り、あるいは帰国した あとも原爆症、孤独、老齢、差別に心も体もむしばまれています。 私たちはこれらの方々へ謝罪と償いをしないで国際的責任を果たしたと言えるでしょうか。 また、日本政府は国際機関と協力して、原爆被爆者と、チェルノブイリ原子力発電所等の事故による被ばく者や、南太平洋等の核実験の被害 者のための国際医療センターを設置してください。 六、未来を担う子供たちへ 皆さんは知っていますか。核兵器は、私たちが何世紀にもわたって築き上げてきた文化、財産、そして尊い人命を一瞬にして奪う恐ろしい兵器 であることを。現在、地球上には五万発を超える核兵器があります。これは世界中の一人ひとりが三トンの火薬を背負っていることになるといわれ ています。 子供の皆さん。本を読み、話を聞き、原爆資料館を見てください。核兵器の恐ろしさ、戦争の悲惨さを心に刻んで、平和を求め続けてください。 最後に 世界の飢餓、難民、失業、環境破壊に関心を持たず、また救援の努力もしないで世界の平和を語ることはできません。 今こそ私たちは「世界は一つ」との考えに立ち、人類の未来のために立ち上がらなければなりません。長崎は世界最後の被爆地でなければな りません。 ここに、原爆犠牲者のごめい福と、ご遺族、被爆者のご健康をお祈りし、長崎の全市民が心を一つにして、核兵器廃絶と世界平和実現に向かっ てまい進することを宣言します。 一九九一年(平成三年)八月九日
長崎市長 本島等
1991年8月9日夕刊
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