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1.インフラ、会社に依存 水がないなら、どがんして暮らすね
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10/21 朝刊掲載
■終のすみかが
赤く燃え盛る火の手がみるみる自宅に迫ってきた。その時、消防のホースから勢いよく出ていた水が突然止まった。「水が来ないぞ」。消防団員たちの表情が一気に険しくなった。出火から三時間、わが家はゆっくりと焼け落ちていった。
池島生まれの元炭鉱従業員永田清さん(80)は、この日の悪夢が忘れられない。今年一月十八日、いつもは静寂が包み込む池島の午後を大火が襲った。地下貯水槽の水を使い果たし、五十メートル先の海岸までホースを伸ばしたが、砂やごみがポンプにつまった。結局は断水。炭鉱進出前からあった集落の十三棟を焼いた。
永田さんは十三年前、貯金をはたいてこの地に“終のすみか”を建てた。生まれた島で余生を送りたかった。「水さえあれば、焼けずにすんだはず」。今は島を出た親類宅に妻と暮らす。そこからわが家跡へはわずか三十メートル。しかし、永田さんは「見とうもない」と近づかない。閉山後は島を離れることにした。
■会社が賄う水
池島には川がない。一九五二年に松島炭鉱(福岡市)が進出するまで、島の人たちは井戸水で暮らしていた。水船で対岸から運んだ時代を経て、今は海水を淡水化し、一日二千五百トンを供給している。炊事、洗濯、ふろ…。島のすべての生活水を松島炭鉱が賄う。もちろん、消防の水も。
淡水化施設の燃料は掘り出された石炭。閉山すれば、燃料はなくなる。九州最後の炭鉱の島に海外炭を運び込むのか。「閉山後しばらくすれば、水は供給できない」。会社側は冷淡だ。
ある会社幹部はこう本音を漏らす。「インフラ(社会基盤)は本来、自治体の仕事。五十年近くも肩代わりしてきた会社に、閉山後まで面倒をみろなんて、酷だよ」
■「覚書」が頼み
今月十八日の外海町議会全員協議会。山道幸雄町長は「会社と池島住民との間には『覚書』がある。閉山しても会社の協力を求めていく」と険しい表情で力説した。
覚書とは、炭鉱が池島に進出した年、水供給などを住民に“保証”した協定書のようなものだ。山道町長は覚書を盾に「道義的責任」を求め、町担当課も「水が止まることはない」と言う。だが、供給方法については「会社と協議の上」と歯切れが悪い。
「水がないなら、どがんして暮らすね」。洗面器を抱えて共同浴場から出てきた男性は、怒りを交えながら不安を口にした。
その共同浴場も、会社提案には「閉山後三カ月は現行通り」とあるだけ。裸同士でうわさ話に興じ、笑い声が漏れていた社交場も、最近は厳しい顔で明日の暮らしを語り合う姿が増えてきた。
◇ ◇
松島炭鉱が進出してから、生活基盤を炭鉱に依存してきた孤島・池島(外海町)。島民とヤマは運命共同体だった。そのヤマが消える。半世紀を経て、池島は再び激変のときを迎えた。人々の暮らしは、家は、地域社会は、仕事はどうなるのか。
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